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第55話【天理の思想】

「少しよろしいですか?」


「ん?」


 後ろからの声に振り返ると、いつの間にか村雨天理と用務員がいた。


「冬一郎はどうした」


「さあ。放送室で別れましたよ。あとで落ち合うことにはなっていますが」


「そうか。……ところでお前、なんで偽名なんて使ってんだ」


 紛らわしいったらありゃしねえ。


「ノリで」


「ノリで!?」


「冗談です。色々と顔が売れているので理事長の計らいでそうしてもらったんです。一度偽名を名乗ってみたかったというのもありますが」


「ほぼノリじゃねえか」


「一応、最初はウィッグを被ったり刀を持ち歩かないようにしたりと、気を配ってはいたんですよ」


「ウィッグ?」


「はい。この通り、真っ白い髪は目立つでしょう? 黒髪ロングの清楚を気取っていた時期もありましたが――」


「面倒臭くなって突然投げ出したんだ。一ヶ月保たずにな」


 言葉を切った天理の代わりに用務員――太陽と呼ばれている男が答えた。


「失礼ですね、少し寝坊して諸々付けるのを忘れただけです」


「俺と凪咲はちゃんと指摘したぞ」


「覚えていませんね」


 天理と太陽は軽口を叩きあっている。

 考えると不思議な関係だ。

 太陽なんて俺とほとんど同じくらいの年齢に見える。


「お前らどういう関係なんだ?」


 率直に聞いてみた。


「太陽は私の飼い犬です。気を付けてくださいね、油断すると嚙みつくので」


「犬じゃないし噛みつきもしない。――ただの護衛役だ。こいつに必要とは思ってないけどな」


「護衛ねえ……」


 初めて見た時から思っているが、こいつら二人とも只者じゃない。

 そこにいたのに、そこにいることに気付かせなかった男と、全身の毛穴が開くようなおどろおどろしい圧力を発した少女。

 実際の実力の程は見たわけじゃないし知らないが、冬一郎がこんな小娘に宣戦布告する為に学園に来るくらいだ。

 単なる噂や逸話に踊らされているだけとは思えない。


「つうかなんでこんな学園に通ってんだよ。物騒な人間は物騒な学校に行きなさい」


「失礼ですね、こんな可憐な少女を捕まえて物騒なんて。――ただの弔いみたいなものですよ」


「弔いだぁ?」


 誰の――と口を開きかけた瞬間、体育館にざわめきが起きた。


「おい止まれ! ――ぐあっ」


 目をひん剝いた、狂人のような形相の田島が見張りの警備員から刀を奪い斬りつけた。

 まだ連れて行ってなかったのか――ていうかいい加減しつこいな。


「てめぇら全員殺してやるよ……」


 背後の怜が緊張で身を固くしたのが伝わった。


「殿、おまかせください」


「あ? いやでもなぁ……」


 今更だけど、生徒に危ないことさせたくないしなぁ。

 こいつ雑魚いしパパっと終わらせちまうか。


「がああああああああああああ!!!」


「うるせぇ」


 咆哮を上げた田島は刀をむやみやたらに振り乱しながら突進してきた。

 俺じゃないな、誰を狙ってる?


「あらまあ」


 田島は天理に狙いを定めている。

 こいつはまた俺の生徒を……。

 庇う為に間に入ろうとした俺を、太陽が制した。


「心配するな」


「心配するなって……」


 こいつさっき護衛役って言ってなかったか? 職務放棄か? 飼い犬がグレたか?


「殺してやるぁあああああ!!!」


 田島は、天理に向かって刀を振り下ろした。その瞬間、天理の口元が歪み、瞳が妖しく光った気がした。深紅の瞳の残光。

 刀は少女に触れることなく空中でその動きを止めた。

 天理の持つ刀の柄頭が、田島の胸部を打ち抜いていた。

 糸の切れた人形のように、田島はその場に崩れ落ちた。


「なんだ?」


 俺と大して体格の変わらない男を一撃で気絶させた少女は不敵に微笑む。


「もう少し、手心を加えた方がよかったでしょうか」


 刀を抜かずにこれかよ……末恐ろしい生徒だ……。

 あながち屋上で話してた内容も世迷言じゃないのかも。

 少なくとも、目標を掲げるだけの実力はあるように感じた。


「可哀想な奴……」


 俺にぶん殴られ、凛には駒みたいに回され、体格の劣る天理にも一撃でやられた男――田島を見下ろして拝む事しかできなかった。


「申し訳ありません、こちらの不手際で」


 斬られた警備員も支給された防刃制服のおかげか、ほとんど無傷だった。

 田島を今度はしっかりと拘束して連行していく。


「邪魔が入りましたが、本題に移ってよろしいですか?」


 天理が俺に向き直る。

 こうしてみるとやっぱり小柄だ。140センチ中間くらいか?


