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ある魔術師の困惑




私といるとき、彼女は泣いている事が多かった。

彼女に泣かれるとどうすれば良いか分からなくなる。私のようなものがおそばにいるからいけないのか、とも思った。何しろ私は、忌避されるべき魔術師だ。彼女のような繊細な方にとっては、近寄りがたい存在だろうと思う。

私が近付く事で彼女を怯えさせているのかとも思った。彼女に近付いてはならないのかと思った。距離を置くべきだ、とも考えた。


『きれい』


けれど、彼女が笑ってくれるから。私の出す一輪の花を両手で包み込んで、嬉しそうに笑ってくれるから、私はいつまでも彼女の花係でありたいと思った。









十四歳になったはずのクローディア様は、最近大人びてきた容姿に似合わず、子どものように顔をくしゃくしゃにして泣いていた。泣いていらっしゃるその原因がついぞ分からず、彼女の侍女でも呼んで来た方が良いように思うが、生憎クローディア様自身が私の服の裾を掴んで離して下さらず、誰かを呼びに行く事も出来なかった。


「どうして泣かれるのですか、クローディア様」


最近では陰に隠れて泣かれているような事も減って来たと思っていたのに、何がそう彼女を悲しませると言うのか。その原因を憎らしいと思う。


「エドガーは、」


クローディア様は震える声で言葉を発した。その声はどこまでも頼りなく、更に私を不安にさせる。


「エドガーは、ああいった方がお好きなのですか?」


私は、その言葉に疑問符を浮かべた。てっきり母君について悪く言われたのだろう、と思っていた。泣き虫であるクローディア様だが、彼女はいつも自分の為では無く、誰かを想って泣く。その最たる存在が、亡くなられた後もこの国で敬遠される自身の母君であった。


「先程の、大人で、お美しい方です」


クローディア様は通じていないと分かったのか、しゃくり上げながら補足する。それを聞いて、彼女が誰の事を指しているのかようやく理解した。

先程、非常に珍しい事が起こった。この私が、人に声を掛けられたのだ。それも、伯爵家の御令嬢にである。年若い女性にとって私は恐怖の対象でしかないだろうに、奇特な人であった。


御令嬢は私を恐れる事なく気さくに話しかけ、日々の仕事ぶりなどを褒め称えてくれた。きっと心根のお優しい人なのだと思う。ただ、異様に話す際の距離が近い人で、もしも私などとあらぬ噂を立てられれば御令嬢の経歴に傷がつくと思い、距離を取ろうとしたときの事だった。その場にクローディア様が現われ、何を言うよりも早く私に突進してきたのである。私の手に触れられる事はあっても、そんな風に抱き付かれたのは初めてで戸惑っていると、何故だか御令嬢は途端に詰まらなさそうな顔をしてその場から去って行った。

よくよく思い返してみればそれ以来、クローディア様は泣きじゃくっておられたのである。


「お美しくて、女性らしくて、大人な魅力の方です」


クローディア様は途中から語調を強めて、泣いているのにどこか訴えるような目で私を見上げた。彼女の言葉を反芻して考える。

確かに魅力的な女性だった。白い肌に映える豊かな黒髪に、深紅の唇がよく似合っていた。体つきも豊満で女性らしく、対して腰や手足は折れそうな程細かった。浮かべる微笑みは艶やかで自信に満ちていて、多くの男性が彼女に懸想しているのだろう、と容易に想像できる美しい女性だった。


思い返す為に黙って考え込んでいると、気付けばクローディア様のお顔は更に哀しげに歪んでいた。私がその顔を覗き込むよりも早く、クローディア様はわっと手のひらでその顔を覆う。


「………わたくしも、あの方のように魅力的な女性になります」


そして、泣き声の合間にそう口にする。私は、その様子に心底慌てながらも、先程の女性のようになったクローディア様を想像してみた。

今の少女らしいクローディア様とは正反対の女性である。自信に満ちていて、男を惑わす蟲惑的な女性。男にぐっと身を寄せて会話するクローディア様。


―――――――非常に心配な気持ちになった。

私は宥めるようにその頬を撫で、言い聞かせる為にはっきりと口にした。


「クローディア様は今のままで十分魅力的です」


もしもあの女性のような仕草で男性を勘違いさせてしまうような事があれば、クローディア様に身の危険が生じる。その尊い御身を守る為にも、彼女には慎ましくあって欲しかった。

クローディア様はひっく、としゃくり上げながらもどこか呆然と私を見る。


「エドガー、エドガーは、ああいった方がお好きなのではないのですか?」


そう口にするクローディア様の目が、縋るように見えたのは何故だろうか。

取りあえず今は、クローディア様にあの御令嬢を目指す心を止めて頂かなければならない。私はそう思って一旦疑問符を押しとどめた。


「私は、今のままのクローディア様が一番好きです」


不思議な事に、クローディア様はこの一介の魔術師の心の向きを気にして下さるので、そう素直にお伝えした。クローディア様は今のまま、慎ましく控え目でお優しいその心根が一番美しいのだと思う。

すると、しゃくり上げかけたクローディア様の身体の動きが、その途中で不自然に停止した。呼吸さえ止めてしまったその様子に、私が慌てふためいたのは余談である。









読んで頂きありがとうございます。

エドガーさんは、時々自信家…というか女王様気質の女性に狙われます。ハードルの高い男性ほど落としたいと考える怖いもの知らずな方に。



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