十三人目
「よし、よしよし…良い調子だ」
小さなフラスコを火で焙りながらムースは笑みを浮かべた。
フラスコの中には黄緑色の液体が入っており、底には葉っぱの切れ端が沈んでいた。
薬湯のようだが、色や臭いは明らかに異様だった。
「これで…完成だ」
悪の科学者のように笑いながらムースは言う。
宝物のようにフラスコを傾ける様子はどうみても危ない人だ。
「何してるんですか?」
「うおおお!?」
突然の声に、思わずムースはフラスコを投げてしまった。
慌てて手を前に出し、宙に投げ出されたフラスコをキャッチする。
何とか取り落とすことはなかったようだ。
冷や汗を拭って、声の主を睨みつける。
「いきなり後ろから声かけるんじゃねえよ! つーか、気配ねえんだよ、お前!」
「すいません。昔から気配が薄いとよく言われました」
そう言うフェレスはいつも通りの薄ら笑み。
人のことは言えないが、コイツも大概変な奴だと思う。
周囲を見渡しても、都合の良いことにレプスの姿はない。
折角の機会なので、ムースはフラスコを近くのテーブルに置いてから問いかけた。
「お前に聞きたかったんだが…何で教団から俺の記憶を消したんだ?」
疑問に思っていた。
敵のムースを殺すのさえ躊躇ったレプスならともかく、フェレスは人助けなどしないだろう。
五年間、色々な人間の顔と夢を眺めてきたムースの予想では、フェレスは自分と似たタイプだ。
利己主義で他人と深く関わることを嫌う。
無償の善意などと言う物から、程遠い所にいる人物。
「君を殺すだけではモルス教団は止まらないでしょう。むしろ、最後の一人になるまでこちらの命を狙ってくる」
狂信とはそういう物だ。
自分の人生より大切な物を別に求めるからこそ、命すら簡単に投げ出せる。
「僕は何とかなるかもしれませんが、レプスがそんな目に遭うのは不憫でね」
「…何だお前。じゃあ、あの女を助ける為に俺を助けたってのか?」
「まあ、その通りですよ。その意味では君の記憶を全部消して、廃人にしてしまっても良かった」
その言葉は脅しではないのだろう。
張り付けた薄ら笑みと冷めた目が、それを物語っていた。
やはり、ムースの予想通りこの男は冷酷だ。
「…お前があの女に入れ込む理由は何だ?」
フェレスに比べたら大して役にも立たない能力。
騎士団に追われる厄介な身分。
近くに置いてもデメリットしか見当たらない少女を、どうして守ろうとする。
「上辺だけでは分からない価値ってやつもあるんですよ。子供には早かったかな?」
そう言って、フェレスはムースの前から去って行った。
白い我が家を出て、村を歩くフェレス。
すれ違う数人が挨拶をしてきた為、フェレスも愛想笑いで返した。
いつの間にか、顔を覚えられてしまったようだ。
しかし、今までのように村人から記憶を消す気は起きなかった。
誰の記憶にも残らず、
誰とも深く関わらず、
そんな生き方はもうやめた。
それはレプスが現れた日から、
全てはその瞬間から始まったのだ。
「フェレス?」
考え事をしながら空を眺めるフェレスに声がかけられる。
丁度ムースの時と同じように、フェレスの背後にレプスが立っていた。
白いニット帽に青いコートを纏った姿は、春先の季節にはそぐわない。
「どしたの? 何か考え事?」
雪のように白い肌も、女性にしては高めの身長も見慣れた物だ。
「何か喋ってよ。アンタが無口なんて、明日は雪かしらね?」
控えめに笑う姿も、確かにレプスの物だった。
「君、誰ですか?」
フェレスは薄ら笑みを浮かべたまま目の前の少女へ言った。
レプスと全く同じ外見をしている、別の少女に。
きょとん、と少女は呆気に取られる。
だが、すぐに吹き出して笑い始めた。
相手を馬鹿にしたような笑みは、レプスの物ではない。
「まさか、こんなにすぐに見抜かれると思わなかったわぁ」
その胃がムカつく程の甘ったるい声も、聞き覚えのない物だ。
「生憎、僕は人の心や感情に鋭いんですよ。すぐに違和感に気付きました」
「あっはっは! 思考回路すら複写出来るってのに、あなた凄いわねぇ」
カーテンでも捲るかのように、レプスに似た『皮』が剥がれていく。
皮膚のみならず、服まで共に剥がれて地に落ちる。
中から現れたのは、レプスとは似ても似つかない妖艶な女だった。
黄色を基調とした派手な舞台衣装、
男を魅了する艶やかな肢体、
露出度多い服装の中で、顔を完全に覆っている狐面、
「私はウルペース。あなたは格好いいから、気安くウルって呼んでもいいわよぉ」
「…アニマ寄生者ですか」
「そうよぉ、私はその『四人目』」
新たなアニマ寄生者、ウルペースは舞台役者のような大袈裟な仕草で言った。
それには目もくれず、フェレスは地に落ちた『皮』を見下ろす。
これを被ったウルペースは単純な外見特徴だけなら、レプスと瓜二つだった。
おまけに声や口調、雰囲気まで完全にレプスを複写していた。
「他者を模した『皮』を具現化する…変身能力ですか」
「んふふ…まだ秘密」
仮面の下で楽しそうに笑うウルペース。
「ちなみにもう一つ教えとくとぉ、私は騎士団の一員なのよねぇ」
「………」
「つまり、今こうしている間にも愛しのレプスちゃんが狙われているって言ったらどうする?」
脅すような楽しげな声で、フェレスが焦燥することはなかった。
極めて冷静に、いつも通りの薄ら笑みで、ウルペースへ近づく。
「騎士程度なら心配いらないですよ。戦力になるかは分かりませんが、もう一人もいることですし」
喋りながらまた一歩、近づく。
そして、油断しているウルペースの額に自分の指を当てた。
「ここで君が倒れれば、騎士団も撤収するでしょう。残念でしたね」
騎士団には知られていない七人目の能力が発動する。
きょとん、と指を見つめていたウルペースは記憶を失って戦意喪失する。
そうしてこの襲撃は失敗に終わる。
その筈だった。
「…なっ」
べりべりべり! と何かを剥ぎ取るような音がした。
黄色を基調とした派手な舞台衣装が、
男を魅了する艶やかな肢体が、
露出度多い服装の中で、顔を完全に覆っている狐面が、
ウルペースの皮膚が、全て剥がれ落ちた。
剥がれ落ちた中から現れたのは、気絶した見知らぬ騎士の男。
瞬間、フェレスは全てを理解した。
「『自分を被せていた』…?」
思考回路すら複写出来るとウルペースは言っていた。
それはつまり、皮を被せれば自分をもう一人作れると言うこと。
これは単なる変身能力じゃない。
だとすれば、本物は…
「マズイ…!」
本物は、どこへ行った?




