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第53話【一方その頃】

 *≪各務原陸(篝)≫


「藤咲さん、こっち」


「うっす」


 陸は彼女の手を引き、階段脇の物陰に身を屈めた。


「さっき理事長さんから連絡があってさ。変な奴らが学園に入り込んでるらしいから藤咲さんを守れって」


「またっすか……」


 藤咲さんは目を伏せた。何を感じているのかはわからなかったが、胸を痛めているということだけは伝わった。


「まあ安心していいよ。先生に藤咲さんを守るって言った手前、こうして近くにいる時は守ってあげる」


「頼もしいっすね……」


「本当にそう思ってる?」


「いや、ごめんなさい。ちょっと不安っす。でも、私は何も出来ないんで……言う資格ないっすよね。ごめんなさい」


 重ねてごめんなさい、と謝る理心に、陸は短く溜息を吐いた。


「藤咲さん、別に卑下することじゃないし、僕は先生の拳一発でダウンした人間なんだから、不安に思うのもわかる。けど――」


 陸が言いかけたところで、男の怒号が周囲に響いた。


「ここにいたぞ!」


 数歩離れた場所で、男は叫んで仲間に呼びかけた。


「ああもう。……藤咲さん、付いてきて」


「はいっす」


 陸は理心の手を引いて進む。

 渡り廊下を通って体育館へ向かった。


「どうするんすか?」


「もう面倒臭いから、迎え撃つ」


「まじすか」


「あそこなら、あれがあるはず」


 体育館倉庫の引き戸をこじ開けて、陸は何かを物色する。


「あれぇ? こういうのってもっとわかりやすく置いてあるんじゃないの?」


「何を探してるんすか」


「竹刀。僕一応剣士だからさ、ああいうのないと戦えないんだよね」


「竹刀はここにはないっす。ここの下の剣道場っすよ」


「あれ、そうだっけ――あ、やば」


 陸の視線の先には黒ずくめで覆われた屈強な男が何人も、二人を取り囲むようにして集まってきていた。


「しょうがないなぁ。藤咲さん、そこに隠れててね」


「どうするんすか」


「無いなら奪っちゃおう作戦」


 好都合なことに、男たちは腰に刀を帯びていた。

 武刃――政府から帯刀を認められた剣客。

 やっぱり藤咲さん絡みかぁ。

 この間まであっち側だった身としてはなんとも言い難い気まずさを感じた。


「男は殺してもいい、女は無傷で捕らえろ」


 一人だけ雰囲気の違う男が指示すると、言葉を合図に男たちは刀を抜いた。

 男たちの狙いはこっちかな。先に邪魔者から始末するつもりのようだ。


「嫌だなぁ、この光景。どうせなら美人に囲まれたかった――よっっと!」


 斬りかかってきた男の袈裟斬りを半身になって避けた。

 刀を振るう相手の手の間に自分の手を滑り込ませる。

 柄を握り、刃の方向をズラして、刀を半回転させた。

 男の持っていた刀は陸の手にすっぽりと収まっている。


「柳生流、無刀取りってね。僕は柳生じゃないし無刀取りっていうには雑だけど」


「貴様ぁ!」


 軽口を叩いていたら、刀を奪われた男が激昂した。


「さぁて、クラスメイトにカッコ悪いとこ見せられないし、張り切って行こう」


 正眼に構えて男たちを迎え撃った。


 一人、二人、三人と峰打ちで倒していく。

 手首を打って刀を弾き飛ばす。

 胴を打って悶絶させる。

 鎖骨を打つ。骨の軋む感触が手に伝わってきた。

 なのにどうしてもいまいち制圧しきれずにいる。

 一箇所故障したくらいじゃ動きを止めてくれない。人数で圧してくる。

 やたら統率取れた動きだな。

 視線を奥にいる、司令塔らしき人物へ向ける。

 その人物を中心に、まだこちらを品定めするように佇む黒ずくめが一、二、三、四……ああもう、数えるのも馬鹿らしい。


「いやいや……多すぎでしょ……今日って何かの催しあったっけ?」


 軽口を叩く余裕はまだあるから大丈夫。

 額から顎に流れる汗の感触から目を背けて自分を鼓舞した。

 殺しちゃってもいいのかな……殺さないまでも、手足の一、二本くらい斬り落とせれば楽なんだけど――。


「はぁ……」


 そんなもの、後ろの藤咲さんに見せるわけにもいかないか。

 一応、負い目みたいなものは感じてるんだ。申し訳なさも。

 今更都合良すぎかな。でも――少し話して分かった。彼女はきっとこちら側じゃない。もっと普通に日常を謳歌していい人物のはずだ。

 やれるだけやるかぁ。

 そのうちまた、先生が来てくれるでしょ。

 それまでなんとか生き延びよう。

 泥臭いのも、嫌いじゃないからね。


「お邪魔いたします。こちらに理心先輩はいらっしゃいますでしょうか」


 ――その時、やけに凛とした声が響いた。

 羽織袴で薙刀を携えた黒髪の少女は、静かに、だけどはっきりと告げた。


 *≪立川凛≫


「凛さん――」


 凛の声に反応した理心先輩が倉庫から顔を覗かせた。


「――ようやく見つけました」


 長かった。部室から始まり本校舎の至るところを駆けまわって最後に訪れた場所でようやく目的を果たせた。

 昼休みという時間帯の影響で、理心先輩がどこにいるかまったく見当が付かなかったのも災いした。


「ああ、知り合い? にしても物騒な格好だね」


 倉庫にいる理心先輩を庇うように戦う青年。手傷こそないが、額には汗が浮かび、息も切れている。だいぶ疲弊しているようだった。

 どこかで見た覚えがある青年だった。

 ああ、そうか。先日、殿が廊下で殴り飛ばしていた生徒だ――。


「味方、と思ってよろしいのでしょうか」


 つかつかと、青年に歩み寄る。

 しかし、それを遮るように黒装束の巨躯が立ちはだかった。

 この方は、敵でございましょう。

 薙刀の穂峰で足を払う。

 巨躯の足は地面から離れ、宙に浮いた。

 そこを石突で打ち抜き、吹き飛ばした。

 飛ばした先でドミノ倒しのように男たちが転ぶのが見えた。


「ひゅ~、やるもんだね」


 青年は感嘆の声を上げると、刀を構え直して正面の男と向き合う。


「味方だよ。少なくとも、藤咲理心を守るつもりではいるから」


「然様でございますか。ならば、共闘と参りましょう」


 自然な足運びで歩を進め、理心の匿われた倉庫の前へとたどり着く。

 男たちは警戒しつつも、無闇に斬りかかってくることはなかった。

 歩きながら観察した。

 立っているのが十三人。倒れて動かないのが六人。

 敵の中心に佇む男、顔は分からないが気配で分かる。あの時対峙した殿方ですね。


「……」


 男は黙ってこちらを窺っている。

 先日のような乱暴な軽口は叩かなかった。

 それだけ本気、ということでしょうか。

 何故捕らえられたはずのこの方がここにいて、何故理心先輩が狙われているのかは、まだ全容を把握しきれていませんが。

 先程の殿の慌てよう、きっと何か事情がおありなのでしょう。


「わたくしは理心先輩を部室に連れてくるようにと申し付かっております。――邪魔をするなら全員薙ぎ倒させていただきますが、よろしいでしょうか」


 もちろん、ただの事前通告でございます。

 刃を納めるつもりなど、お互いにないのでしょう――。

 痺れを切らした男たちは、一斉に地を蹴って凛と陸に襲い掛かった。


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