第16話 真珠の怒り
「もう一度聞くけど、どうして大河君が仲介してるの?」
真野は少しばかり怒っている様子だ。
俺が答えに詰まっていると、楽しそうにすり合わせをしている弥緑と白銀を睨みつけた。視線には殺意みたいなのが混じっていた。
「……さっき、白銀が特別って話と繋がってたりする?」
「繋がっているといえばそうかな」
白銀との約束だからな。
向こうは現在進行形で約束を果たしてくれている。こちらとしても約束を果たすのは当然だ。約束を反故にしたら瑠璃の先生役がいなくなってしまう。
猫宮は引き続き付き合ってくれるかもしれないが、コミュ力強化は絶対だ。そういった意味でも約束を果たす以外の選択肢はない。
「大河君が手伝ってる理由を教えて」
「……」
俺が手伝ってるのは瑠璃のためだ。
しかし、瑠璃に関する話をする気はない。
昔の地味だった頃ならともかく、ギャルに変身した今の真野には絶対に近づけたくない。悪影響が出たら困る。万が一にでも瑠璃がギャルに憧れを持ってしまったらこの世が終わってしまう。
ただ、それを本人に言うわけにもいかない。
真野は生まれ変わった。中学二年の夏休みで一気に変化したが、それ以前からずっと「変わりたい」と言って努力していた。
俺がギャル嫌いだからといって、頑張った真野を認めたいのはおかしい。個人的な好き嫌いで努力を批判するのは浅慮の極みというものだ。
さて、どう言い逃れるべきか。
「……成り行きというか、流れみたいな感じだ」
「白銀にお願いされたから?」
「そうとも言えるかな」
仕方ない。
諸々の事情を隠すには俺が犠牲になるしかないだろう。
「実はその通りだ。宝石姫である白銀の頼みだから引き受けた。これを引き受けない手はなかった。断ったら悪印象を与えることになる。逆に任務を達成すれば白銀からの好感度が大幅にアップする」
「……」
「白銀みたいな美少女の好感度は稼いでおきたいわけだ。だから迷わず引き受けた。ちなみに、他の奴の頼みなら断っていたと断言しておこう。白銀が魅力的だから特別に引き受けたって感じだ」
これくらい言っておけば大丈夫だろう。
これなら俺が宝石姫に執着している哀れな野郎に映るだけで終わる。瑠璃にも白銀にも迷惑は掛からないし、評価も下がらない。
白銀だけを特別と言っておかなければ後が怖い。真野も宝石姫だからという理由でわがままを言われたら困る。
我ながら完璧な火消しだ。
「……そっか、白銀は本当に大河君の特別なんだね」
「ま、まあな」
俺は震えを必死で抑えながら答える。
震えてる理由?
真野が明らかに怒っているからだ。話している途中から限界点を突破したのか、静かな怒りだった。
「ビックリしたよ。つまりあいつ、大河君が優しいからってそこにつけこんだわけだ。自分に気があるのをわかってて利用したんだ」
「えっ――」
あれ?
どうしてその解釈になったのだろうか。俺の伝えたかった内容とは随分離れてしまったようだが。
別に気があるわけではない。可愛いとは思うけど、そういう感じではない。
「前から気に入らなかったんだ。あたしと違って本物の陽キャだし、友達一杯いるし、ずっと嫌いだった。ランキングであいつを抜いた時はガッツポーズしたくらい。でも、これで本格的に大嫌いになっちゃった」
「ま、待てっ!」
「許せないよね。純情を弄ぶ奴って!」
さっきから変だぞ。
やっぱり白銀と仲が悪いのか?
聞いたことなかったけど、お互いに宝石姫なので意識しているのかもしれない。さっきも険悪な感じだったし。
「絶対に許せない!」
予想外すぎる展開だ。
この怒り方はおかしいだろ。
あれか、もしかして真野が危惧しているのは弥緑との関係だったりするのだろうか。白銀が妹を利用して愛しの弥緑と近づこうとしているように見えるとか
怒りに任せた真野が歩き出す。
「待て――」
真野は素直に止まった。
「勘違いをしているようだから言っておくぞ」
「……勘違い?」
「えっと、紹介するのは白銀の妹だ。白銀は弥緑に対して全然興味ないらしい。あいつはむしろ俺のほうが良いという酔狂な奴だ。だから安心していいぞ」
実際のところ、白銀は弥緑に興味ないだろう。もし興味があるのなら妹ではなく自分も紹介してくれと言い出すはずだし。
俺に興味があるってのは嘘だ。
変な勘違いをしているようだし、こう言っておけばこの場は収まるだろう。我ながら知恵が働く。
「……」
あれ、余計に機嫌が悪くなった?
「……白銀と話してくる」
「お、穏便な話し合いだよな?」
「さあ。場合によっては血を見るかもしれない」
どうしてこうなった?
どこに地雷が埋まっていたのかさっぱりわからない。
「白銀!」
ブチギレでした。
俺の知っている真野は清楚でお淑やかで、それでいて優しい。今の真野は知っている姿とは全然違った。
「あんたって最低だね」
「……いきなり、何のことかな?」
「大河君のこと!」
「夢原君の?」
二人の空気が張りつめていく。
まずい、まずい、まずい――
どうする。
女同士の修羅場みたいなのは俺の人生において経験皆無だ。白銀の方もケンカ腰で話しかけられて不機嫌みたいだし、これは本格的にまずい感じになりそうだぞ。
そう思っていたら。
「――ようやくテストが終わったから、瑠璃君にいろいろと教えてあげるね。個人的には寝技を中心とした実技を優先したほうがいいと思うけど、まずは座学からだ。自己防衛で大事な点をじっくり教えてあげるから」
雑音が聞こえる。
「は、はい。お願いしますっ!」
こっちの可愛らしい天使ボイスは瑠璃だ。
振り返ると、猫宮と瑠璃が視界に映った。
「おやおや、何だか盛り上がっているみたいだね」
「お兄ちゃんに弥勒さん?」
中庭という戦場に天使と変態が投下された。




