三十人目
「…はぁ」
村外れの木の下に、ウルペースは立っていた。
深いため息をつきながら、村を囲む森の奥を見据える。
森の奥より歩いて来る一人の男を、
「…あまり頻繁に来ないでほしいわね。バレずに抜け出す私の身にもなってよぉ」
「何を言う。お前のアニマを使えば人を欺くことなど簡単だろう?」
浮浪者のような汚い風貌に、騎士には見えない体付きの男。
不味そうにキセルを咥えた男は、騎士団を率いる団長『ゼノ』だった。
「これでも私はお前のアニマを高く評価している。破壊力のみを求める馬鹿にはそれが理解できない」
「…それで、何の用で私を呼び出したのよ」
ゼノの称賛には答えず、ウルペースは用件を促す。
さっさと本題を済ませて、小屋へ戻りたい。
騎士団長と二人でいる所を他の誰かに見られるのはマズイ。
「お前の分身を一人借りたいんだ」
「…何に使う気?」
「詳しくは話せない。だが、お前の記憶を取り戻す為でもある」
多くは語らず、ゼノは紫煙を吹く。
ゼノの秘密主義は今に始まったことじゃなかった。
騎士団の計画に協力しておきながらウルペースは詳しいことは殆ど教えられていない。
知っているのはアニマ寄生者の能力と、その中でもレプスが特別だと言うことだけ。
「一人くらいあげてもいいわよぉ。だけど、このまま除け者なのは気に入らないわねぇ」
危険なスパイを行う程に騎士団に尽くしているのだ。
これくらいは言わせても貰っても文句はないだろう。
「そもそも、本当にあのお嬢ちゃんが『鍵』なのぉ? とてもそうは見えないんだけどぉ」
「その疑いは尤もだ。何故ならレプスはまだ本来の役目を果たしていない」
「役目?」
甘い臭いのする紫煙を纏いながら、ゼノは思い出すように目を閉じる。
「十年前のあの日、レプスの姉が『アレ』に触れた。その結果アルブスは焼け落ち、生き残った私達も記憶を奪われた」
憤怒とも焦燥とも付かない表情をしながらゼノは続ける。
「そして、今度はレプスが『アレ』に触れようとしている。私はそれを利用して、奪われた物を全て取り戻そうとしている」
ゼノの言葉は抽象的すぎる。
姉からレプスへ何かが受け継がれたことは分かったが、肝心な部分を語らない。
「貴族共は『アレ』を手に入れることを望んでいるようだが、そんなことが上手く行く訳がない」
「…ねえ、その『アレ』って何なのよぉ?」
焦れたウルペースの問いに、ゼノは笑みを浮かべて告げた。
「災厄…そのものだよ」
「………」
密談を終え、ウルペースは一人戻る。
誰にも見られないように静かに、
何食わぬ顔で小屋へ帰る。
「おかえりなさい」
小屋の前へ立った所で、背後から声をかけられた。
丁寧だけど、どこか胡散臭い口調。
純白の外套を風で靡かせながら、フェレスが佇んでいた。
「…ただいま。どうしたのぉ、そんな所で」
わざわざ外に出ていることにウルペースは首を傾げる。
周囲を見渡しても他に人影はない。
ウルペースが帰ってくることを待っていたのだろうか?
