第20話 真珠と原石
「あれ、大河君だ!」
近づいてきた真野が俺に気付いて手を振る。突然の事態に戸惑いながらも、反射的に「おう」と答えて手を上げた。
「これからよろしくね」
「……よろしく?」
何となく展開は予想できたけど、ここは一度惚けよう。
「あれ、瑠璃ちゃんから聞いてない?」
「えっと……瑠璃に勉強を教えてくれる先生は真野だったりするのか?」
「そうだよ」
マジか。それは想定外すぎるぞ。
そもそも、どういう経緯でこうなった?
話は通っているらしいが、意味がわからない。この二人の接点はないはずだ。もしかして、弥緑を介してこうなったのだろうか。
真野には瑠璃を磨く計画を話していないから、そう考えるのが一番自然だ。
しかしそれもおかしい。弥緑は秘密の話をバラすようなタイプではない。いくらあの騒ぎで俺に対して怒ったとはいえ、瑠璃が関わるような報復はしないはずだ。
「こんにちは、瑠璃ちゃん」
「こんにちは、真野先輩」
違和感のある挨拶が目の前で繰り広げられた。
あの瑠璃が人見知りを発動しないだと?
おかしい。瑠璃が初対面で、しかも年上の金髪ギャル相手に普通にしているとか考えられない。というか、絶対ありえない。
……弥緑とは関係なく、以前から知り合いだった?
それ以外には考えられない。瑠璃が初対面の年上とまともに会話できないのは白銀や猫宮で証明されている。
つまり、この二人は昔から知り合いだったのだ。瑠璃の慣れ具合から考えてかなり前から知っていた可能性が高い。
「お兄ちゃんに紹介するね」
思考を纏めていると、瑠璃が言った。
「真野先輩が勉強を教えてくれる先生です。私からお願いしました」
「瑠璃ちゃんに頼まれちゃった」
「……」
おまけに瑠璃の方から頼んだらしい。
真野珠理奈は頭がいい。
至宝学園のクラス分けは成績順で、真野は弥緑と同じ一組にいる。学力は俺よりも遥かに上だ。
真野のランキングが白銀よりも上なのはそれが大きな理由だったりする。
「お兄ちゃんは同じクラスだったこともあるんだよね?」
「中学の頃にな」
「仲良しだったって聞いたよ」
「……」
聞いてたのかよ。
中庭で騒ぎがあった時は真野のこと全然知らないみたいな反応だったのに、俺に嘘を吐いたな。これは悪い成長だ。
「お兄ちゃんなら真野先輩の学力はよく知ってるでしょ?」
「中学の頃に勉強を教えてもらってたからな」
「えっ、そうなの?」
「……聞いてないのか?」
「それは聞いてなかったかな」
中学の頃は真野に勉強を教わっていた。
他に会話する内容がなかったというのが正確だろうか。
真野は暗い子だった。地味で、いつも自信なさそうにあちこちきょろきょろしていた。その姿は瑠璃と被った。だから積極的に声を掛けた。瑠璃と被る彼女を放っておけなかったのだ。ヒマさえあれば話しかけていた。
話しかけたところまでは良かったが、会話の内容がなかった。だから勉強を教えてもらっていたというわけだ。
見た目も性格もそっくりな真野だが、瑠璃と決定的に異なる点があった。
それが学力だ。真野は中学の頃からずっとトップクラスで、至宝学園の入試では首席合格だった。
「……」
学力に関しては問題ない。教えるのが上手いのも良く知っている。むしろこっちから瑠璃の先生なってくださいと言いたいレベルだ。
しかし、当時と今では状況が違う。
ギャルになった真野を瑠璃に近づけたくなかった。影響されて瑠璃までギャルになって欲しくない。
天使のように可愛い瑠璃が金髪ギャルになったら終わりだ。俺の脳は破壊されてしまうだろう。友達の真野であれだけショックだったのに――
「……真野の学力はよく知っている。でも、迷惑じゃないのか?」
「全然大丈夫だよ」
「これで真野の成績が落ちたらかなりまずいだろ。勉強を教えると簡単に言うが、結構面倒だ。ほら、時間も掛かるだろうし。家庭教師ってわけでもないから金も払えないぞ」
この発言は真野に先生になって欲しくない、という気持ちからではない。
単純に勉強を教えるというのは面倒だ。
コミュ力とか自己防衛の術は目に見えないものだし、どれくらい成長したのかってのはわからないものだ。
勉強は違う。テストという結果で可視化される。
結果が出なかったら教えた真野が傷つく可能性もある。
それに高校二年生の夏前だ。自分の勉強が疎かになって成績が下がり、将来に影響が出たら俺としても困る。真野の学力なら上位の大学に進学できるだろうし。
「大丈夫だよ。あたしの夢は今も昔も学校の先生だから」
「……そこは変わってないのか」
「もちろん。瑠璃ちゃんを教えるのはあたしにとっても悪いことじゃないよ。大河君くらいにしか教えたことなかったし、これも勉強になるかなって」
なるほど、そういう感じか。
真野からしてもチャンスというわけか。昔から学校の先生になりたいと言っていたし、そう考えると引き受けたのは納得できる。
見た目こそギャルだが、真野はお世辞にも社交的じゃなかった。今まで教師らしい経験みたいなものはなかったのだろう。
瑠璃で経験を積もうというわけだ。
「それに、お礼とかはいいの。大河君には借りがあるから」
「借り?」
「当時の地味でダメダメだったあたしに手を差し伸べてくれたでしょ。あの時は本当に嬉しかったんだから。あたしが変われたのも大河君のお陰だから」
その変化で俺は苦手になったのだがな。
個人的には瑠璃に近づいて欲しくなかった相手ではあるのだが、大事なのは瑠璃の気持ちだ。
瑠璃が自分からお願いした以上、それを尊重するべきだろう。
「わかった。そういうことなら、よろしく頼むよ」
「絶対に成績アップさせるからね!」
「おう」
やる気になっている瑠璃の妨害はできない。
大丈夫だ。ギャルの道に進まないようしっかり見張っていればいいだけだからな。
……こうして月曜日は真野から勉強を教えてもらうことになった。
先生役にはビックリしたが、実力は確かだ。これで学力がアップすればランキングを一気に駆け上がれるはずだ。
学力、コミュ力、自己防衛力――
瑠璃のパラメータは確実にアップするはずだ。夏休みは容姿を徹底的に磨き、二学期が開始すると同時に表舞台に立つ。
勝ったな。俺は勝利を確信して笑った。




