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メトゥス  作者: 髪槍夜昼
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二十三人目


その日のカエルレウスは、バケツをひっくり返したような激しい雨が降っていた。


自然と外を出歩く人が消える中、その女は一人呟く。


「結構本気で降ってきたわねぇ。やだやだ、水も滴るイイ女になっちゃったわぁ」


呑気な口調で髪についた雨を払うのは、ウルペース。


心から慕うフェレスのおつかいを快く引き受けたのは、早計だったか。


お蔭で木の下で雨宿りをすることになってしまった。


四人分の食材が入った籠を握りながら、ふと顔に手を当てる。


今のウルペースは仮面を付けていない。


素顔のままで村を歩き、買い物をしてきた。


呪いで顔を失っていた頃では考えられないことだ。


「…こんな風におつかい頼まれたのも、いつ以来かしらねぇ」


アニマを得る前は珍しい浅黒い肌と貧相な身体が恥ずかしくて、まともに人前に出られなかった。


アニマを得た後は顔を失って人々に奇異の目で見られ続けた。


そんな時に騎士団長に拾われ、呪いを解く為に騎士団に協力するようになった。


顔を取り戻す為なら、どんなことでもするつもりだった。


同じ境遇のレプスを利用することだって躊躇はなかった。


しかし、それが意図しない所で解決してしまった。


自分の素顔を取り戻した後で、騎士団へ戻れるだろうか?


騎士団へ戻るなら、きっと恩のあるフェレスと敵対することにもなるだろう。


「ふふふ、ここはそんなに居心地が良い場所だったのか?」


その時、近くから男の声がした。


優しげでどこか人間味のない声。


ウルペースが背を預けていた木の後ろから聞こえてきた。


「留守を任せた君が中々帰ってこないから、こんな田舎まで出張だ。やれやれ、おじさんはそんなに若くないのだから労わってほしいね」


咎めるようでありながら吹き出しそうな程に笑みを含んだ言葉。


その声に、言葉にウルペースは聞き覚えがあった。


「ま、まさか、騎士団長…!」


「静かに。あんまり騒ぐと他の皆に気付かれるぞ?」


それだと君も困るんじゃないか? と木の向こうから他人事のように言う。


顔も見えていないのに、ウルペースは睨まれたような気分だった。


サンクトゥス騎士団を纏める騎士団長。


かつてウルペースを騎士団に招いた優しい男であり、


かつてウルペースを迫害した者を皆殺しにした非情な男だ。


ウルペースは思わず口を抑える。


この男はアニマ寄生者を手に入れる為なら、カエルレウスの目撃者全てを殺すくらいやりかねない。


「君にどんな心境の変化があったのかと思って来たのだが、その『顔』を見れば納得がいった」


「………」


「そうかそうか、君は顔を取り戻したんだな。ならおじさんに協力するメリットはもうない訳だ」


そういうと、騎士団長は声を上げて笑った。


これほど心が休まらない笑い声も珍しい。


「その顔を治したのは誰だ?」


姿を木の後ろに隠したまま騎士団長は言った。


「それを聞いてどうするのよぉ」


「六人の能力は把握している。六人目が氷、五人目が夢、四人目が虚、二人目が炎、一人目が幻、正体不明の三人目も、アニマを消すような能力ではなかったと記憶している」


騎士団長は全てのアニマ寄生者を見たことがある。


その話は以前、ウルペースも聞いていた。


しかし、彼はアニマ寄生者は六人だと言っていた。


つまり、七人目であるフェレスのことを騎士団長は知らないのだろう。


「…やれやれ、黙るなら仕方ない。この村を皆殺しにしてでも探し出すか」


「ッ!」


ウルペースは思わず背を預けていた木から離れた。


思い出すのは、かつてウルペースが拾われる時に起きた悲劇。


大勢の騎士に虐殺される人々の姿。


それが今のカエルレウスと重なった。


(…騎士達を相手にすることは出来ないけど、ここにいるのは騎士団長一人)


騎士団長は冷酷非道な指揮官だが、騎士としての実力が高いとは聞いたことがない。


(一か八か、私の能力で…)


「…なーんちゃって! 冗談だよ冗談。本気にした?」


ウルペースの覚悟を嘲笑うように、騎士団長は言った。


呆気に取られたままウルペースは固まる。


「アニマ寄生者が六人だろうが、七人だろうがおじさんにとってはどうでもいいの。おじさんは別の探し物で忙しいからな」


「…探し物?」


安心したように息を吐きながら、ウルペースは尋ねる。


そんな心情を全て見抜いて騎士団長は笑った。


「『記憶』だよ」


少しだけ声色を変えて騎士団長は言った。


「例の大火災以来、記憶を一部失った者が大勢いることは知ってるだろう?」


「………」


「アニマは心に関する能力を持つ。レプスの力を利用すれば、失われた記憶を取り戻すことが出来るかもしれない」


それが騎士団長がレプスを狙う理由。


失った記憶を取り戻すアニマを、手に入れること。


欠けた自分を取り戻す。


それはかつてのウルペースの悲願と似ていた。


(…記憶を取り戻すアニマ?)


ふと、ウルペースはそのことが引っかかった。


記憶を取り戻す…記憶を操作するアニマには心当たりがあった。


彼の場合は記憶を消去する正反対のアニマ…


大火災以来、大勢が記憶を失った。


災害のショックと言えばそれまでだが、一部だけの記憶障害なんて同時に起こる物?


昨日、人為的にアニマをばら撒いた者の可能性について話していたが、


同様に人為的に記憶を奪った者がいるとしたら…


「君も災害の当事者だったな、忘れた記憶があるんじゃないか?」


「そんなの…」


否定しようとして、思い出そうとしてウルペースは言葉を失う。


十年前の災害時に、ウルペースはあの場にいた。


にも拘わらず、その時のことが何も思い出せなかった。


「…さて、今日は帰る。君も戻りたくなったら、いつでも戻ってくるといい」


そう言葉を残し、騎士団長の気配が消えた。


ウルペースはただ立ち尽くすことしか出来なかった。








「相変わらず、心の脆い奴だ。やっぱり、アレにはまだ利用価値がある」


男は離れた場所からウルペースを見下ろし、嘲笑う。


「事前に村人共から『聞き出して』おいて正解だった。良い感じに不信感を植え付けることが出来た」


ニヤニヤと笑いながら騎士団長は言う。


「にしても、フェレスとか言ったか。本当に記憶をどうにかする能力を持っているのか?」


村人からの情報では確信は得られない。


彼が七人目であり、記憶のアニマを持っている確証はなかった。


「まあいい。不確定要素は無視して、当初の予定通りレプスを使って私の記憶を取り戻すとしよう」


笑みを浮かべ、今度こそ騎士団長はカエルレウスから去って行った。

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