二十九人目
「フェレス。朝食、ご馳走様」
朝食を終えたレプスは椅子で本を読んでいたフェレスに声をかけた。
舌戦は終わったのか、周囲にアングイス達はいない。
幾分賑やかになってきたこの小屋では珍しく、二人きりだった。
「アングイスは?」
「さあ? 何やらムースと一緒に出掛けたみたいですけど」
「珍しい組み合わせね」
悪乗りが好きなアングイスにムースが絡まれたのか。
先程、何か青い顔をしたウルペースも出て行った為、今この小屋にいるのは部屋に閉じ篭っているラーナとレプス達だけだ。
「…ここだけの話。あの二人のことどう思ってる?」
「どう、とは? 陽気で楽しいお兄さんと反抗期の妹と言う感じですが?」
「誤魔化さないでよ。いい加減、アンタの猫被った性格ぐらい把握してるんだから」
これだけ腹黒い所を見せて置いて、未だレプスの前では楽観的な人物を演じようとするフェレスを睨みながらレプスは言った。
嘘を許さない険しい表情にフェレスは眉を八の字にする。
「やれやれ、君には良く思われたいって言う男心を分かって欲しいですね」
「私は上辺だけ優しい人よりも、誠実な人の方が好きだわ」
「誠実か。耳が痛いです」
悩ましげにため息をつくフェレス。
「…正直な話。特に問題ないんじゃないですか?」
こちらを睨むレプスから顔を逸らしながら、フェレスは呟く。
「ラーナは単なる失語症の女の子ですし、アングイスの目的も僕らと無関係じゃないでしょうし」
「…ルーベルの異変について調べることが?」
「例の災厄と無関係とは考えられない。十中八九、騎士団が関係しています」
十年前の災厄。
それによって生まれたアニマ寄生者。
ルーベルで起きた惨劇。
騎士団の暗躍。
今、このラクリマ帝国で異変が起きている。
それが何であれ、自分やレプスを害すると言うなら阻止しなければならない。
「まあ、とは言ってもしばらくは騎士団の出方を見るしかないんですけどね」
「………」
正直な感想を言ってもレプスは険しい表情をやめない。
「そんな目で見ないで下さいよ。流石に騎士団と真っ向から戦うのは無理ですって…現状は様子見するしかないんですよ」
「…いや、そうじゃなくて」
フェレスはてっきり慎重な方針を責めているのかと思ったが、それは違った。
レプスは少し困ったような顔をして、口を開く。
「ねえ、私とフェレスって前にどこかで会った?」
「…いきなり何ですか?」
その言葉に、フェレスは一瞬反応するのが遅れた。
そんな微かな動揺には気付かず、レプスは思い出すように続ける。
「さっきムースが同じこと聞いてきたから。知り合ったばかりにしては態度が違いすぎるって」
「………あのネズ公、余計なことを」
フェレスは小声で毒を吐き、ムースを呪う。
思えば、教団の件が終わった時、彼にはレプスとの仲を勘ぐられていた。
明らかにレプスを特別扱いするフェレスの態度から、前々から疑問に思っていたのだろう。
「それで、どうなの?」
「…ありませんよ、会ったことなんて。君が僕の小屋の扉を叩いた、あの時が初対面です」
有無を言わさないように、フェレスはそう言いきった。
「なるほど、つまり夢想ちゃんはラーナが気になってると?」
「違えよ! どう聞いたらそういう話になるんだ、馬鹿!」
小屋からそれほど離れていない場所にて、ムースは苛立ったように叫んだ。
少しも心を開こうとしないラーナの様子が気になり、アングイスを呼び出したのだが…
真顔でボケるアングイスの態度に後悔し始めていた。
「隠すな隠すな、青少年。ラーナの物静か雰囲気と綺麗な髪は確かに魅力的だもの」
「お前と一緒にするな、このロリコンが」
「オレはロリコンではない。男の子も大好きさ!」
いつになく真剣な表情でアングイスは断言した。
聞く相手を間違えた。
アングイスを相談相手に選んだことをムースは完全に後悔していた。
「…付き合いは長いんだろ? どうしてあんなに他人を拒むのか分からねえのか?」
「付き合い長くても、そんなに好かれている訳じゃないからねえ」
少しだけ声のトーンを落として、アングイスは呟いた。
確かにラーナはアングイスに対しても、自分から接することはない。
子供好きを公言するアングイスとしても、それを気に病んでいるのだろうか。
「やっぱりカエルを黒く塗った悪戯が悪かったのかな? それとも寝てる間に頭に虫の玩具を乗せた悪戯のせいかな? いや、あの時は泣いちゃって大変だった…」
「自業自得じゃねえか!? と言うか、お前そんなことしてたのか!」
少しでも同情した自分が馬鹿だった、とムースは呆れる。
そんな悪質な悪戯を繰り返せば、嫌われて当然。
と言うより、ラーナの警戒心が強いのはコイツのせいでは?
「…もうお前には聞かん」
「あらら? もしかして直接アタックするの? 頑張りなよ、お兄さん応援してるからさ!」
「…………」




