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第56話【深夜交友】

 深夜、腕時計で時間を確認すると午前一時を少し過ぎていた。

 全身が熱い。斬られたところがずくずくと疼く。

 俺、いつ寝たんだっけ……。

 輸血騒動のあと、全身に包帯を巻かれてベッドで安静を強制されていたのを思い出す。

 そのまま寝ちまったのか……。

 喉も乾いたし腹も減った……。


「……」


 今日は怜も凛も大人しく自分のベッドで寝ているらしい。

 深夜という事もあり、全員寝てるようだ。

 そもそもいるのか? 全員寮に帰ってても不思議じゃない。


「んぁー……」


 誰かが寝返りを打つ。シーツの擦れる音と呑気な息遣いが聞こえた。たぶん桜葉。

 あいつがいるってことは全員いそうだな。

 俺は皆を起こさないように、静かにベッドから出た。

 シェルフに、おそらく怜が置いてくれたペットボトルの水があったので、それを持って隣の部室に行く。

 暗い足元に注意しながら足音を殺す。

 出来るだけ静かに扉を開けて出る。そっと扉を慎重に閉めて振り返ると、ソファーに誰かが座っていた。


「ひゅッ……」


 驚きで上げそうになった悲鳴を押し殺したら変な声が出た。

 人影はゆっくりと、見上げるように振り返った。


「起きたんすか」


「り、理心か……なんだお前、電気も付けずに」


 月明りのせいか、部室はそれなりに明るい。

 元々青白い理心の顔が、更に強調されて見えた。


「なんとなく、先生が起きてくる気がしたんすよ」


「……なんだそりゃ」


 明かりを付けて理心の隣に座った。


「で、どうした。起きて待ってたってことはなんか話でもあるんじゃねえの」


 ペットボトルの水を一気に半分くらい呷って聞く。ぬるいな。座る前に冷えてるの取ればよかった。


「用、ってほどのもんじゃないっすよ。……起きてきて、一人だったら寂しいだろうなって思っただけっす」


「俺は子供か」


「余計なお世話だったっすかね……」


 なんか今日の理心はいつも以上に覇気がないな。深夜だから遠慮して声のトーンを落としてるのか?


「余計なお世話っつーか……」


 もう遅いしお前もさっさと寝ろ、といつものように軽口を叩くのは何故か憚られた。


「包帯、ずれてるっすよ」


「ああ……」


 いけねえ、真白に傷を見せるなと念を押されてたんだった。

 寝てる間に無意識に捲くった袖を直そうと腕を伸ばしたが、理心の手がそれを止めた。


「巻き直すんで、上着脱いでください」


「いやいいよ、あとで自分でやる」


「大人が遠慮すんなっす」


「なんか違くね?」


 理心は強引にシャツを脱がそうと引っ張る。

 弱い力でぐいぐい引っ張ってくるのを見かねて、袖だけ出来る限り捲った。二の腕までが半分くらい露出する。これで限界です。


「脱がないと巻き直せないっす」


「別に良いって言っただろ」


「見たいんすよ、傷」


「え、何お前、傷口フェチとかか?」


「どんなフェチズムっすかそれ」


「それとも俺の傷を触って『ねぇ痛い? 痛い?』とか反応を楽しみたいサディストか?」


「いいからとっとと脱げっす」


 理心は勢いよく乗り出してボタンを外そうとしてくる。


「おっま、痛い痛い、わかった脱ぐからどいてくれ」


 女生徒に服を剝かれそうになるってどんな状況だよ。

 酷い絵面から回避する為に大人しく上着を脱いだ。

 露わになった上体は肩から腕へ包帯が続いて巻かれている。少しだけ滲んでいて、自分で見てもやけに痛々しい。


「お腹は無傷なんすね」


「さすがだろ、致命傷を避ける見事な立ち回り」


 あるのはかなり前に負った古傷の痕くらいだ。


「……一回外すんで、後ろ向いてください」


 え、無視?

