第06話【仔羊さん】
その日の料理はやけに凝っていた。
「今日は仔羊さんのお肉がメインです♪」
仔羊さん、かぁ……。
今日もこの学園のどこかで……いや、考えるのはよそう。
いつやったのか、下拵え済みの肉をそのままオーブンに突っ込む。
「こちらは少々お時間がかかるので、まずはこちらを♪」
やけに洒落た見た目の料理が出てきた。
「なんだこれ」
丸皿に、色鮮やかな四角い物体が鎮座していた。
「……テリーヌっすね」
「てりーぬ? だれだ?」
「フランス料理の前菜っす」
「さすがお嬢様、物知りだな」
「いや、知識として知ってるだけっす」
理心はそう言いながら、まじまじと皿を見ていた。
俺もつられて覗き込む。
透明感のある四角い料理の中に、細かく刻まれた野菜や肉が綺麗に層を作っている。
妙に洒落ていて、文芸部の机に置かれているのがいまだにしっくりこない。いや、この高級そうな机にはお似合いだが。どこぞの社長にでもなった気分だ。
「これ、食い物なんだよな?」
「もちろんです♪ 鶏とお野菜のテリーヌです♪」
「なんかこう、鑑賞物っぽいっす」
「確かに。美術部の展示品って言われても信じる」
「それは大分っすね」
怜はにこにこと小皿を並べていく。
「お味はちゃんとしていると思います♪」
「味見は?」
「もちろんしてます♪」
「なら安心だな」
「安心っすね」
まだ数日しか付き合いはないが、怜の作る料理はどれも美味かった。
「しかしこれは……どう食えばいいんだ?」
「先生、見た目で警戒してるっすね」
「俺はもっとこう、茶色くてわかりやすいものが好きなんだ」
「同意っす。料理の茶色は裏切らないっすから」
「だろ」
怜が小さく切り分けたテリーヌを俺たちの皿に取り分ける。ついでにソースらしきものまで添えられ、彩りと高級感がさらに増した。
「どうぞ♪」
「……」
「……」
「どうして二人とも黙るんですか……? もしかして、お嫌いでしたか……?」
目に見えてしゅんとする金髪ポニテ。
「いや、食い方がわからん」
「圧を感じるっす」
「お気軽に、お好きなようにどうぞ♪」
明るく言ってはいるが、その瞳は少しだけ不安に揺れている。
俺と理心は顔を見合わせ、それから適当な大きさに切り、同時に一口。
「うめぇ」
「美味しいっす」
思ったより、というと失礼だが、びっくりするくらい美味かった。
慣れない上品な見た目に面食らったが、口当たりは柔らかい。中の具材の食感はしっかりと残っている。野菜の風味と肉の旨味が絶妙に絡んでいて美味い。見た目通りの上品な味が舌を駆け回った。
「なるほどな」
「なんすか」
「フランスを感じた」
「一口で何を理解したんすか」
ツッコミながらも二口目を口に運ぶ理心。
「でもこれすごいっすね。冷たいからか、旨味が凝縮されてる感じっす」
美味しい、美味しいと、お互い絶賛しながら次々と口に運んでいく。
「先生、お酒は進みそうですか?」
「進む」
「即答っすね」
「美味いもん」
「よかった♪」
「次はもう少し塩気のあるものをお出しするので少々お待ちください♪」
「まだあるのか」
「前菜ですから♪」
「……前菜のクオリティ高いな」
「もうこれだけで良いくらい美味しいっすよ」
俺と理心は同時に目の前のテリーヌを見る。
「文芸部の食卓、文化レベル上がり過ぎじゃないっすか」
「俺たちがついていけていないだけだ」
「とんでもない速さで進歩してるっす」
怜はすでに次の皿の準備に取りかかっていた。
厨房の方からはオーブンの低い稼働音が聞こえている。仔羊さんは順調に焼かれているらしい。
「しかし、仔羊か」
「どうしたんすか」
「今この瞬間にも色んな動物が食材に変化していってると思うとな」
「言い方」
「普段が魚とか野菜だとまだいいんだよ。仔羊さんって言われると急にこう、人格が生まれるだろ」
「言い方の問題っす」
「理心って呼ばれるより理心さんって呼ばれた方が人格生まれるだろ」
「生まれないっす。何言ってんすか?」
本気で馬鹿にするような顔で言ってきた。ちょっと傷つく。場を和ませる酔っ払いジョークじゃねえか。
その時、オーブンがぴこんと控えめな音を鳴らした。
「あ、焼けました♪」
怜がミトンをはめてオーブンを開けると、ふわりと香ばしい匂いが部室に広がった。
「うわ」
「これは……すごいっすね」
さっきまでのテリーヌとは違う、わかりやすく暴力的な匂い。
肉が焼ける匂い。脂の匂い。香草の匂い。わかりやすく嗅覚に訴えてくる。俺は美味いぞ、と。
「先生」
「なんだ」
「顔がゆるんでるっす」
おっといかん。あまりに美味そうな香りに締まりが悪くなってしまったらしい。
「そういう理心もゆるんでるぞ」
「まじっすか」
二人でぽかぽか和んだ顔のまま、仔羊さんの到着を今か今かと待ち望む。
やがて怜が、綺麗に切り分けた仔羊さんと軽くソテーした野菜たちを小皿に盛って持ってきた。
主役である仔羊さんを引き立たせる野菜類の彩りがまぶしい。
「おぉ……仔羊さん良かったなぁ、お洒落させてもらえて」
「どこに感動してるんすか」
「仔羊のロースト、香草風味です♪」
「最高」
「これは美味しそうっす」
俺と理心は同時にフォークとナイフを手に取る。
そして顔を見合わせ、頷き合う。
一口サイズに切り、口へ運ぶ。
……あぁ、美味すぎる。
一口噛んだ瞬間、柔らかい肉から肉汁が溢れ、香草の香りと混ざり合う。
「うまい!」
俺は缶ビールの残りをごくごくと一気に流し込む。
「美味すぎっす」
「ありがとうございます♪」
「しかしこれ、部活で食っていいもんじゃないだろ」
「なんの実績もない弱小部なのに、出てくる料理は一級品っす」
結局、今日も文芸部は文芸からだいぶ遠いところにいた。
だがそれでいい。
美味い飯と美味い酒。そして平穏があれば、それは天国と同義なのである。