「本題?」


「はい。いずれ私が立ち上げる新制度に先生も加わって欲しいんです」


「ちょっと何言ってるかわからない」


 いやまじで。本気と書いてマジで分からない。


「剣だけでなく、あらゆる武術、あらゆる武器の使用を制限せずに、私は新しく天下五剣に変わる制度を立ち上げるつもりです」


「似たようなことは屋上で話してたな。正気か?」


 一度定着して安定――してるとはいえないが、そこまでの不秩序をもたらしてるわけでもない制度を、根本から変えるだと。

 あらゆる武術、あらゆる武器の使用。本当にそんな条件で権力を得られるってなったら、世の中は今以上に治安が悪くなるぞ――。


「もちろん、各分野で有象無象と集まられても困るので、一応ルールを考えています」


「どうせまともじゃねえんだろ」


「各分野で代表者を立ててもらい、その代表者と私が仕合をします」


「お前何百人と戦うつもりだ」


「何百人でも何千人でも。私がふさわしいと思った方に、天下五剣と同等の権力を与えます」


「なんだその独裁政治は」


「独裁結構。この国には、歪な箇所が多すぎる。それらをまとめて一新し、新たな政治体制を作って行くのも課題のひとつです」


「暴力こそが正義みたいな馬鹿げた世界になるぞ」


「構いません。いまよりは退屈しなさそうです」


 とてもじゃないが、思考にも思想にも賛同できねえな。


「お前の退屈しのぎに、世界を巻き込むつもりか」


「その通りです」


 にこやかに言い切りやがった。


「ふざけんな。――そもそも、そんな権力をお前が持ってるってのか」


「今はまだ、そこまでではありませんね。だから柳生冬一郎さんからの申し出は私にとって吉兆でした。一席を取れば、それなりの格は得られますから」


「冬一郎に勝つつもりか」


 今日の俺とのやり合いなんてあいつにとっちゃ言葉通り『戯れ』だ。

 殺すつもりだったら俺はとっくに死んでる。


「勝ちますよ。そもそも、敵とすら見ていません」


「驕りが過ぎるな」


「ええ。私、全人類を舐め腐っているので」


 こいつの思想は危険だ。だが、冬一郎を軽んじて挑んだら、死ぬのはこいつかもしれない。

 そんなの、教師としては見過ごせない。


「あんまり舐めてると足元掬われるぞ」


「それはそれで嬉しい誤算ですね」


 だけどきっと、こいつは何を言っても聞く耳なんて持たない。


「私の要望は伝えました。考えておいてください」


 天理は踵を返す。それに追従するように、太陽も背を向けた。


「お前は、あいつの思想に賛成してるのか」


 その背中に問い掛けた。

 太陽は足を止め、振り返らずに言った。


「肯定も否定もしていない。天理の好きなようにさせるさ」


 それだけ言うと二人は体育館から去っていった。


 *


 凛と怜に担がれ部室に戻った俺を待っていたのは斬新な恐怖体験だった。


「やめろ……やめてくれっ……!」


「大丈夫です♪ 天井のシミを数えている間に終わります♪」


「やめろおおおおおおおおお!!!」


 ぷすっと俺の太ももに注射針が突き刺さる。


「ぎゃあああああああああ!!!」


 凛に羽交い締めにされ抵抗も出来ずにいやいやと首を振る。

 無免許医の施術なんてブラックジャック以外お断りだ!

 そんな願い虚しく、俺の太ももから次第に感覚が消えていく。


「うっ、うっ……あんまりだぁ……」


 生徒に羽交い締めにされ、生徒に非合法な処置を施される。

 テキパキと恐るべき速さで傷口を縫っていく怜。この子本当に何者なの?


「はい♪ 終わりです♪」


 天井のシミを数える暇もなく、あっけなく縫い付けが終わった。


「出血も酷かったので輸血もしましょうね♪」


「なんで部室に輸血パックがあるんだよ! ちゃんと安全なんだろうな!」


「もちろんです♪」


 怜を信じていないわけじゃないけど不安の方が勝つ。豚の血とかじゃねえだろうな。


「ちゃんと先生のB型に合わせて用意してますよ♪」


「俺はO型! 異型を入れるな殺す気か!」


「冗談です♪」


 洒落にならんて。


「ちゃんとO型の輸血パックもあります♪」


 どちらにせよ拘束されてるし、足も麻痺してるし抵抗なんて出来ない。

 怜を信じて腹をくくるしかなかった。

 器用な手つきで輸血パックをセットして俺の腕に穿刺した。


「……あっ」


 輸血パックを確認して青ざめた表情で怜が唖然とした。


「え、なに?」


「間違えて先生のと違うのを刺しちゃいました……」


「おおおおおおおいいいい!!!」


「冗談です♪」


 青ざめた表情から一転し怜はニッコリと微笑む。いや、笑えねえよ?

 怜ってこんなに冗談言う子だったっけ?


「笑える冗談と笑えない冗談はちゃんと考えような……」


 無駄に疲れた……。


「先生、これに懲りたらもう怪我しないでくださいね♪」


「……ああ」


 これは怜なりの気遣いだったのか……それにしてはユーモアが過ぎる気もするが……。

 体育館で取り乱した怜を思い出す。

 ……心配、かけてんだよな。

 ただの成り行きでこの部室に通うようになった怜だが、最近は俺や理心に妙に懐いているように感じる。

 きっと、灯火の懸念していた問題と並行して、怜の中で何かが変わって行っている。


「怜先輩、これA型でございます」


 凛が輸血パックを見て一言。


「「えっ」」


 俺と怜は同時に固まった。


「冗談でございます」


「お前さあああああああ!!! 輸血中にあんまり興奮させないでくれない!!?」


「凛さん、あとでお仕置きですね……♪」


「あ、え、ぁ……わたくしは、場を和ませようと……」


「笑えねえ冗談はやめてくれええええええ」


 このあと俺の血圧が上がり大変な事になったのは言うまでもない。

 全身を斬られたせいで熱も出るし、酒も飲めないしで散々な一日だった。


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