第21話 接近の真珠
新しい先生役に真野が就任した日。
帰宅した俺は自室で勉強していた。
瑠璃がまじめに勉強する気になった。俺も負けるわけにはいかない。中間テストではそれなりに良い結果を出せたが、更に成績をアップさせなければ情けない兄と笑われてしまう。
「……」
部屋で集中していると、玄関が開いた音が聞こえた。
その後、会話が聞こえてきた。内容はわからないが、どうやら来客があったらしい。
気にせず勉強していると、階段を上がる音が聞こえた。音の主は瑠璃だろうが、いつもより足音が響いている気がする。
不審に思っていたら部屋がノックされた。
「どうぞ」
返事をすると、恐る恐るといった感じで扉が開いた。
「お、お邪魔します」
「……」
えっ?
想像していなかった人物がそこに立っていた。
どうして真野が我が家に?
金髪ギャルが出現したことにビックリして固まっていると、その背後から瑠璃がスッと出てきた。
「瑠璃?」
「放課後も真野先輩に勉強を教えてもらうことになったから」
「……家でか?」
「うん。わざわざ時間を割いてくれたんだ」
驚きながら真野に視線を向ける。
「いいのか?」
「家が近いからね」
「そういえば、結構近かったな」
真野の家の正確な位置はわからないが、どの辺りに家があるかはわかる。そもそも同じ中学校だから近所なのは間違いない。
「しかし急にどうして?」
放課後まで面倒みてもらうのはさすがに申し訳ない。
「……実はちょっと問題があって」
「問題?」
「昼休みに確認したでしょ。瑠璃ちゃんの学力」
「っ」
昼休みは初日ということもあり、瑠璃の学力をチェックした。
そこで恐ろしい事実が判明した。
想像以上に瑠璃はダメダメだった。よくこれで受験に合格したなと言いたくなるレベルだった。中間テストで最下位付近なのも頷ける。
「このままじゃ厳しいと思ったの。昼休みに教えるだけじゃ絶対に無理。このままだと期末テストでも最下位付近になっちゃう」
「……それで、わざわざ家に?」
「成績アップさせるって約束したから」
想像以上に本気で役目を引き受けてくれたようだ。
「というわけで、よろしくね」
「お、おう。こっちこそよろしく頼む」
ここまでしてくれるのは。
驚愕すると同時に、俺は自分を恥じた。
瑠璃を磨くためにここまで頑張ってくれているというのに、ギャルだからという理由だけで遠ざけようとした小さすぎる自分をめちゃくちゃ恥じた。
挨拶した後、二人は瑠璃の部屋に消えていった。
俺は自分の部屋でしばらく勉強した後、キッチンに向かった。
母親に事情を話し、飲み物とお菓子を用意してもらった。
それらを折敷に乗せて瑠璃の部屋に持っていく。ノックすると、瑠璃の代わりに真野が部屋を開けてくれた。
「飲み物とお菓子を持ってきた。よかったら休憩中にでも食べてくれ」
「いいの?」
「ああ、瑠璃に勉強を教えてもらってるからな。これくらいはしないと」
俺の気が済まない。
「それじゃ、瑠璃ちゃん。少し休憩しよっか」
「は、はい!」
真野が我が家に来てから一時間程が経過した。
たった一時間程度の勉強で瑠璃はもうぐったりしていた。最終ラウンドまで激闘を繰り広げたボクサーみたいに燃え尽きていた。
多くの人からしたら努力していないように映るのだろうが、いつもの瑠璃なら数分勉強してギブアップ宣言する。でもって、意気揚々とゲームをする。一時間も机と睨めっこするとかありえない。
呼ばれた瑠璃はぐったりした表情でこっちに来ると、ぽりぽりとお菓子を食べだした。リスみたいで可愛い。
「真野には助けられたよ。俺には瑠璃に教えられるほど学力がないから」
「でも、最近の大河君は頑張ってるよね。成績もかなり上がってるみたいだし」
「……知ってるのか?」
「ランキングをチェックしたからね。ほら、急激にランキングが上がるのって成績がアップしたから以外に考えにくいでしょ。いきなり生徒からいっぱい投票されるのも考えられないし」
「なるほど」
ランキングは公式アプリからチェックできるので知っていても不思議じゃないか。
急激にランキングが上がる理由は他に考えられない。そう考えると俺が勉強を頑張ったとわかるわけだ。
「真野先輩もどうぞ。美味しいですよ」
「ありがと」
瑠璃はお菓子を手に取ると、真野に渡した。
「しかし、瑠璃とは随分仲良しだな」
「え、まあ、仲良しだよ」
「いつ知り合ったんだ?」
折角の機会なので、疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
この二人の接点は気になっていた。あの瑠璃が人見知りしないだけでなく、自分の部屋に招く。今まで一度もなかったことだ。
「瑠璃ちゃんのことは中学生の頃から知ってたよ」
「知ってたのか?」
「と、友達である大河君の妹だから!」
「ふむ」
知られていたのか。
中学時代の瑠璃はそりゃもう地味だった。目立つこともなく、話題になることもなく、さざ波のように日々を消化していった。
「ほら、いつも大河君と一緒に登校してたよね。仲良いなと思いながら見てたよ」
中学時代は瑠璃と毎日一緒に登校していた。
ちなみに今は違う。高校生にもなると目立つので、一緒に登校するのは週に一度くらいにしている。
「なら、中学の頃には知り合っていたのか?」
「知り合ったのはもう少し後のことかな」
「具体的には?」
「……それは、瑠璃ちゃんから許可を貰わないと」
瑠璃の方を見ると、指で×を作っていた。
兄である俺にも教えられないのか。
まあいい。瑠璃のことだから変な場所で出会ってはいないだろう。たまたまプレイしているゲームが一緒だったとか、学校からの帰りで偶然出会ったとか、恐らくその辺りだろう。
「ダメだった」
「みたいだね」
そう言って笑い合う。
しばらく他愛のない会話をした。中学の頃の話題を中心に喋った。外見こそ大きく変わったけど、中身は俺の知っている頃とあまり変わらない。
昔に比べると会話のスキルみたいなのは上がっている印象を受けた。
「さて、俺もそろそろ部屋に戻って勉強するか」
「あの」
「……?」
「良かったら、大河君にも教えようか?」
「えっ――」
突然の申し出に戸惑っていると、黙ってお菓子を食べていた瑠璃が反応した。
「名案だよ!」
「瑠璃?」
「お兄ちゃんも私と一緒に変わってくれるって言ったよね。真野先輩に教えてもらったら成績は一気に伸びると思うよ。一緒に頑張ろう!」
素敵なアイデアかもしれない。
頭のいい真野に教えて貰えば俺の学力は伸びるだろう。また、成長する瑠璃を間近で見られる。ついでに、瑠璃がギャル道に入ろうとしても止めることができる。
助かる申し出だが、問題もある。
「真野が大変すぎないか?」
「あたしは別に大丈夫だよ。ほら、昼にも言ったけど教師になるのが夢だから。男女両方に教えるのもアリかなって」
真野の教える技術は確かだ。それで俺は中の上くらいの成績を手に入れたわけだし。しかし迷惑になるのも間違いないだろうし――
あれこれ考え、決断した。
「よろしくお願いします」
「任せて!」
俺に頼られて得意気なその顔は、ギャルになる前とちっとも変わらない可愛らしい笑顔だった。




