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第52話【傍観者】

 浴びせられる剣戟をなんとか避ける。流す。だが無傷ってわけにはいかなかった。

「ちっ」

 さすがに全部は捌き切れないか。そりゃそうだ、相手はこの国一番の剣客様だぞ。一介の教師がどうこう対応しようってのが間違いだ。

 なんとか勘交じりで避けちゃいるが、油断してたら腕の一本や二本切り落とされかねない。こいつならやる。そして医者にくっつけさせてリハビリが済んだ頃に「傷は癒えたか。ではやるぞ」と言い出しかねない馬鹿野郎だ。


「玄、少し弱くなったか」


「当たり前だろ、こちとらもう三十半ばだぞ」


 こいつもだけど。

 致命傷は避けちゃいるが、身体の端々にいくつか裂傷を喰らってる。

 二の腕から指先に血が滴る感触があった。

 ――なんとかしてこいつを鎮める一手を考えないとな。

 どうしてこんな何の得にもならんことで本気にならなきゃならんのか。

 こいつ、絶対一発ぶん殴ってやる。


 *


 太陽は屋上の給水塔の裏手から、鬼童と柳生にバレないようにこそこそと見下ろしていた。


「助けてやらないのか」


 太陽は気配を消しながら隣にしゃがみ込む少女に声を掛ける。


「何故私が?」


 鳴神天理を名乗る少女は食い入るように現場を凝視している。


「あれはお前の客だろ」


「そうなんですか? 丸腰の人間相手に刀を抜いちゃうような知り合いはいませんが」


「どう見ても分が悪い。下手をするとあの教師殺されるぞ」


「ふふ――太陽は鬼童先生が負けると思っているんですか?」


「何か可笑しい事を言ったか。相手は天下五剣の一席だろ」


「くだらない肩書に囚われていると本質を見落としますよ。()()()()()、鬼童先生の方が異質です。その天下五剣の剣を捌いているのですから」


 天理は太陽の言葉をからかうように強調した。


「じゃあ助けないのか」


「もう少し鑑賞させてください。きっと、割って入る良いタイミングがありますから――太陽も、余計な手出しは無用ですよ」


 未来を見透かしたように天理は口の端を釣り上げた。

 隣で太陽は、はぁと肩をすくめた。

 *


 手元で伸びてくるように感じる斬撃は、次第に俺の距離感を狂わせていく。

 逃げるように下がりながら刀をいなす。なんとか距離を取った。


「痛てぇなこんちくしょう」


 顔、首、肩、腹、腕、太もも、ふくらはぎ。

 大した深さじゃないが斬られている事は変わらない。


「不思議な嗅覚だ。おれは貴殿の四肢を斬り落とすつもりで振るっているというのに」


「物騒な事言うなよ。なあ俺たち友達だよな? もっと手心とかさ。ないのか、ほら? もう行って良いよ、的な優しさは」


「それだけ斬られて黙っていられる男ではあるまい。後でどんなしっぺ返しがあるかわからんからな、ここでその四肢を斬り落としておこう」


「殺す気か」


 死んでもいいか、くらいには思ってそうなのがまた怖い。


「鈍っている貴殿の感覚を呼び起こしてやろう」


 冬一郎の構えが変わる。

 見るからに突きますよと示す構え。


「待て待て、それは死ぬ。当たったら死ぬから!」


「当たらぬだろう、貴殿には」


「こんちくしょうめ!」


 容赦のない突きを放たれる。

 放った突き、その切っ先を柔軟にしならせたような斬撃へと変化させる。

 避けながら、俺は反撃の一手を思い付いた。


「冬一郎、それは悪手だ。予言してやる! まじで!! ぶん殴る!!!」


「面白い――」


 もう自棄になるしかなかった。

 刀を持ってる暴漢に襲われています、誰か助けて!

 突きが耳の先を裂いた。

 くそ、本当に容赦がねえ。

 殴る殴る殴る殴る殴る。絶対殴り飛ばしてやる。

 ――いってぇなぁ。自分で自分を傷つけるってのは容易じゃない。

 だけどそうこう言ってる間に本当に殺されかねない。

 やってやる。


「どうした、避けているだけか。やり返しても構わぬぞ」


 余裕ぶっこきやがって。

 こっちはもう返事する余裕なんてないんだよ。

 二の腕を刀が掠める。鮮血が散った。

 好都合だ。

 太ももに刀が突き刺さる。それはやめろ。


「どうした玄、やられっ放しで終わる程つまらない男ではあるまい」


 言っただろ、ぶん殴るって。

 後ろに隠した手のひらに溜まった血を、目くらましのように、冬一郎の顔面目掛けて投げつける。


「ほう……これを狙っていたのか」


 軽々と避ける冬一郎に、もう片方の手からも同じように血液を飛ばした。


「無駄だ!」


 刀を振るい、鮮血を散らされる。

 俺は、一歩踏み込んで冬一郎の懐に入る。

 着想は、今朝のせんぶり茶だ。凛に感謝するぜ。


「ぶふぅっっ!!!」


 自分の口内を噛み千切り、溢れた血を溜め込んでおいた。

 それを一気に冬一郎に吹きかけた。


「なっ――!」


 確実に視界を奪った。

 狼狽する冬一郎。立て直す暇なんて与えねえ。

 なりふり構わず振り下ろされる斬撃を避ける。

 これで――終わりだっ!


