第5話 オパールの理由
顔合わせは無事に終わった。
瑠璃は終始戸惑っていた様子だったが、それも仕方ないだろう。学園のトップに立つ宝石姫が登場したのだから。
しかも相手はトップクラスのコミュ力を有している白銀だ。目の前に太陽が出現したみたいなものだ。サプライズ成功だが、少し驚かせ過ぎたかもしれない。
「……けど、納得しちゃったな」
教室に戻る途中、隣を歩く白銀が不意につぶやいた。
顔合わせが終わった後、弁当を食いながら今後について話し合った。
初日ということもあってか、瑠璃が全然喋らなかったのであまり進展はなかった。また明日の昼にこの続きをすることで解散した。
「納得って?」
「瑠璃ちゃんは確かに宝石の原石だったよ。磨いたら輝くのは間違いない。第一印象だと顔を隠した日本人形って感じだったけど、素顔はホントに可愛かった。夢原君が自慢したくなるわけだよ」
日本人形とは言い得て妙だ。
褒められているのか複雑なところだが、言いたいことはわかる。
「それに、夢原君が過保護になる気持ちもわかっちゃった」
「というと?」
「あの性格は気がかりだよね。夢原君以外には心を許してないって感じだった。私とは最後まで目を合わせてくれなかったし」
「……気を悪くしないでくれ。別に白銀を嫌ってるわけじゃないから」
「わかってるよ」
白銀は気にしていないと笑った。
「まっ、だからこそ私も頑張り甲斐があるかな。瑠璃ちゃんを磨く役目を引き受けたからには全力でやらないとね」
「よろしく頼む」
改めて白銀が協力してくれるのはありがたい。
非常にありがたいのだが、俺にはどうしても気になることがあった。
「なあ、一つ聞いていいか?」
「高いよ?」
「えっ……無料で頼みたいのだが」
「仕方ないなぁ。クラスメイトのよしみで特別割引してあげる」
「そいつは助かるよ。で、本題だ。瑠璃のことを引き受けてくれた本当の理由を教えてくれないか」
白銀の足が止まった。
一瞬だけ驚いた様子で俺の顔を見たが、すぐにいつもの余裕ある表情に戻った。
「妹のためって言ったよね。それに、今は瑠璃ちゃんがどれだけ可愛くなるのかっていうのにも興味あるし」
「……別の理由があるんじゃないか?」
俺の言葉に白銀が目を瞬く。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「それだけじゃ弱い気がしてさ。白銀の妹に男子を紹介するのが交換条件だが、それって大した労力じゃないだろ。何というか、これだと俺の方が貰いすぎな気がする」
普通に考えたらおかしい。
俺は自分がシスコンだと認めている。
だから瑠璃のためなら無理難題でも頑張るし、不平等な条件でも納得する。しかし白銀は違う。妹のためという理由には到底納得できない。
……友達でもないクラスメイトの妹を可愛くする――
この面倒な頼みを妹のためだけに聞くはずがない。俺と同じシスコンなら理解できるが、きっと違うだろう。
普通に考えれば裏を疑うものだ。
「え、えっと――」
白銀は露骨に視線を泳がせた。
程なくすると、諦めたようにため息を吐いた。
「参ったな。結構鋭いね」
「じゃあ、他にも理由が?」
「実は私にも理由があったんだ。口実が欲しかったんだ」
「……口実?」
「かなり面倒な人に絡まれてるんだ。その相手からの誘いを断るための口実」
白銀は少しだけ考えた後で。
「簡単に言うと、付きまとわれてるんだ」
「っ、ストーカーか!?」
深刻な問題じゃないか。
ありえない話ではない。白銀は学園でもトップクラスの人気者であり、ルックスもずば抜けている。狙う奴がいても不思議じゃないし、相手が過激でやばい奴の可能性だって全然ある。
しかし、白銀は首を横に振った。
「そうじゃないよ。相手は知り合いっていうか、幼馴染の女の子だから」
「……?」
「具体的に説明すると、あの子が原因」
白銀は廊下の奥に視線を送った。
その視線の先を追っていくと、ある女子生徒が映った。