「今日は風が強い。外で長話はあまりお勧め出来ませんよ」
何もかも見透かしたような言葉にウルペースはため息をついた。
「…あまり詳しいことは聞き出せなかったわぁ。お嬢ちゃんに宿ってる何かを狙っていることくらい」
ウルペースはあっさりとゼノから聞き出した情報を告げる。
自分の未熟さを恥じるように、頬を掻きながら数少ない情報を全て話す。
「やっぱり十年前の災厄は人為的な物みたいねぇ。その災厄を起こした『力』がレプスの中に眠っているみたいで、騎士団はそれを求めてる」
「…なるほど。推測が確信に変わった訳ですか」
「ごめんね、神様。もっと聞き出せれば良かったんだけど…彼って秘密主義だからぁ」
「いえいえ、君は良くやってくれましたよ。ありがとうございます」
本心から礼を述べて、フェレスはウルペースを見つめた。
ゼノの接触を受けてウルペースが最初に行ったのは、それをフェレスに打ち明けることだった。
長年苦しんでいた呪いから解放してくれたフェレスにウルペースは深い恩義を感じている。
彼を裏切ることなど初めから選択肢になかった。
そして、逆にゼノから騎士団の情報を聞き出すことを決めたのだ。
「あ。あと…『赤鷲』を見つけたって話もしてたわねぇ」
「赤鷲? 確か、騎士団の創設者でしたっけ?」
赤鷲とは、サンクトゥス騎士団を築いた英雄の名前。
帝国に住む者なら子供でも知っている、絵本にも出てくる騎士だ。
だが、ウルペースの言う赤鷲はその英雄のことではない。
「その英雄の名を騙る亡霊の噂が、前から騎士団で流れているのよぉ」
「英雄の亡霊、ですか」
確かに赤鷲はとっくの昔に死んでいる。
自らを犠牲にして火災から多くの人々を救った逸話は、有名な悲劇として残っている。
しかし、その亡霊が現在に現れるとは何とも眉唾な話だ。
恐らく、英雄の名に魅せられた偽者だろう。
「『見ただけで死ぬ怨霊』『炎を生み出す怪物』なんて、意味不明な噂まで流れる信憑性の薄い奴なんだけど…実際に焼死者も結構出ているのよぉ」
「…亡霊かどうかは別として、放火魔は実在すると言うことですか」
亡霊が誇張された情報だとしても、火のない所に煙は立たない。
もし、亡霊でも何でもなく『人を焼死させる能力を持った人間』だとしたら…
「…二人目のアニマ寄生者ですか」
「そう、最後の一人ねぇ。でも、コイツは仲間に出来ないと思った方がいいわぁ」
赤鷲の噂が広まる前、ウルペースはゼノから話を聞いたことがあった。
全ての寄生者を見たゼノが出会ったと言う『二人目のアニマ寄生者』の話を。
「騎士団もアニマも恐れない騎士団長でさえ、確保することを諦めた危険人物らしいわぁ」
「言葉が通じる相手じゃないってことですか…まあ、無理に関わる必要もないでしょう」
当面の敵は『騎士団』だけなのだから。
その言葉を最後に、二人は密談を終えた。
同じ頃、ルーベル地方付近にて。
一つの廃墟を十数人の騎士が取り囲んでいた。
原因不明の異変で滅んだルーベル地方。
崩壊した町並みの中で、騎士達は緊張した顔立ちで武器を握り締める。
「こんな所に隠れ住んでいるとは思わなかった…まさか、ルーベルを襲った異変も奴の仕業か?」
上級騎士の証である白の騎士服、
輝く長い金髪と神経質そうな目が特徴的な騎士『シーミア』は苛立ちを隠さずに呟く。
ゼノを毛嫌いし、プライドも高いシーミアだが、騎士道精神を忘れている訳じゃない。
市民を殺し、村を滅ぼし、それでも生き延び続ける赤鷲の所業には義憤していた。
赤鷲討伐の名声を以て、騎士団長の地位を得る野心も存在するが、力ない平民の為に悪を滅ぼすと言う正義感も確かに存在した。
神経質そうな目を更に吊り上げながら、廃墟を睨んでいると中から一人の男が姿を現した。
二メートル近い長身に、ゴツゴツとした大柄な肉体。
赤い翼のような羽根マントに身を包んだ男。
正しく、赤い鷲のような風貌の男が静かにシーミア達を見据えていた。
「赤鷲だな? 正義の名の下に、お前を討伐する!」
言葉と共に騎士達は一斉に武器を振り上げ、赤鷲へ襲い掛かった。