「ぐぁっ――!」


 冬一郎の顔面に、渾身の力で拳を叩きこんだ。



 冬一郎の頭は、屋上の石畳に勢いよく打ち付けられた。


「はぁ……はぁ……」


 あぁ痛ってぇ。全身斬り傷だらけだ。

 まじで、なんで……こんな無意味な事に命賭けなきゃなんねえんだ。


「くっ……さすがだ玄……貴殿の策にまんまと嵌った」


 冬一郎は後頭部を押さえながら上体を起こした。

 こっちも気絶させるつもりで打ったってのに、頑丈な男だな。


「はっは、策略謀略はお前の十八番のはずなのにな」


 俺は口から大量の血を溢れさせながら笑った。

 ごぽごぽと口の端から泡立った血が零れる。

 あ、やべ。血が止まんねえ。強く噛み過ぎた。


「――お見事です」


 ぱんぱん、と手を叩きながら、背後の給水塔の裏から声が響いた。


「お前は――」


 鳴神天理――いや、村雨か。


「お二人の一部始終を見てしまった後でなんですが。改めまして――村雨天理と申します」


「盗み見かよ……そっちの用務員も」


「悪いな。俺は止めようとしたんだが」


「太陽、嘘は良くないですよ。後半は貴方も食い入るように見ていたじゃないですか」


「どっちにしろ救われねえよ、俺が……」


「ふふ――鬼童先生、よくできました。格好良かったですよ」


 項垂れる俺の頭を、背伸びしてよしよしと撫でる天理。

 子供みたいな子供に子供扱いされるのは癪だが、もうツッコむ気力もない。


「ついでだから俺も撫でとくか」


 用務員まで撫でやがる。

 武骨な男の手の感触に思わず鳥肌が立った。


「なんのつもりだ……やめてくれ……」


 こいつ妙に手がデカいな……身長はさして変わらないのに。

 どうでもいいことを考えていると、冬一郎が起き上がり天理と向き合った。


「村雨、天理か」


「はい。名乗りをあげたように、本人ですよ」


「映像で見るより、小さく見えるな」


「よく言われます。可愛いでしょう?」


「その減らず口は映像のまんまだな――貴殿と正式に、継承仕合をしたい」


「面白い事を言いますね。席次で言えば私は貴方の下の第二席なんですが。第一席さん?」


「むしろ問いたい。貴殿は何故、おれに挑まない」


「ん――? 最近忙しかったので」


 は? と閉口する冬一郎に天理は続けた。


「遊び相手が増えたので、ストレス解消は間に合っているんです。弱い者いじめする趣味はないので」


 天理の後ろで「嘘吐くな」と用務員が呟いたのを俺は聞き逃さなかった。


「おれを見下すか、第二席」


「そもそも私は天下五剣なんていう制度に興味ありません。いずれ私の手で改革するつもりです」


「改革だと」


「ええ。剣を持たずとも、強い人はいる。そこの鬼童先生がいい例です。天下五剣第一席を素手でぶっ飛ばせる人材が、この世界にはまだ多くいるはずです。剣に囚われ、剣が権力を握るこの制度そのものを見直すべきだと思っています」


「そんな改革が、通ると思っているのか。それに、貴殿の立場まで危ぶまれることになるぞ」


「構いません。実力至上主義でいいじゃないですか。なので柳生冬一郎さん、――貴方の挑戦は受けて立ちます。それに、申し出を私から行った事にしても構いませんよ。色々と、柳生家には世間体があるでしょう?」


「どこまでも、舐めているな」


「ええ。私以外の全人類を舐め腐っています」


 天理はにっこり笑う。

 物騒なことを言っているのに、愛嬌があってかわいらしい笑顔だった。


「代わりと言ってはなんですが、もしも私が貴方に勝ったら、私の支援をして欲しいと思っています」


「支援だと?」


「改革というのは手間がかかるらしいので、後ろ盾、というよりも賛同者として私の思想を持ち上げて欲しいんです」


「柳生の発言力目当てか」


「どう取っていただいても構いませんよ。あくまでも提案です。乗り気じゃないなら、いずれ私が貴方に挑もうと思うまで首を長くして待っていればいいんです。キリンのように」


 キリンを表すような謎のジェスチャーを加えながら言う天理。

 たぶんこいつは素で人をおちょくる才能があるな。当事者じゃないのにイラっとしたわ。

 目を付けたのか付けられたのか、冬一郎が不憫で仕方ない。

 ってそんな事言ってる場合じゃねえ。

 俺は理心を探さねえと!


「冬一郎、養生しろよ、頭の傷は毛根にも響くから注意しろ! 俺は行く! じゃあな!」


 駆けだして階段を勢いよく下って行った。

 背後で天理が「もう暴動は収まるというのに」という言葉が聞こえたが、意味を理解する余裕はなかった。


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