第07話【祇条灯火】
慣れとは恐ろしいもので、部室が超進化してから早数日。
その間も怜の働きは目を見張るものがあった。
理心には紅茶と菓子を振る舞い、俺が行けばすぐにビールと軽いつまみを出してくる。
果たして何の実績も活動もしていない文芸部に、こんな補助要員が必要なのだろうか。
……いや、いらんだろ。本来なら。
だが、最初こそ怜の突飛な行動力には面食らったものの、今では俺と理心が盛大にだらける一助になっているのも事実だった。
一度贅沢な暮らしを覚えると生活水準はなかなか戻せないというが、まさにそれだ。
怜のいない放課後には、もう戻れないかもしれない。
「お疲れ様です♪」
ビールと枝豆が目の前に置かれる。
「すぐに他のおつまみ作りますね♪」
そう言って、怜は軽やかに厨房へ戻っていく。
超進化した部室では、かなり凝った料理が出てくるのがすでに日常になりつつあった。
「んー……なんかいい匂いしてきたっす」
理心も理心で、最初は借りてきた猫みたいだったくせに、今では前と同じようにソファーに寝転がって本を読んでいる。
「昨日はまさか鹿肉のローストなんてのが出てきたしな。今日はなんだろうな」
「嬉しそうっすね」
「美味い飯は尊い」
「同感っす」
いつものように本から顔も上げずに話していた理心が、不意にふっと顔を上げた。
そのまま、妙に真剣な目で俺を見る。
「なんだよ」
「先生、やばいんすよこの生活」
神妙な顔のまま、数秒黙る。
ちょっとだけ身構えた。
「太るんすよ」
「知るか」
俺は枝豆をつまみながら答えた。
***
学園内、どこかの教室。
カーテンは閉め切られ、室内は薄暗い。
そこには数人の人影があった。 だが互いの正体が分からぬよう、全員が黒衣に身を包んでいる。 その中でただ一人、姿を隠していない者がいた。
給仕部部長、祇条灯火。
「ではまず、養殖部」
静かな声が響く。 呼ばれた人影が、一歩前に出た。
「今週は水槽三号の管理を重点化。餌の配分を調整し、歩留まりは改善。問題なし」
「そうか。次、酒造蔵」
別の人影が、簡潔に活動を報告する。
「清掃、物資補充、発酵管理を継続。熊崎先生との連携も問題なし」
「了解した。次、文芸部」
「はい♪」
場違いなほど明るい声が、薄暗い室内に響いた。
その瞬間、部屋の空気がわずかに揺れる。
(文芸部?)
(どこそれ)
(そんな部活あったのか)
黒衣の面々の間に、微かな動揺が走った。 だが怜は何ひとつ気にせず、にこやかに言った。
「楽しいですよ♪」
沈黙。 灯火は少しだけ頷いた。
「ふむ。では次、狩猟部」
報告とも言えないような一言で、場はそのまま回ってしまった。 同じ部員でありながら、素顔も学年も名前も知らない。 派遣先で何をしているかも、こうして報告の場で断片的に知るだけ。 給仕部部員たちの静かな報告会。 そのすべてを把握しているのは、部長である祇条灯火と、副部長ただ一人。 もっとも、その副部長の正体すら、灯火以外は誰も知らなかった。
***
「部長ぉ……また全部わたしに押しつける気ですかぁ……?」
半泣きの女生徒が、スカートに縋りつくようにして訴えていた。
「すまない。少し行きたい場所がある」
「例の文芸部ですかぁ? それ関連の書類とかもいっぱいあるんですけどぉ……!」
「任せた」
「そんな殺生な!?」
祇条灯火は、取りすがる相手にも特に動じない。
「いきなり施工した工事とか! 高級な調度品とか! ああいうのの請求も処理しないといけないんですよぉ!? 生徒会の人達にも報告に行かないといけないしぃ!」
「頼んだ」
「血の気荒いんですよあの人たち! わたし一人じゃ無理ですぅ……!」
「雪之丞、我はそういう事には疎い。お前が回してくれないと困る」
雪之丞明美。給仕部副部長にして灯火が信頼を置く極めて優秀な人物である。だが本人は自分の能力を軽く見ている為、自己肯定感が低く、常に自分を卑下して生きている。それに対して灯火は荒療治ではあると自覚した上で、一般の部員よりも多くの雑務と事務処理を押し付けていた。
「頼んだ」
灯火は短く言うと縋りつく雪之丞の手を払いすたすたと歩きだした。 雪之丞は、もはや半泣きを通り越して目に涙を浮かべていた。
「無理いいいいいいい!!!」
祇条灯火。人遣いは荒い。




