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第54話【駒回し】

 *≪鬼童玄≫



 ひぃひぃ……しんどい。どこにいるんだあいつらぁ!

 一度部室まで戻って、まだ戻ってきていないと怜から言われた時には血の気が引いたぞ。ていうか今も引きっぱなしだ。

 全身から出血してる人間からこれ以上血の気を奪わないでくれ!

 階段の昇り降りで足が棒のように重くなってきた。

 中年をこれ以上こき使わないでくれ。


「はぁ、はぁ……」


 息も絶え絶えで体育館に着いた。

 雰囲気から察するにここが当たりらしい。

 中から男たちのうめき声、そして女性の掛け声のようなものが聞こえる。この声は――凛か?


「うわぁ……」


 体育館の扉から中を覗いた。

 中々の惨状だった。

 黒装束を纏った人影をなんか薙刀みたいなのを持った凛がぼこぼこにしてる。

 何だあの子、こんなに強かったっけ。ていうかあの薙刀なに?

 あ――。

『感謝いたします――これで本気で戦えます』

 冬一郎を見つけて駆けだした俺の背後で怜とそんなやり取りをしていたのを思い出した。


 あっ――という間に凛は襲い来る暴漢を一人で制圧した。

 凛の隣にいるのは篝だよな? あいつ突っ立ってるだけだぞ。というより手を出す暇もなかったという方が正しいのか?


「ん? あいつ……」


 一人残った人物の立ち姿に違和感を覚えた。

 なんかどこかで見た覚えがある。

『先日の田島を覚えてる? そいつが学園外への搬送中に逃亡したわ』

 ああ、あいつか。

 さっきの真白からの電話を思い返す。

 暴動がどうとか言ってたが、その主犯はここで俺の生徒を集団で襲ってたわけか。許せんな。


「くそがっ! 使えねえ連中だ!」


 味方を凛一人に片付けられた田島とかいう男が喚いた。

 被っていた覆面をはぎ取り、顔を露出させる。

 目が血走り、口元を苛立たしげに歪めている。


「余計な手間かけさせやがってよぉ! そこの優男! てめぇがいなきゃもっと楽にことは済んだってのによぉ!」


「え、僕? どっちかというとこっちじゃなくて?」


 突然怒りをぶつけられた篝が困惑し凛に視線を向けた。

 なんか怯えにも似た感情を向けているのは俺の気のせいか?


「どうでもいいんだよぉ! 邪魔が入る前にとっとと始末しとくべきだったぜ!」


 そう言って田島は懐から筒のようなものを取り出し咥えた。――あれ、あの時の吹き矢か。まずい――。

 気付いたからといって、この距離から俺が庇えるわけがなかった。

 神経毒だっけ麻酔薬だっけ。いや、どちらにせよそんなもの生徒に喰らわせたくねえっつうの。

 もつれる足で地面を蹴り込んで駆ける――が、間に合わない。


「――残念でなりません」


 篝に向けられた毒矢を、いとも簡単に凛が薙刀で払った。


「馬鹿の一つ覚えのように同じ手段しか講じない。わたくし、貴方のような殿方、嫌いでございます」


「っ!」


 切り札を防がれた田島は後ずさる。だが、それよりも凛の動きは早かった。

 薙刀の峰で足を払い、回転しながら宙に浮く田島の頭部にまた峰打ちを食らわせた。


「はい! はい! はい!」


 足、頭、足、頭と打撃を浴びせて地に落とさないようにくるくると田島を駒のように回す凛。

 仕上げに「はいやぁ!」と鳩尾に石突で殴り飛ばす。

 壁に激突した田島に意識があるはずもなく、白目を剥いて気絶していた。


「いやいやいや」


 容赦ねえ……。

 なんなのこの子。この間俺と戦った時とはまるで別人だぞ。

 田島をぶっ飛ばして息を吐いた凛と目が合った。

 ぱちくりとまばたきを繰り返しながら、凛の目はきらきらと輝く。


「殿っ! ご覧になっていたのですね!」


 駆け寄ってくる凛。俺は不自然な体勢で固まっていたのと、全身の斬り傷から立っていられなくなりその場に崩れ落ちた。

 俺、なんでこの子に慕われてるんだっけ――。



 *



≪あ、あーテステス。このテステスって言ってみたかったんですよ、どうですか、入ってますか? それは重畳。えー、こちら放送室です≫


 校内だけでなく学園全体にその声はスピーカーを通して響き渡っていた。


≪私、天下五剣第二席、村雨天理と申します。そしてこちらはゲスト、同じく天下五剣第一席の柳生冬一郎さんに来ていただいてます。ほら、一声でいいんで何か喋ってください≫


