二十一人目
そこは、ウルペースの夢以上に寂しい空間だった。
大地も空も白一色、
地面に凹凸はなく、地平線の果てまで何もない。
画用紙のように色のない世界だった。
「これは、さっきとは違う意味で珍しい夢だな」
数々の夢を見て来たムースはフェレスの世界を見て呟く。
夢と言う物は、心や願望がはっきりと表れる。
それなのに、この色も何もない世界は何なんだ。
「何もないわねぇ、まさに『虚無』って感じ?」
「夢を見てるフェレス本人もどこにいるのか分かんねえな」
大地と空の境界すら曖昧になりそうな空間に、人影はないように思える。
夢が存在している限り、この空間のどこかにフェレスがいる筈なのだが…
「アイツも白いからな…これじゃ、森に落とした木の葉だぜ」
おまけに薄っすらとだが、霧掛かってもいるようだ。
それがこの異様な空間を、更に不可思議な空間へ変えている。
「本当に気分が悪くないくらい真っ白…ね…」
遠くの方を眺めていたレプスの声は、そこで止まった。
訝しげに振り返る二人を余所に、走り出す。
凹凸のない大地にぽつんと伸びていた『ある物』の下へ、
「こ、コレは…アルブスの」
近くに駆け寄って見上げる。
それは、雪みたいに真っ白な木だった。
レプスの記憶にある物と同じ、
アルブスのある公園に生えている木と同じ物だった。
「急に走り出してどうした?」
「うわぁ、その木も真っ白ねぇ」
追いかけてきた二人には目もくれず、レプスは思い出の木を見つめる。
レプスは公園のことを誰にも話したことはなかった。
フェレスはこの木のことを知らない筈だ。
ここはフェレスの夢の中、
そこにどうしてこんな物が存在する?
「どうして…」
「皆さんお揃いで、人の夢に不法侵入ですか?」
その時、白い木の後ろから夢の主が現れた。
フェレスは安定の笑みを浮かべながら、三人を見つめる。
「神様ぁ! 夢の中でまで会えるなんて感激ですわぁ」
「そんなことより! フェレス、アンタあの木を知っているの!」
ウルペースを押しのけて、レプスはフェレスに詰め寄った。
レプスの顔と白い木を交互に見つめた後、フェレスは首を傾げる。
「あの木がどうかしたのですか?」
「だから、何でアンタがアルブスにしかないあの木を知っているの!」
鈍いフェレスに少々苛立ちながらレプスは叫ぶ。
しばらく目を白黒させた後、フェレスは納得が言ったように手を打った。
「ああ、それは僕が以前アルブスに住んでたからじゃないですか?」
フェレスは何でもないことのように言った。
以前、アルブスに住んでいたのだからその時に木を見たのだろう、と。
「あ、アンタってアルブス出身だったの?」
「言ってませんでしたっけ?」
「初耳よ」
レプスはのんびりと笑うフェレスから顔を背けて、呟く。
フェレスはアルブス出身だった。
それなら納得が行く。
秘密の場所と言っても、所詮は子供が行ける公園だ。
アルブスに住んでいた頃のフェレスが偶然見かけても、不思議ではないだろう。
考えてみれば、当然のことだ。
あの思い出の木は、レプスだけの物ではないのだから。
そう落ち着きを取り戻しかけていたレプスの耳に別の声が聞こえた。
「何? 神様とお嬢ちゃんもアルブス出身? それじゃ私と同郷ねぇ」
ウルペースが楽しそうに笑う。
「…奇妙な偶然だな。俺も生まれはアルブスだぞ」
その言葉を受けて、今度は訝しげにムースは言った。
この場にいる四人は皆、アルブス出身だったのだ。
この場にいる、四人のアニマ寄生者達は…
春先にも拘わらず、町を染め上げる雪。
十年前の災厄を思い起こす墓地と高級住宅が並ぶ貴族街、
ゴミ一つない表通りと、死体が転がっている裏通りが分けられたアンバランスな街並み、
その中心に存在するサンクトゥス騎士団の聖堂。
帝国の北方、アルブス地方は異様な場所だった。
十年前の大火災で全焼したにも拘わらず、今尚帝国で最も技術の進んだ場所である。
騎士団の本拠地でもある為、騎士団の支援者の貴族は皆揃ってこの場所に居を構えている。
この町では騎士団が法であり、異端認定を受けた者は問答無用で処刑される。
貴族と癒着した騎士団は時に、貴族の命令で異端審問を行うこともある為、この町では貴族にも逆らうことは許されない。
この町を堂々と歩けるのは、貴族と騎士だけだ。
「リンゴが一つ、リンゴが二つ、リンゴが三つー」
そんな町を鼻歌まじりに歩く黒い影が一つ。
白いアルブスで目立つ黒色の外套に身を包んだ男、
地面に届く程長い黒いマフラーを巻き、ゆらゆらとなびかせている。
歳は二十代前半くらいだが、浮かべている笑みと特徴的な八重歯は子供っぽく見える。
「るるるーっと、静かだねぇ。この町にはもう寄生者はいないようだなぁ」
買い込んだ食料が入った紙袋を抱えながら、黒い男は呟く。
遠目に見える聖堂を見つめる。
「騎士団が一人抱え込んでいるって話だったけど、嘘だったのかなぁ?」
食料の中からリンゴを一つ取り出し、黒い男は愉しげに言う。
それに噛り付きながら、笑みを浮かべた。
「ま、そっちはいずれ会えるだろう。それよりも今はもう片方が先…」
残ったリンゴを一度放り投げ、アクロバティックに呑み込む。
「悲哀ちゃん、元気してるかなぁ?」




