第1話 最愛の妹、磨きます
「……お邪魔します」
瑠璃が部屋に入ってきた。夜中の訪問に驚いたが、追い返すなどという愚かな選択肢は存在しない。
愛用のイスに座らせ、俺はベッドに腰を下ろした。
「いらっしゃい。部屋に来るのは久しぶりだな」
「私が中学を卒業する時が最後だったから、二か月振りくらいかな?」
「いつもゲームするのはリビングだからな」
「あそこが一番居心地いいからね」
世間では歳の近い妹と仲良しとかありえないらしい。
妹がいる同級生に話を聞いても「生意気」とか「うざい」といった感想ばかりだ。一緒に飯を食うのが嫌で時間をズラしている奴までいる。
我が家では違う。
俺と瑠璃は昔から仲良し兄妹だ。朝昼晩と一緒に食事するし、時間があれば隣で寝転がってゲームするくらいには仲が良い。
「さて、早速だけど詳しい話を聞かせてくれるか?」
瑠璃は小さく頷いた。
「可愛くなりたいって言ったよな」
「……うん。可愛くなりたいんだ」
「俺としては嬉しいけど、急にどうした?」
今まで何度も進言した。
素材はピカイチ。
オシャレすれば絶対モテる。
街を堂々と歩けばアイドルにスカウトされる。
これらの発言で行動を促した。実際、それらの発言は嘘でも何でもない。瑠璃のポテンシャルならアイドルでも十分に通用する。
でも、苦笑いするだけで提案に応じることはなかった。
このタイミングでの心変わり。理由として考えられるのは高校生になったことだろう。瑠璃は今年から俺と同じ高校に通っている。
「もしかして、学校で嫌なことでも言われたとか?」
「言われてないよ。ネガティブな理由じゃないから、安心して」
「……じゃあ、アイドルを目指す決意をしたとか?」
「飛躍しすぎだよ。私にアイドルなんて無理だから」
「全然狙えるレベルだけどな。まあ、瑠璃が嫌なら仕方ないけど」
そう言いながらも、安堵していた。
急に可愛くなりたいと言い出したので理由が気になったけど、ネガティブな理由ではないらしい。
「あれだ、別に理由は無理に言わなくていいぞ。俺としては瑠璃がやる気になってくれたことが嬉しいからな」
瑠璃の可愛さを周囲に知らしめることは長年の夢だった。理由が前向きなものであるのなら特に問題ない。
「言いたくないわけじゃないの。ただ、ちょっと緊張してるだけ」
「緊張?」
「理由を聞いたら、お兄ちゃんがビックリしちゃうかもしれないから」
「ビックリするって?」
息を吐いた瑠璃は意を決したように口を開いた。
「私ね……好きな人が出来たのっ!」
俺――夢原大河は自他共に認めるシスコンだ。
ただし、勘違いしてもらっては困る。
シスコンではあるが、瑠璃のことを女性として愛しているわけじゃない。世間一般でシスコンといえば妹に粘着したり、性的な目で見たり、あるいは恋愛感情を持っていたりする奴を指すのだろう。
俺の場合は違う。
真っ当にシスコンしているというか、妹の幸せを切に願っている。だから恋愛に関しても全力で応援する。相手の男にはあれこれ注文するかもしれないけど。
ここまで溺愛しているのには理由がある。
幼い頃の瑠璃は体が弱かった。
ある日、俺は瑠璃が体調を崩しているのに遊びに出かけてしまった。その日は両親が法事で留守にしており、世話をするよう言われていた。
遊びに行っている間に瑠璃の体調は悪化した。
その後、当然のごとく両親から叱責された。ベッドの上で苦しそうに呻く瑠璃の姿を見て激しく後悔した。
あの出来事は今でも忘れられない。
それからだった。俺にとって瑠璃は守るべき対象であり、全力で甘やかす相手となった。だから今までケンカした経験もないし、揉めそうになったらこちらが折れることで争いを回避していた。
歳が近い兄妹なのに仲良しなのはそういった理由がある。
「好きな人ができたのか。おめでとう!」
「あ、ありがと」
「じゃあ、可愛くなりたい理由っていうのは――」
瑠璃は少し迷った様子だったが、力強く頷いた。
「今のまま想いを伝えてもダメかなって。もっと可愛くならないと自信がないっていうか、あの人の隣に立てないと思ったから」
意中の相手と付き合うために可愛くなりたいわけか。
自分を変えたい動機としてはありがちかもしれないが、恋愛感情は人間を成長させる。それは俺自身よく知っている。
