第8話 猫目石の挑戦状
長身の女子生徒が道を塞いだ。
豊満な胸の前で腕を組むと、どこか自信ありげな表情で俺を見つめる。
彼女には見覚えはある。というか、至宝学園の生徒で彼女を知らない人のほうが圧倒的に少ないだろう。
至宝学園ランキング第9位・猫宮彩夢。
繁栄や幸運の象徴である猫目石の称号を与えられた宝石姫であり、学年は俺と同じ二年生だ。
外見の特徴はとにかく大きいこと。身長も胸も非常に大きい。男子平均である俺のと身長は同じくらいだ。整った顔立ちはどちらかといえば派手系であり、外見からはモデルのような印象を受ける。
「君のことは観察させてもらったよ、夢原大河君」
「……」
「虹海と随分仲良しみたいだね?」
視線を感じると思っていたが、相手は猫宮だったのか。
彼女は白銀の友達であり、幼馴染だ。ついでに言うとランキングを争うライバルでもあるらしい。
順位は一つしか違わないが、これは今に始まったことではない。
二人は昨年からずっとランキングが動かない。ぴったりと背後にくっ付いており、二年生になって宝石姫になった今でも接戦を繰り広げている。余談だが、一度も白銀より上に立ったことがないらしい。
この話は白銀から聞いたものだ。
「……」
話しかけられたことにビックリして固まっていると、猫宮は何かに気付いたように。
「ああ、僕としたことがうっかりしていたよ。驚かせてすまない。初対面だから自己紹介をしておこう。僕は猫宮彩夢だ」
「あ、これはどうも」
「君のことは調べたから自己紹介は必要ないよ。安心してくれ」
安心する材料はどこにもない。
俺のことは調べたらしいが、理由はさっき述べていたように白銀絡みだろう。
「さて、話を戻そう。君と虹海のことだ。非常に仲良しみたいだね。さっきも教室でイチャイチャと楽しそうにしていたし」
「仲良しってわけじゃないぞ。俺と白銀は――」
「大丈夫、言わなくても僕にはわかる」
「……?」
「ずばり、君と虹海は交際している。そうだろう?」
えっ?
名探偵よろしくドヤ顔で言ってきたが、全然違う。
確かに瑠璃の件を引き受けてもらってから仲良くしてはいるが、そういった甘い雰囲気は欠片もない。
「すべてわかっているから安心するといい。僕レベルの洞察力があればあえて答えを聞く必要もないからね」
「いや、聞いてくれよ」
「必要ないと言っているだろう。今まで特定の男子と仲良くしなかった虹海が君とは楽しそうにしている。それがすべての答えだ」
猫宮は自分の言葉にふむふむと頷いている。
「クラスメイトという関係を利用してひっそりと親密になっていたようだね。正直、全然気付かなかったよ。今まで上手くやったと褒めておこう。けれど、最近は油断しているのかな。君と虹海の関係は少し噂になっていたよ」
「っ、マジか!?」
「大マジだ」
噂になっているのはまずいな。
これが広がったら面倒だ。早いところ止めたほうがいいだろう。世話になっている白銀の不利益になることはしたくない。
「話を聞いてくれ。白銀との関係は妹繋がりで――」
「それもわかっている。最近の虹海は君の妹である夢原瑠璃君を口実に僕との勝負を断っているからね」
「……」
瑠璃のことも知っているようだ。
まあ、そこは別にいい。いずれ瑠璃は有名になってランキングを駆け上がる存在だ。存在が知られるのは仕方ない。
「知っているなら話が早い。妹と白銀が仲良しなんだ。俺と話すのも妹と繋がりがあるからだ。だから、多少は親しくしている」
真実を述べたが、猫宮は「甘い!」と笑い飛ばした。
「彼女の存在はあくまでもカモフラージュだ」
「……カモフラージュ?」
「すべては君と交際している事実を隠すため。僕にはそれがはっきりとわかる」
白銀よ。
おまえの読み通り、勝負は断れているが変な勘違いをされているぞ。この勘違いは俺にとっても想定外だったけど。
「ちょっと待て。白銀は誰とでも仲良しだろ。仲良しの男子も多いし」
「意外とそうでもないんだ。虹海は友達が多いけど、男子とは基本的に一対一で話さない。それは常に警戒しているからだ。男女のグループで集まる時も女子の群れの中にいる。何かあったら助けて貰うためにね」
そういえば、そうかもしれない。
思い返してみれば男子と喋っているが、常に女子のグループ側の立ち位置だった気がする。タイマンで長々と喋っている姿は見かけた記憶がない。
「まあ、それも僕のお陰だけどね」
「……どういう意味だ?」
「気になるようだね。しかし、恋敵である君には教えてあげないよ」
何だよそれは。
「とにかく、虹海は男子とある程度の距離を保っている。男子という生き物を警戒しているからね」
猫宮は俺を指さす。
「しかしだ。君は明らかに近い存在になっている」
「……」
「最初はビックリしたよ。君と楽しそうにお喋りしている姿を見て我が目を疑った。虹海が心からの笑顔を見せるのは僕か、妹の前くらいだったからね」
そう言われても困った。
俺は特別なことなど何もしていない。
「以上の点から、君と虹海が交際していると推理した。我ながら満点に近い推理だね。外れる余地などない」
めちゃくちゃ外れてますけどね。
自信満々で自分の迷推理に満足している猫宮は続ける。
「本題はここからだ。果たして、君に虹海と付き合う資格があるのかな?」
まずい、全然話を聞いてくれないぞ。
「君のランキングは確認させてもらった」
「……確認したのか?」
「名前さえわかれば誰でも確認できる仕組みだ。クラスは去年から虹海と同じで、運動もそれなりに出来るようだね。ランキングは666位とまずまずの位置。こうして顔を突き合わせると、なるほど顔立ちは悪くない。少しパッとしないけど」
褒められたような、貶されたような、微妙な言葉だった。
「だが、虹海と付き合うにはいささか足りていない!」
そりゃ足りてないだろうよ。言われるまでもなくわかっている。
「学園ランキング666位程度で虹海と付き合おうというのは無謀というものだ。おまけに順位が悪魔の数字で不吉だ」
「……順位は俺のせいじゃないだろ」
訴えたが、猫宮は聞いちゃいなかった。
「無論、君にも言い分はあるだろう。そもそも恋愛は当人の自由だからね。他人に口出しされることでないのはわかっている。恋愛というのはそういうものだ。他人など邪魔者でしかない」
猫宮は嘆息した。
「だが、僕にも引き下がれない事情がある」
「……つまり、何が言いたいんだ?」
「虹海との交際を認めて欲しければ、僕を倒すことだ。というわけで、君に勝負を申し込む。勝利したほうが虹海を手に入れる。それでどうだい?」
頭の悪いことを言い出したので、迷わず首を振る。
「お断りします」
「ふぇ!?」
予想外の返答だったのか、猫宮は変な声を出した。