 気まずさを感じながら大人しく言う通りにした。

 理心の手がゆっくりと包帯を解いていく。


「…………」


「…………」


 お互い無言の時間が流れた。

 しっかりと巻かれていた何枚もの包帯を順に解いていき、やがて全て外し終わった。


「…………」


「……おい?」


 背中から、理心が傷口をまじまじと見ている気配を感じる。


「酷い傷っすね」


 そう言って理心は傷口をなぞる。ぞくっとした。


「お前やっぱりサディスト側の人間かよ」


 俺の茶化しを無視して、理心は俺の背中に顔を埋めた。


「おいおいっ」


 絵面がっ! 誰かに見られたらまた変な誤解がっ!


「…………私、このまま先生に甘えてていいんすかね」


「あ?」


「こんな怪我もさせるし、色んな人を巻き込むし、もうどうしたらいいかわかんないっすよ」


「……この怪我はお前関係ないぞ」


「真白さんから聞いたっすよ、変な誤解して友達とやり合ったって」


 あいつ、余計なことを。


「――あのな、冬一郎は昔から何かと刀を向けてくるやべぇ奴なんだよ。お前がいなくてもあいつは学園に来たし、会ったら会ったで同じ結果になってた。今回はタイミングが最悪だっただけだ」


「各務原くんや凛さんにも迷惑かけたっす」


「ああ……それはあとで礼でも言っとけ。ああいう状況を作った大人が悪いんだ、それをお前が気に病む必要はないんだぞ」


「そう割り切れないっすよ」


「割り切れよ。むしろお前のおかげで学園の警備の甘さが見直されて他の生徒も大助かりだ」


「めっちゃポジティブっすね」


「そんくらいで丁度良いんだよ。お前は深く考えすぎ」


「そうすかね……」


「そうだよ。――いい加減どいてくれ、水飲みたい」


「あ、うっす」


 理心が顔を上げて座り直した。

 俺はペットボトルの水を飲み干して空になった容器をテーブルに置いた。

 理心の体温がまだ背中に残ってる気がした。


「つうか替えの包帯あんの?」


「……あ」


 そういう備品の場所は怜や灯火なら知ってそうだけど理心は知らないようだ。おい部長。もちろん顧問の俺も知りません。


「まあ替える必要もないか。それでいいぞ」


 俺は理心の手に握られた包帯を顎で示す。

 巻いてあればなんでもいいや。

 さすがに剝き出しは寝辛そうだから嫌だけど。


「でもこれ結構汚れてるっすよ。それに、適当に解いちゃったから巻き方もわかんないっす……」


「お前、そんなんでよく巻きなおしましょうかなんて言えたな」


「傷の具合を確認したかっただけっす、ごめんなさい」


「謝んなよ……いいや、自分で適当に巻くから」


 理心の手から包帯を取り上げて肩から腕へ、と巻き直そうとしたが上手くいかない。


「面白い体勢になってるっすよ」


「そう思うなら手伝ってくれ、背中まで手が回らん」


「じゃあもっかい背中向けてください」


「巻く前に消毒もしましょうね♪」


「ぴっッ!」


「ッ!」


 いるはずのない怜がソファーの陰からひょっこり顔を覗かせた。

 俺は情けない声を上げ、理心もびくっと身体を飛び上がらせた。


「――びっくりした。怜さん、いつの間にいたんすか」


「先生が「ひゅッ……」って驚いている間に♪」


「最初からじゃねえか! え、なに? お前ずっと俺の後ろにいたの!?」


「そうですよ♪」


 そうですよ♪ じゃねえよ! 全然気付かなかったし、行動が怖ぇよ!!! 声かけろよ!!!

 つまりこいつは起きてこっちの部屋に来るまで俺の背中を音もなく着いてきて、一緒に扉をくぐって隠れてたのか!? 怖すぎるだろ!


