第7話 視線と接触
今後の方針が決まってから数日が経過した。
計画に白銀が協力してくれることになり、俺のテンションはうなぎ登りだ。成功はすでに約束されたようなものだ。
その対価として白銀の妹に男子(恐らく親友)を紹介する約束になっているが、こちらはしばらく延期されることになった。
というのも、中間テストが目前に迫っているからだ。
テストは軽視できない。結果はランキングに大きく影響する。瑠璃には是非とも頑張ってもらいたい。
俺にとっても他人事ではない。
今回のテストから力を入れると決めた。素敵な兄貴でいるためにも手は抜けない。ましてや瑠璃が可愛くなって目立つことが確定している状況だ。馬鹿な兄貴と笑われないよう頑張らなければ。
そう、去年までとは違うのだ。
「――夢原君、少しいいかな?」
自分の席でまじめに勉強していたら、白銀が話しかけてきた。
去年との大きな違い。それはテストに対する姿勢だけではない。
正直なところ去年の俺は瑠璃のことを言えないくらい空気な奴だった。クラスメイトと仲良くすることもなかった。
しかし今は違う。宝石姫である白銀とも頻繁に話すようになっていた。
「どうした?」
「ここ、教えてもらっていいかな」
「構わないぞ」
今では勉強を教えたり、教えてもらったりしている。
学力順にクラス分けが行われるので、俺と白銀の学力はいい勝負だ。お互い苦手な科目は協力している。
「――って感じで覚えるとわかりやすいぞ」
「ありがと、助かったよ!」
「どういたしまして」
最近では白銀との距離が近くなったように感じる。まあ、白銀の場合は誰とでも仲良しだから変な勘違いすることもない。
教え終わった後、あることを思い出した。
「そういえば、瑠璃に宿題を出したみたいだな」
「テスト期間でも出来る簡単な宿題だけどね」
「毎日必ず家族以外の誰かに挨拶すること、だったな」
「簡単でしょ?」
普通の感覚なら簡単だろう。
しかし、瑠璃にとってはめちゃくちゃきつい。その宿題を言い渡された時の瑠璃は顔面蒼白になっていた。
「挨拶はコミュ力の基本ってわけか?」
「……それ以前の問題だよ。本来のコミュニケーション能力は『自分の考えをうまく伝えられたり、周りと協力するための力』だけど、瑠璃ちゃんの場合はそもそも誰とも喋ろうとしないからね。無理にでも口を開かせるための宿題だよ」
土俵に立っていないわけだ。
家の中ならともかく、外での瑠璃は極端に口数が減るからな。
「挨拶程度で何が変わるのかって思うかもしれないけど、意識が変わるんだよね。会話するっていう選択肢が今の瑠璃ちゃんにはないから」
「……なるほどな」
その辺りよくわからないが、白銀が言うのなら間違いないだろう。
白銀を信頼して任せた以上は方針に従うつもりだ。口出しとかはしない。例え顔面蒼白になろうとも、瑠璃のためでもあるのだ。
「で、成果の確認は昼休みにするのか?」
「そっ。今日は一緒に食べる約束してるんだ」
「俺は――」
「ダメだよ。夢原君が参加したら瑠璃ちゃんの練習にならないから。それに、今日は恋バナもする予定だから。どうせなら瑠璃ちゃんが狙ってる男の子が誰なのか聞いておきたいから」
高校生になって初めて瑠璃と離れての昼食になりそうだ。
いずれ瑠璃が可愛くなったら友達が出来たり、彼氏が出来たりするんだろう。そうなったらこういう日も多くなるはずだ。少し寂しくはあるが、これも成長だと受け入れるしかない。
「わかった。俺も相手は気になるからよろしく頼むよ」
「まあ、瑠璃ちゃんが本来の輝きを放てば落とせない男子はいないと思うけど」
「……あの性格をどうにかしないとな」
「明るくなってお喋りも得意になればランキングだってジャンプアップ間違いないのに。私なんてすぐに抜かされちゃうかも」
