二十人目
「…やっぱり、おかしいわよ」
「まだ言ってのか、お前?」
ウルペースが寝室に引きこもった後、レプスは不満そうに言った。
家主であるフェレスはすぐに自分の部屋に戻ったので、この場には二人だけだ。
四人にそれぞれ自分の部屋兼寝室が与えられている辺りで、ムースはこの風車小屋の構造を考えることをやめていた。
「あの女が胡散臭いのは同感だが、別にいいじゃねえか。家主が認めれば」
自分達が口を出すことではない、とムースは苦笑した。
意外と居候の身分を弁えているのか、ウルペースの処遇はフェレスに任せていた。
「フェレスは楽観的だから、警戒していないだけよ」
「いやー…そんなことはないと思うが」
記憶を消して余所に捨てる、と真顔で言っていたことを思い出す。
むしろ、笑顔の裏で警戒心しか抱いていないだろう。
と言うか、どうしてレプスの前では本性を隠し続けているのだろうか。
「私だって事情を知って少しは同情したし、共感した所もあったけど、彼女は騎士団の一員なのよ」
事情を知っても中々信じれないのは、以前のことを根に持っているからか。
それとも、それだけ騎士団自体に不信感を抱いているのだろうか。
「騎士団は危険なの。教団でちやほやされてたアイドル少年を保護するのとは訳が違うのよ!」
「…おい、それ誰のことだ?」
仮にも神だった男にアイドルとは何事か。
確かに外見はその辺の子供と同じように見えるかもしれないが、
夢の中から無敵の力を誇る、夢の支配者なんだぞ。
「…まてよ、良いこと思いついた」
「?」
首を傾げるレプスに、ムースは自慢げな笑みを浮かべた。
「だったら、あの女の本音を覗けばいいじゃねえか。心が無防備になる夢の中でよ」
暖かい風が吹く緑一面の草原、
雲一つない綺麗な青空の下で、ムースとレプスの二人は立っていた。
「二回目だけど、この現実感は慣れないわね」
夢とは思えない心地よい風にレプスは目を細める。
ムースの支配する夢想空間『ソムニウム』
夢が現実に具現化される空間は、何度味わっても奇妙な体験だった。
「ところで、ここがウルペースの夢?」
「いや、ここはお前の夢だ。俺様が入ったことで多少変質はしているがな」
ムースが手を翳すと、草原の中に木製の扉が現れた。
「今、向こうの夢と繋いだ。俺様の力は夢を繋ぐ能力でもあるんだ」
そうでなければ、そもそも他人の夢に侵入することすら出来ないのだろう。
夢を叶える為には、夢を繋げなければならない。
「ふーん。と言うか、能力使うと俺様口調になっちゃうの?」
「………長年の癖だ。気にすんな」
本人が一番気にしてそうな顔をして、ムースは扉を開いた。
レプスもその後に続く。
扉を通り抜けた向こう側は、レプスの夢とは打って変わって薄暗かった。
「………」
床も壁も天井も石で覆われた地下室。
蝋燭だけが周囲を照らしている陰鬱な空間だった。
流石に予想外だったのか、ムースが訝しげな顔をする。
ウルペースのイメージから、派手な舞台でも想像していたのだろう。
「ねえ、ムース。ウルペースはどこ?」
「今、探してる………いたぞ」
言葉と共にムースは指を鳴らした。
薄暗い空間が蜃気楼のように歪む。
数秒間、奇妙な浮遊感を感じた後に目を開けると、
目の前にウルペースがいた。
いたのだが…
「よくやってくれました。流石は僕の下僕ですね」
「お役に立てて光栄だわぁ。私の神様」
「役に立つ女は好きですよ、それじゃ君にご褒美をあげないとね」
「ああ、神様ぁ…」
薄暗くてよく見えないが、両方とも聞き覚えのある声だった。
ドS主人がフェレスで、ドM下僕がウルペース、
「…………………部屋を間違えたようだ」
見てはいけない物を見てしまった、とムースは背後の扉へ戻ろうとする。
振り返り、共に衝撃的光景を見たレプスが硬直しているのが目に入った。
まるで凍ったかのように身動き一つせず、されど顔は真っ赤。
「な、な、何やってるのよ!」
「落ち着け、あのフェレスは妄想の産物だ」
「それでもよ! 何て夢見てるの、アイツ!」
騒ぐレプスを宥めていると、声に気付いたのかウルペースがこちらを向いた。
狐面は付けずに満ち足りた笑みを浮かべている。
「あらぁ? そこにいるのはもしかして…」
「…お邪魔してます」
「そうかぁ、それが少年の能力だったわねぇ」
気まずそうなムースの顔を見ただけでウルペースは状況を察した。
騎士団に所属していただけあって、洞察力は高いらしい。
「数多の夢を渡り歩いた俺様を、夢で驚かせるとは…ただ者じゃないな」
「いえいえ、今日のはまだソフトな方よぉ」
「アレで!? アレでソフトなの!?」
熱が冷めないレプスは叫んだ。
色々と想像力を働かせて、また顔を真っ赤にしている。
「意外と純情なのねぇ、お嬢ちゃん」
「ち、違うわ! アンタが変態な夢を見ているだけよ!」
レプスが怒る様子ですら、ウルペースは楽しそうに眺めていた。
その次にムースへ目を向け、辺りを見回す。
「アレ? 私の神様は一緒じゃないのぉ?」
「フェレスならいないぞ。つーか、いい加減にその呼び方やめろよ。古傷が痛むんだよ」
神様、と言う言葉に思う所あるのかムースは渋い顔をした。
しかし、ウルペースはそんなムースに気付かず、ニヤリと笑う。
「だったら、次は神様の夢に行きましょうよぉ?」
「フェレスの?………まあ、いいけど」
「そ、そうね。ここには長くいたくないわ」
何とか熱が引いてきたレプスが言う。
これ以上過激な物を見せられれば、夢の中で気絶するかもしれない。
満場一致となった所で、ムースは空間に手を翳した。
向かうのは、フェレスの夢。




