二十五人目
「何だ、帰って来たのか」
読書しながら留守番をしていたムースは扉を開いたウルペースを見て、そう呟いた。
フェレスの予想通り、ずぶ濡れの状態だった。
「今、フェレスが迎えに行った所だったんだぞ?」
「…ああ、そうなの。それは悪いことしたわねぇ」
幾分テンションの低いウルペースにムースは眉をひそめる。
普段は馬鹿みたいに明るいが、雨に打たれて体温でも下がったのだろうか。
ムースは近くにあったタオルを投げ渡すと、すぐに読みかけの本の続きを再開した。
「ありがとぉ。少年って意外と気が利くわよねぇ」
「人の願いばかり見て来たからな。人が望むことは分かるんだ」
「あー、なるほどぉ」
タオルで頭を拭きながら、ウルペースは機嫌良さそうに笑った。
少しだけ調子を取り戻し、こちらに目を向けていないムースに近づく。
「良く見ると、少年って可愛い顔しているわねぇ…年下の男の子をリードするのも楽しいかも」
「素顔見られるだけでテレる純情が何言ってんだ」
一瞥もせずにムースは淡々と言う。
余裕ぶった女の色気は、一切通じていないようだった。
「じゅ、純情!? 経験豊富な妖艶美女と噂されるこの私が純情ですってぇ!」
「前から思ってたが、お前ってキャラ作ってるよな」
「神様やってたあなたに言われたくないわよぉ!」
調子は取り戻したが、余裕は失ったウルペースだった。
「そこの、そこのお二方」
お揃いの傘で歩くフェレス達は一人の男に声をかけられた。
立ち止まる二人を前に、黒い服装の男は傘も差さずに笑みを浮かべる。
「そうそう、あなた方だよ。格好いい青年と可愛い少女のお二方」
「何ですか?」
「俺はアングイス。少しだけ時間をくれない? 何、一つ芸を見て欲しいだけさ」
そう言うと黒いマフラーを巻いた男『アングイス』は懐からリンゴを三つ取り出した。
それらを宙へ放り投げ、左手でキャッチし、更にまた投げる。
道化師のように器用なそれはジャグリングだった。
「まだまだ増えるよ!」
手を止めずに、アングイスは懐から新しいリンゴを取り出す。
二つのリンゴを加え、現在では五つのリンゴが宙を舞っている。
「凄い…」
「器用な物ですね」
感嘆の声に気を良くし、アングイスの手は更に加速する。
「まだまだまだ! 今度はコレさ!」
リンゴを素早く懐へ戻すと、今度は同じ数のナイフを取り出した。
五つのナイフをすぐに宙へ放り投げ、ジャグリングを再開する。
光を反射して光る刃を見て、レプスの目に不安が宿る。
観客の不安には気付かず、調子に乗ったアングイスはナイフの数を更に増やす。
合計七つのナイフが宙を舞い、綺麗な円を形作っている。
「あ」
それは誰の声だったか、
あらぬ方向にナイフが飛んで行ってしまう。
一本の狂いは、七つ全ての動きを乱し、
宙を舞っていたナイフは降り続ける雨のようにアングイスの頭上から降り注いだ。
「え…うわあああああああ!」
ナイフの雨を受けて、ぱたりと倒れたアングイスを見てレプスは悲鳴を上げた。
「な、ナイフが! ナイフが!」
「ええ、刺さってますね。まるでハリネズミの如く」
「冷静にコメントするなぁ! ええと、取り敢えず医者を呼ばないと!」
「ええ、僕ですね。この村の医者は僕しかいないです」
「そ、そうだったわね。だったら早く!」
パニックを起こしたレプスがフェレスに詰め寄った時だった。
近くの物陰から小さな影が現れた。
人形染みた黒髪の少女は無言で倒れているアングイスへ近寄る。
「………」
そして、レプスが止める間もなくその腹に思い切り踏み締めた。
「なななな…」
「ぐえええ!?」
呆然としたレプスの声と蛙が潰れたような声が重なった。
下を向くとナイフに身体に生やしながらも平然とした顔のアングイスがいた。
「ラーナ! 君は俺の下腹部に何か恨みでもあるの!? ここには誰も住んでませんよ!」
腹を抑えながら立ち上がるアングイスに痛そうな様子は見えない。
踏まれた腹は痛そうにしているが、
「ん? ああ、ゴメンゴメン。実はコレって玩具なんだよね」
アングイスは手に取ったナイフの刃を押し込む。
いとも簡単にナイフの刃は鞘の中に消えてしまった。
その仕掛けを見て、レプスは静かにフェレスへ目を向ける。
「…気付いてた?」
「勿論、最初から」
「…何で教えてくれなかったの?」
「勿論、面白いから」
「こ、このサディスト! 変人! 快楽主義!」
思いつく限りの悪口を述べるが、フェレスは大して堪えてないようだった。
賑やかな二人を見て、そんな雰囲気が好きなアングイスは笑みを浮かべる。
「そういう訳で。これからどうぞよろしく」




