二十七人目
帝国の北、アルブス地方。
冷たい風と雪が厳しい外とは裏腹に、豪奢な室内は暖かい暖炉と贅沢な食事で彩られていた。
貧富の差が激しいアルブスの土地を現したかのように、貴族の屋敷で行われていたパーティーは外で凍える浮浪者とは天と地程の差があった。
帝都よりも発展していると言われ、騎士団と貴族の癒着で皇帝ですら手が出せない治外法権と化している『アルブス』
その地には一人の権力者がいた。
悪趣味な虎の毛皮を羽織った裕福そうな顔立ちの女。
成金でも中々身に着けないようなゴテゴテなアクセサリーで装飾している、装飾過多と言う言葉を体現したような女性。
騎士団を支援することでアルブスを支配下に置いた貴族の一人『ティグリス』だった。
栄養を度外視した食事をしている割にはスリムな身体をしているその女は、少々苛立ちながら目の前に立つ男を睨みつけた。
「ゼノ、こういう場には相応しい服装と言う物があるのですよ。貴族ではないあなたでもそれくらいは分かるのではなくて?」
対するはこの場にそぐわない風貌の男だった。
ボサボサな長髪と無精髭、口には紫煙を吹き出すキセル。
一般の騎士とは異なる紫色の騎士服を着崩して纏っている。
更に喉には蛇が絡み付いたような紫色の痣が浮かんでおり、不気味な存在感を持っている。
「いや失敬。育ちが悪い物でな。それに貧乏騎士の身では、この場に相応しい服など…とてもとても」
少しも悪びれない態度で男『ゼノ』は言う。
その態度にティグリスは青筋を浮かべたが、いつものことなので堪えた。
「あなたね、不審者と間違えられて摘み出されたのも一度や二度ではないでしょう」
「ああ、実を言うと今日も一度は門前払いを受けた」
「…まあ、いいでしょう。それで任務は達成できたのですか?」
ティグリスは近くにあったワインを口に含みながら尋ねる。
ゼノが自分の下を訪れる理由は、それ以外にない。
この忠誠心の欠片もない男は、ティグリスの『駒』なのだ。
騎士団を支援する貴族筆頭であるティグリスの命を受けて、騎士団を動かす飼い犬。
「ウルペースに関しては現状維持だ」
「はあ? 連れ戻せないなら殺すように命じておいたでしょう」
「アイツの能力は大して脅威でもない。それにアイツは生かして置いた方が何かと都合が良い」
「…情に流された訳ではないでしょうね?」
「情? 私が? 計画の為に何十人と人間を殺した私にそんなまともな心があると思うか?」
心底おかしい冗談を聞いたようにゼノは笑った。
その不気味な笑みにティグリスは別の不安が浮かぶ。
「その狂った頭で暴走しないことね。十年前、崩れかけていた騎士団を救い、あなたを拾ってやったのが誰なのかを忘れないように」
「その件に関しては感謝してる。感謝ついでに伝えておくと…西に七人目の寄生者がいるぞ」
「何ですって? どうして今頃…」
「さあな。でも、面白くなってきたじゃないか。ルーベルで災厄が起き、新たな寄生者が生まれる。まるで十年前の繰り返しだ」
「…あなた、まだ私に伝えていないことがあるんじゃないかしら?」
「そんな筈はないだろう。それでは、そろそろ帰る。私も騎士団長、忙しい身なので」
そう言うと、騎士団長ゼノはパーティー会場から消えていった。
それを目で追った後、ティグリスは苛立ちを隠さず椅子に荒々しく座る。
「記憶がないくせに段々と知恵を付け始めたわね。そろそろ切り捨てて、別の駒を用意するべきかしら」
言いながらティグリスはワインを飲み干した。
「…相変わらず貴族の考えることは分からんね。たかが食い物に宝石が買えるほど金をかけて、何が楽しいんだか」
パーティー会場を抜け出したゼノはため息交じりに言う。
会場から盗んだクッキーを取り出して齧ると、その味の濃さに顔をしかめた。
口直しにワインを一気飲みするが、コレも度数が低すぎてゼノの好みではなかった。
「元平民の私としては、理解できんな」
平民貴族と言う身分は十年前の災厄後に出来た格差だ。
あの火災を生き延びた平民と、後から支援者として現れた貴族、
ニゲルへ移らなかった者達は支援と言う名目で貴族に支配される。
そのどちらにも属せず『騎士』の地位にあるゼノだが、貴族とのパイプ役を行っている為に『騎士団長』と言う貴族に近い身分を得ている。
「騎士団長! 騎士団長、そこにいたのですか!」
騎士団の本部である『聖堂』が見えてきた所で、ゼノを呼ぶ大声が響いた。
この喧しい声に覚えがあったゼノはそちらを向く。
「やあ、シーミア。久しぶりだな」
上級騎士の証である白の騎士服に身を包んだ青年にゼノは気安く声をかける。
対する『シーミア』は神経質そうな目を更に吊り上げた。
「あなたと言う人は騎士団長の自覚はあるのですか! 度々無断で抜け出したり、地下で怪しげな実験を行ったり!」
今にも腰に下げた剣を抜きそうな勢いでシーミアが叫ぶ。
仮にも上司であるゼノに対する態度ではなかったが、それは普段通りの光景だった。
崩れかけた騎士団を立て直し、貴族の支援を付けることでアルブスを救った英雄と持て囃されることもあるゼノだが、当然良く思う人物ばかりではない。
特に騎士団内では腐敗した貴族と癒着して地位を得たこと、騎士道精神など欠片もない無断行動などを理由に『相応しくない』と判断する者も多い。
交渉術や作戦指示ならともかく、騎士としての直接的な戦闘能力が皆無なことも非難される理由の一つかもしれない。
「剣一つ扱えずにいつまでもその地位に入られると思わないで下さい」
「何だ? 任務でも与えられたのか?」
「ええ。今回の任務で手柄を得れば私が次の騎士団長になることは確実でしょう」
自信満々に告げるシーミアにゼノは首を傾げた。
ゼノが記憶していた手配中の悪人など小物ばかりだったからだ。
「例の『赤鷲』の討伐ですよ」
『赤鷲』
その名前が出た途端、ゼノは小さくため息をついた。
「私と私が率いる白騎士の実力を以てすれば逃れられる悪などいません! それでは!」
それに気付かずにシーミアは意気揚々と去って行った。
その後ろ姿を諦観したような目でゼノは見つめた。
「…やれやれ、早死にする若者を見るのは悲しいね」
既にシーミアの帰還を諦めたようにゼノは言う。
赤鷲と言う名前は一人の男を意味する。
『連続放火』『騎士暗殺』
それらの実行犯と騎士団内で言われている男。
「…『二人目のアニマ寄生者』か」