白銀はそう言って笑うが、俺は首を振った。
「残念ながら現状では難しいだろうな」
「えっ――」
容姿とコミュ力が最大の問題だ。
だが、そこを改善したくらいでランキング上位は無理ってものだ。
「白銀には言ってなかったけど、問題は他にもあるんだ」
「他って?」
「勉強と運動も壊滅的だ。入試はぎりぎりだったし、運動神経に至っては何もないところで転ぶくらいには終わってる」
「……」
運動は仕方ないのもある。生まれつき体が弱かったので、あまり動いていなかった。こればかりは責められない。
勉強も厳しい。
「運動は得意不得意があるから仕方ないけど、勉強はどうしてダメなの?」
「原因はゲームだ」
「……ゲーム?」
「家でゲームばっかりして、全然勉強をしていない。昨日も勉強せずにリビングでぽちぽちしてた。部屋に戻ったらパソコンを起動してネトゲ三昧だ」
受験の前も瑠璃は家でゲームばかりしていた。俺も注意するが、一緒に遊ぼうと誘われたらいつも誘惑に負ける。
だってしょうがないだろ。
最愛の妹に誘われたら断るなど不可能だ。
「息抜きは大事だけど、勉強しないのはダメだね。学生の本分なわけだし」
「……だな」
「納得してる場合じゃないでしょ。家で勉強させるのは夢原君の役目だよ」
「っ、そうだな」
俺も心を鬼にしないとダメかもしれない。
「けど、そうなると問題を全部解決するには私だけじゃきついかも。人付き合いとかは得意だけど、勉強に関しては夢原君と同じレベルなわけだし」
「俺も――」
と、口にしかけた瞬間だった。
不意に廊下から視線を感じた。
振り向くと、覗いていた生徒が慌ててどこかに消えていった。顔はわからないが、こっちを覗いていたのは女子だった気がする。
「どうしたの?」
「……誰かに見られてた」
最近、見られることが多くなった。
視線を感じることが多くなったのは白銀と話すようになってからだ。当然そうなるだろうとは思っていた。相手は学園の頂点に立つ宝石姫だ。
男子としてはお近づきになりたいし、女子だって憧れの相手だ。
白銀は「放っておきなよ」というが、気になって仕方ない。
「あっ、そうだ。見られてたって話を聞いて思い出した」
「……何だ?」
「瑠璃ちゃんは人に慣れていないせいで少し自己防衛の意識が低いみたい。どうも隙が多いっていうか、視線をまるで気にしないというか」
「それって問題なのか?」
「可愛くなったら一番気にしないとダメなポイントかも」
まずい?
「注目される立場になると面倒だよ。街中を歩いていると声掛けられるし、プールに行ったらナンパされまくるし、悪意のある女子達も群がるから」
白銀はウンザリした表情に変わる。
人気者は人気者で大変そうだな。
「残念だけど、私にはその辺りは教えられないよ」
「……」
「話を聞くかぎりだと改善するところが多いみたいだし、瑠璃ちゃんを磨く人は私だけじゃダメかもしれない」
実はその点についても以前考えた。
誰かに磨いてもらうという作戦を立てたところまでは良かったが、瑠璃の足りない部分をすべて改善してくれる完璧超人などこの世にいるのか、と。
「……まっ、それを考えるのはテストが終わってからだな」
「そうだね。今はお互いテストに集中しよっか」
どっちにしてもテストが終わってからだ。
白銀との話を終えた後、授業を消化していった。
昼休みになり、白銀が瑠璃のところに向かった。
それを確認した後、俺はトイレに向かった。今日のところは白銀に任せるつもりだ。最近では少しずつ打ち解けているのであの二人だけで大丈夫だろう。
「――少しいいかな?」
廊下を歩いていると、突然そいつが声と共に現れた。
「っ」
「夢原大河君だよね。ちょっと話を聞かせてもらえるかな」
顔を見た俺は目を瞬いた。そいつは、宝石の称号を持つ少女だった。