「聞かれてたっすか……」


 さすがの理心もなんとなく気まずそうに赤面して顔を逸らした。


「ごめんなさい♪」


 軽っっっる。盗み聞きしてたのに悪びれる様子が微塵もないぞこの子。


「理心さん、大丈夫ですよ♪ 誰も巻き込まれたなんて思ってないと思うので♪」


 理心の不安を聞いていた怜なりの回答がこれだった。


「怜さん……」


「ふふ♪ とりあえず、一緒に先生を消毒しましょうか♪」


 まるで俺がばい菌みたいな言い方するじゃねえか。


「どうやるんすか?」


「まずはこうして――」


 理心に消毒の仕方や包帯の巻き方を教えながら、二人は傷の手当をしてくれる。

 やけに真剣な顔で取り組む理心に、怜はニコニコと丁寧に手を取り伝えていく。


「――これでいいんすかね?」


「上出来です♪ 綺麗に巻けていますよ♪」


 確認してみると確かに綺麗だった。寝る前に怜にやってもらったのと遜色はない。


「二人ともありがとな」


 礼を言いながらシャツを着た。いつまでも生徒の前で上裸を晒すのも気が引ける。今更ではあるが。


「どういたしまして♪」


「……こんくらいならいくらでもやるっすよ」


「これからは怪我したら理心に頼むか」


「もう、怪我しないで欲しいっす」


 軽く放った言葉に、理心は真剣な表情で俺の目を見据えた。


「手当するのが嫌とかじゃないっすよ。……先生が怪我するのが嫌なだけっす。私を庇って頭を怪我するのも、刀に斬られるのも、もう出来るだけやめてほしい……です」


 俺も好きで怪我してるわけではないんだが……。

 まあこいつの言いたいことや悩みは結局そこなんだよな。誰かを巻き込んでるっていう罪の意識がこうして目に見える形で残るのは、確かに良くない。


「仕方ねえな……善処するわ」


「政治家かなにかっすか」


 昼間の冬一郎みたいな誤魔化し方をしたら全く同じツッコミをもらってしまった。


「先生のスーツを防刃素材で特注しましょうか♪」


「やめろやめろ」


「ふふ♪」


 ……おかしい、この流れなら「冗談です♪」で落とす怜が何も言わない。

 本当に作って持ってきかねないぞ……。


「はぁ……それにしても腹減ったな」


 腕時計に目を落とすと既に深夜二時に差し掛かろうとしていた。

 なんだかんだ昼飯も食ってないからもう二十時間くらい何も食ってない。


「じゃあ何かお作りしますね♪」


「作らんでいいからお前らはもう寝ろ。俺も適当にカップ麺でも食って寝るから」


「駄目です♪」


「え、駄目なの」


「栄養満点の特別メニューをお作りします♪」


 言う事も聞かずに怜は厨房に入っていった。だけどすぐに引き返し、冷蔵庫から冷えた水を取り出すと俺に差し出した。


「どうぞ♪」


「……ありがとう」


 ニッコリ笑って今度こそ厨房に入り、中で何かをごそごそと漁る音が聞こえてきた。

 特別メニューか……またすごいのが来そうだな。


「理心、お前だけでも先に寝ろ」


「眠くないんで大丈夫っす」


「そういう問題じゃねえんだわ。明日の授業に差し支えるぞ」


 厳密には零時を過ぎてるから今日だけど。


「臨時休校にするって通達があったっすよ。生徒は寮待機、教員は会議らしいっす。あ、先生は別に出ても出なくてもどっちでもいいって真白さんが言ってたっす」


 臨時休校ねぇ……真白が業者の整理がどうの言ってたからそれもあるのか。その為の会議かな。どちらでもいいってのは、俺がいても何の役にも立たないからだろうよ。学園の運営に口出せるのは一部の教員だけだし、一般教員は情報確認で出席するくらいだ。俺に関係することがあればあとで真白が伝えに来るだろ。


「あ、そう……ってそういう問題じゃなくいい子は寝る時間過ぎてんだよ」


「良い子は卒業したんで問題ないっす」


「……寝るつもりないのな」


「先生が食べ終わるまでは起きてるっす」


「しょうがねえ寂しんぼちゃんだな」


 言っても聞かない生徒ばっかりだ。そう思いつつも、なんだかんだ楽しんでる自分がいるんだけど。


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