俺もよく知る生徒だった。というか、学園の生徒なら誰でも知っている。その容姿と性格はある意味では学校で最も目立つ。
彼女もまた宝石の称号を持つ少女だ。
「あの子にいつも勝負を挑まれてるのは知ってるよね?」
「……」
初耳です。
俺の反応で答えがわかったのだろう、白銀は不満そうに口を尖らせる。
「はぁ、夢原君には何も期待しないほうが良さそうだね」
「っ」
「というか、普通なら私にもう少し興味を持つんじゃないかな。これでも学園の宝石なんて呼ばれてるんだけど。去年からのクラスメイトなのに、ちょっと傷つくかも」
「……悪かった」
正直、瑠璃以外のことに興味がなかった。
去年の記憶とか全然なかったりする。同じ中学からやってきたあいつ等とも距離を置いて久しい。はっきりいって去年の俺は今の瑠璃と大差ない。
「そ、それで、勝負って何の話だ?」
「学園ランキング。私はあの子より一つ上でしょ。だからね、直接対決で私を倒そうとしてるの」
「倒すって……ランキングはそういうので上がるわけじゃないだろ」
ランキングは学園側が決定するが、基本的には成績とか生活態度から算出されるものだ。
授業以外の勝負で上昇することはない。
「そうだけど、印象はあるでしょ」
「なるほど、そっち狙いか」
ランキングは生徒による投票も大きく影響する。
勝利したという印象を周囲に与えることにより、相手を蹴落としてランキングで上位を目指すわけか。
乱暴な手段ではあるが、一つの手段としてはアリだろう。勝負内容は置いておくとして、負けるとそれだけでイメージは低下するってわけか。順位が近ければそれで上下が入れ替わるとかもあるだろうな。
「瑠璃に構うことで、彼女からの勝負を断るわけか」
「そっ。絡まれそうになったら瑠璃ちゃんを口実にしようと思ってるんだ」
ふむ、そういうことだったのか。
要するに、瑠璃を利用して面倒な相手に絡まれないようにするってわけだ。これなら白銀にもメリットはある。
……でも、本当にそれが理由なのか?
さっきは慌てた様子だったし、何となくその場しのぎのような気もするが。
「瑠璃ちゃんを利用するみたいでゴメンね」
「いや、白銀にメリットがないと信じられなかった。むしろ良かったよ」
こっちとしては面倒な仕事を引き受けてもらうわけだし、盾として利用されるくらいは我慢しよう。
話が切れたところで、白銀は思い出したように。
「そうだ、妹が仲良くなりたいって言ってた男子の件だけど」
「おう」
「実はね、私はそれが誰なのか聞かされてないんだ。夢原君は即答してたけど、相手が誰なのかわかる?」
十中八九、親友のことだ。
あいつとは小学生時代からの付き合いで、親友であり幼馴染でもある奴だ。同学年の男子では唯一となる宝石の称号を持っているイケメン君である。
「俺が紹介できそうなのは親友くらいだから、多分あいつのことだ」
「だから即答だったんだね。けど、親友なのに勝手に話を進めて良かったの?」
「俺にとって最優先は瑠璃だ」
「……そっか」
こればかり仕方ない。
あいつも俺がシスコンだと知っているので理解してくれるだろう。怒られはするだろうけど、全力で説得するつもりだ。
「そういえば、仲良くなるって紹介するだけでいいのか?」
「一緒にお茶したいって言ってたから、場所をセッティングしてくれたら嬉しいかな。あの子の口ぶりからするとファンみたい。その後の関係に発展できるのかはあの子次第だから、夢原君は紹介だけしてくれればいいよ」
助かった。
交際するまで面倒をみろとかだったらさすがに嫌だったし。
「ファンって言葉で親友だと確信したよ。仮にあいつじゃなくても、俺に頼むってことは俺の知り合いなのは間違いない。そっちは安心して任せてくれ」
「わかった。それじゃ、私も全力で頑張るよ!」
「今さらになるが、正式に契約成立ってことで」
「うん、よろしくね!」
俺と白銀はがっちり握手した。
その時だった。
不意に誰かの視線を感じた。慌てて辺りを見回す。
「どうしたの?」
「視線を感じた気がした」
まっ、気のせいだろう。




