十八人目
最初は恵まれた才能だと思った。
他人の個性を模倣する能力は、自分のコンプレックスを満たすのに最適だった。
アルブスでは珍しい浅黒い肌も、
人より発育が悪いこの身体も、
全て他人を模倣することで理想的な自分へ変わることが出来た。
手は、あの子の可愛い手。
足は、あの子の綺麗な足。
そうして人を真似る内に、自分の『元の姿』を忘れてしまった。
自分はどんな目をしていた?
自分はどんな口をしていた?
鼻は? 耳は?
私は、私は一体誰なの?
その時になってようやく、私はこの能力が魔法なんて便利な物ではないと悟った。
「それで、あの女を結局どうする訳?」
小屋の中にあった椅子に座りながら、ムースは尋ねた。
その視線の先には、別の椅子に座るフェレスがいる。
「つーか、驚いたぞ。留守番してたら、気絶した女を二人も担いでくるとはな」
「仕方ないでしょう。レプスもウルペースも全然起きなかった訳ですし。どちらもそれなりに身長があるから結構重かったです」
「…元神の俺でも、今のはデリカシーがねえ発言だと分かるぞ」
隣の部屋で眠っている二人を考えながら、ムースはため息をついた。
「そんでどうするよ。俺が相手をした連中は下っ端だからテキトーに遊んでから帰したが、あの女はそう言う訳にもいかねえだろ?」
「確かに。頭がちょっとアレですけど、アニマ寄生者の一人ですし。出来れば騎士団に返したくはない所ですね」
「じゃあ、どうする?」
「記憶を消して、どこかの森にでも捨ててきましょうか」
「…俺もそうだが、アンタも大概だよな」
何故かフェレスのストッパー役になっていることに疑問を抱き、ムースは椅子に凭れる。
子供のように椅子を軋ませながら思考する。
「…しっかし、騎士団も本腰入れて来たんじゃねえか? 秘密兵器のアニマ寄生者まで送り込んできたくらいだし」
今までに騎士団に寄生者がいると言う情報はなかった。
それほど隠し続けてきた札を切る程、騎士団も本気と言う訳だろうか。
「それともその秘密兵器の独断か?」
「うーん。その可能性も否定できませんね。彼女は忠誠や信仰とは程遠い人物でしたし」
気まぐれな利己主義者。
それがフェレスがウルペースに抱いた印象だった。
「どちらにせよ。奴らはアレを飼い馴らす程、ヤバい組織だってことだな」
「そうですね。ひょっとしたら残りの寄生者も騎士団が確保しているのかも」
「…笑えねえ冗談だ。化物同士で力を合わせて騎士団を倒しましょうってのが、レプスの作戦じゃなかったのかよ」
今ここにいる寄生者はウルペースも合わせて四人。
空想破壊、寒気具現、夢想空間、変幻自在、
いずれも直接戦闘タイプとは言い難い、くせのある能力ばかりだ。
とても騎士団を相手に出来るとは思えない。
「全く、もう少し戦力になりそうな奴はいねえのか」
「…君が一番使い勝手悪そうですけど」
「う、うるせえ! お前は今回の俺様の活躍を知らねえのか!」
ムースが黄緑色の液体を取り出し、何事か説明しようとした時、隣の部屋のドアが開いた。
狐面を外した二十歳前後に見える素顔、
黄色を基調とした舞台衣装は同じだが、幾分スレンダーになった身体つき、
帝国では珍しい部類に入る浅黒い肌、
本来の姿を取り戻したウルペースは目を細めて、フェレスを見ていた。
「…救世主、いや神様」
ウルペースがぶつぶつと呟いた言葉に、フェレスは首を傾げる。
そんな様子は余所に、素早くフェレスの下に近づいてその手を取った。
「あなたは神様よぉ! 私は、あなたのお蔭でアイデンティティを取り戻すことが出来たわぁ!」
舞台役者よりもオーバーに感動を全身で表す。
フェレス自身は知らないことだったが、これこそがウルペースの目的だったのだ。
能力の過度の使用が原因で失った個性を取り戻す。
その為にアニマから解放されようとしていた。
その為に騎士団と手を組んでいた。
その為にレプスを狙っていた。
だが、その悲願は意図せず形で叶ってしまった。
アニマを空想に戻すと言う、アニマ殺しのアニマによって。
「私はこのご恩を一生忘れないわぁ。ご命令があったら、何なりとお申し付け下さい、神様!」
「………………………」
珍しいことに、非常に困った表情を浮かべるフェレス。
常に冷静で聡いフェレスでも、この状況は予想外だった。
そんなフェレスの隣では、ムースが腹を抱えて笑っている。
それを一瞥し、フェレスは口を開く。
「ムース君。神様ってどうやるんですか?」
「さあな。好き勝手命令すればいいんじゃね?」
面倒事を予感して、フェレスは深いため息をついた。