「一応言っておくが、今のままでも可愛いぞ」
「お兄ちゃん以外の人に言われたことないよ?」
「それは世の中の人間がおかしいだけだ」
「褒めてくれて嬉しいよ。でも、今は世間的に可愛いって言われたいの。私は自分に自信を持ちたい。だから、可愛くなりたいの!」
素晴らしい向上心だ。兄として誇らしい。
「それでね、お兄ちゃんに相談があるの」
「何でも言ってくれ。全力で応援するし、全力で協力するぞ!」
「ありがと」
可愛らしく感謝の言葉を述べた瑠璃は続ける。
「お兄ちゃんは前から私が努力したら可愛くなるって言ってくれたよね。だからその、具体的にどうしたら可愛くなれるのかアドバイスしてほしいんだ」
「ほう!」
正面から瑠璃を見る。
個人的には世界で一番可愛いのだが、客観的に見れば地味な少女に見える。
清潔感のある黒髪は高評価だが、伸びた前髪が顔を隠しているのは大きな減点だ。これでは折角の可愛い顔が見えない。
メガネも減点材料だ。個人的にメガネっ子というのは好きだが、センスのないメガネのせいで瑠璃の魅力をダウンさせている。透き通るような大きな瞳が見えないのも個人的には許せない。
続いて体型に目を向ける。
スタイルは悪くない。太り過ぎず、かといって痩せすぎてもいない。けれど、猫背のせいでスタイルが悪く見えるのは減点ポイントだ。
「オシャレの勉強とかもしてみたけど、ちょっとわかりにくくて」
「流行を取り入れても自分に似合う服装じゃなかったら厳しいよな。髪型とかメイクも人それぞれ合う合わないがあるらしいから――」
そこで気付く。
「なるほど、だから俺に相談してきたわけだ」
「うん。私には友達がいないから誰にも相談できなくて」
しれっと悲しいこと言うなよ。
「……確認だけど、見た目を可愛くすることだけが目的か?」
「内面も磨きたいかな。特に性格とか。ランキングであの人に近づきたいの」
「ちょっと待て。ってことは、好きになった相手は至宝学園の生徒か?」
瑠璃は恥ずかしそうに肯定する。
どうやら意中の相手は俺達が通っている学園の生徒らしい。まあ、瑠璃はあまり出歩かないのでそれは普通か。
「ちなみに、瑠璃の学園ランキングはどうだった?」
「……お兄ちゃんは私の順位知ってるよね?」
「知ってるけど、確認だ」
「最下位じゃないけど、限りなく最下位に近かった。お兄ちゃんからの票がなかったら間違いなく最下位だったと思う。入試もぎりぎりだったから」
つまり、現状では最底辺ってわけだ。
相手が誰なのかわからないが、これは相当な大改造が必要になるだろう。
普通ならいきなりこの相談をされてお手上げになる。
しかしだ。こんな日が来るかもしれないと、実は前々から瑠璃を輝かせるプランを考えていた。我がパソコンの中には計画書だってある。
「……やっぱり私には無理かな?」
不安そうな瑠璃の肩を掴む。
「安心しろ。俺に素晴らしいプランがある!」
「プラン?」
「少しばかり他力本願ではあるが、確実に瑠璃を可愛くするプランがあるんだ。前々から考えていた必勝のプランだ」
自信満々に俺が言った直後だった。
瑠璃は口元に薄っすらと笑みを浮かべた。
……?
こういう笑顔を浮かべる時には必ず裏がある。格闘ゲームをしている時には切り札のコンボを隠していたり、レースゲームをしていると逆転のアイテムを持っていたり、いつも瑠璃を見ている俺にわからないはずがない。
ただ、どういう意図があるにせよやる気になっているのは確かだ。あえて指摘してやる気をダウンさせる必要はない。
「協力してもらっていいかな?」
「おう、任せとけ。瑠璃は磨けば誰よりも輝くんだ。意中の相手をメロメロにできるくらい完璧な美少女に磨き上げてやる!」
笑顔でサムズアップする。
「どうせなら相手に告白させよう。だから、ランキングの一番上を狙う」
「一番上ってことは、宝石の称号を?」
「うむ。狙うは至宝学園ランキングの一桁。いや、夢は大きく1位を狙うぞ!」
さすがに目標が大きすぎたのか、瑠璃は目を瞬いていた。
しかしやる気はあるようだ。
「お、お兄ちゃんの期待に応えれるよう全力で頑張るよ!」
瞳をきらきらさせながら、フンスと鼻息を荒くする。
その可愛さ満点の仕草を見て成功を確信したね。
こうして、原石を宝石に磨き上げる兄妹の物語は始まった――