≪なんの真似だこれは≫


 不快そうな低い声が響いた。


≪はい柳生冬一郎さんでした。学園内部で暴動、ならびに騒動を起こしている迷惑なお客様方に通告いたします。ただちに騒ぎを中断し、近くの教職員の指示に従ってください。矛を収めない場合、第一席と第二席に対する敵対行動と認識します≫


≪おれの名まで勝手に使うのか≫


≪問題ありますか?≫


≪別に構わぬ。その騒動とやらにも興味は湧かんしな≫


≪ではそういう事で。大人しく投降しないと二人で斬り刻みに行くので、命が惜しかったら言うこと聞いてくださいねー≫


 ブツッ、とマイクの切れる音を最後に、放送室からの降伏勧告は終了した。


 *



 田島たちが逃げ出さないように見張る為に俺はまだ体育館にいた。

 凛が暴徒を制圧してからすぐに天理による放送が学園中に流れた。

 授業の為に体育館に集まってくる生徒たちから隠すように体育館は閉め切られている。生徒は教員に連れられ別の場所へと誘導された。


「痛てっ……」


 傷口に消毒液をかけられ思わず口から零れた。


「染みますか?」


「染みる」


 ガーゼで傷口を消毒してくれる怜は眉根を寄せて真剣な表情で血を拭ってくれる。

 ……改めて見ると酷い怪我だな。

 耳は上下で半分に切れてるし、腕や足にも多数の切り傷がある。


「殿、一体なにがあったのでございますか……」


 凛も手拭いで傷を丁寧に拭いてくれる。

 つまり俺はいま上半身裸の状態で女生徒二人に左右から介抱されてる状況だった。


「旧友に斬られただけだ」


「それは、友達なんですか……?」


「最近はてんで会ってなかったけどな。学生時代からの腐れ縁みたいなもんだ」


 真白やライアンのような。


「許せません……先生をこんなに傷付けるなんて」


 怜は口元を噛みしめる。


「まあ、気にすんな。思いっきりぶん殴ってやったからおあいこだ」


「どこがですか!? 下手したら死んじゃうかもしれないんですよ!?」


 怜は声を張り上げた。ここまで感情的になるのを見るのは初めてだ。


「そう、だな、すまん。軽く言い過ぎた」


 身近な人間が刀傷沙汰なんて動揺してもしょうがない。

 俺は落ち着かせようと怜の頭を撫でた。


「だからそれ、セクハラよ」


「はぁい! ごめんなさぁい!」


 突然横から真白の声が聞こえて飛び上がった。


「ま、真白……そっちは終わりか」


「ええ。とりあえず理心さんは佐竹に頼んでおばあさまのところに連れて行ってもらったわ」


「そうか」


 天理による放送のあと、暴動はすぐに収まったらしい。

 俺が体育館での出来事を伝えると、真白はすぐに駆け付けてきた。

 俺の怪我を見るなり「理心さんにその傷を見せないで」と理心だけを裏手に連れて行った。


「こいつらはどうなるんだ」


 体育館を見回す。

 意識のある暴徒たちも、先程の放送以降大人しくしている。

 天下五剣の上位二人の名前を出されれば無理もない。


「順次連行中よ」


「そうか」


 学園の運営陣は苦労が絶えなさそうだな。真白の顔に疲れが浮かんでいる。


「――しかし馬鹿ね、冬一郎とやり合うなんて」


 だけど軽口を言う余裕はあるみたいだ。


「あいつが一方的に襲ってきたんだよ」


「下手な思い違いをして会いに行ったのが運の尽きね」


「……仰る通りで」


 ぐうの音も出ない。

 結果としちゃ怪我はさせられたが、暴動の鎮圧には協力してくれたんだよな。


「学外から入れてる業者も、今回の一件で見直される事になったわ」


「対応が早いな」


「当たり前でしょ。これだけ立て続けに不審者が入り込んだんじゃ理心さんだけの問題じゃなく、他の生徒も危険でしょう」


「そりゃそうか」


「さてと、もういいぞ。ありがとな」


 話してる間も手当てを続けてくれていた怜と凛に声をかけて起き上がった。


「部室に戻ったら本格的な手当てをしますよ……♪」


「本格的?」


「傷を縫って輸血して安静にしましょうね♪」


「部室にそんな設備あんの?」


「はい♪」


「誰がやんの?」


「私です♪」


「お前は医者か何かか?」


「無免許です♪」


 安心できねえよ。

 冬一郎じゃなく俺は生徒に殺されるんじゃないのか。

 でも、いつも通りの怜に少しずつ戻っていっている。

 感情を抑えているだけだろうけど、こいつは笑っている方が似合う。


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