第51話【柳生冬一郎】
「はぁ、はぁ……」
階段を駆け上がり屋上の扉を開け放つと、嫌味なくらい眩しい日差しに視界が奪われた。
ぼんやりと見える先には濃色の袴を着た男の後ろ姿。
「……久しいな、玄」
ゆっくりと振り向きながら、かつての友人、柳生冬一郎は静かに、低い声で言った。
「冬一郎……」
眩しさにくらんだ視界が徐々に戻っていき、輪郭がはっきりしていく。
銀色の長い髪を後ろで一纏めに縛り上げた瘦躯。
少し老け込んだのを除けば、昔と変わらない冬一郎がそこにいた。
「あの距離からおれの殺気に気付くとは、どうやら腕は鈍っていないらしい」
「上からの視線には敏感なんでな」
年々薄くなっていく頭皮とかの兼ね合いで。
「減らず口も相変わらずか」
「冬一郎……なんでこんなところにいる」
出来るだけ穏やかに聞こえるよう、問いかけた。
「此処に、おれの求めるものがあるからだ」
こいつの考えがあの頃と変わっていないなら、新参者の藤咲兄を敵視することもありえない話じゃない。
「お前が理心狙ってる黒幕か」
「りこ? なんだそれは」
なんなんだ、この違和感は。
「学園内で起きてる暴動とやらもお前の差し金か」
「玄――おれにはお前が何を言っているのか理解できん」
「藤咲理心を狙ってるのはお前なのかって聞いてるんだ」
「藤咲――なるほど。……余程愉快な勘違いをしているらしい」
くつくつと笑う冬一郎に苛立ちを隠せずに、強めの語気で返す。
「勘違いだ?」
「貴殿が言いたい事は理解したぞ。――藤咲零士を蹴落としたい連中とおれを誤認しているのだろう」
「――――」
冬一郎の言葉に一瞬、頭が真っ白になる。
勘違い? 誤認?
しらばっくれているわけじゃない。こいつは本当に興味なんてないんだ。
理心関連の騒動の黒幕はこいつじゃない。
だが、口ぶりからすると何かを知っているのは間違いない。
「お前は、何を知ってる?」
「何も知らぬ。だが一つだけ、お前の勘違いを正そう」
冬一郎は冷たく笑う。
「天下五剣とは、貴殿が思っているほど綺麗なものではない」
綺麗じゃない? なんだそれは。
「おい、勘違いが増えそうだぞ」
勘違いを正してくれるんじゃねえのかよ。曖昧な事言いやがって。
いや、こいつの思わせぶりな言動は今に始まったことじゃない。
どうせ問い詰めても煙に巻かれるだけだ。
それよりも、こいつを止めれば理心の問題が解決すると思い込んで先走ったせいで、理心が危ない。
「つうか、じゃあお前はなんでここにいるんだよ」
あ、これさっきも聞いたわ。
「村雨の当主に会いに来た。人伝にこの学園にいると聞いてな」
「村雨?」
誰だそりゃ。
こいつが気に掛ける奴が生徒にいる?
「村雨天理、天下五剣第二席のおなごだ。現世最強と囁かれている」
やけに丁寧に説明してくれるな。珍しい。
その調子で俺の質問にもちゃんと答えて欲しかったぞ。
ん? 天理? なんか最近どこかで聞いた気がする。
村雨もなんか聞き覚えあるな。
『現世最強って言われてる人なんで』
一年前に、理心が言っていた。
『確か、私とほとんど同じくらいの年の女の子って話だったような』
化け物じゃねえか。俺はそう返した気がする。
『はじめまして。鳴神天理と申します』
初めて会った時、妙な威圧感を放っていた少女を思い出す――。
村雨……天理……現世最強……。
真白はあいつを一時的な護衛だと言っていた。つまり、知っていた。
鳴神、それが偽名だって事を――。
「説明しろよぉ!!!」
空に叫ぶしかなかった。このやるせない思いを。なんで蚊帳の外? 立派な当事者ですけど!?
「冬一郎……」
「なんだ」
「もしかしてお前、現世最強とか呼ばれてる小娘に嫉妬してわざわざ学園まで立ち合いを申し込みに来ちゃった感じ?」
冬一郎は昔からやたらと強いだとか格だとかの単語に反応しがちだ。
弱さは罪、強さこそ正義だと地で語るような男だ。
噂に踊らされてこんな所に来るかね。しかもタイミングが最悪だ。
「言い方に議論の余地はあるが、概ねその通りだ」
「最悪だ……」
最悪の形で巻き込まれた。いや、一方的に冬一郎が黒幕だと決めつけた俺にも非はあるが、それでもやるせなさは消えない。
「はぁ……そうか。悪かった……」
冬一郎が無関係だとわかった今、真白が言ったように最優先で理心の傍にいるべきだった――。
「……疑って悪かった。じゃあ俺急ぐから。お前も頭皮ケアは怠るなよ。それともハゲ隠しで結んでんのか、それ?」
「まあ待て玄、久方ぶりに興が乗ったぞ。旧友を疑ったのだ、旧友の戯れにも付き合ってくれ」
冬一郎は腰の刀に手をあてがう。
話している間に、いつの間にか位置が入れ替わり、俺の退路を塞ぐように冬一郎が立っていた。
「おい、俺急いでるんだよ」
「貴殿の慌てよう――そうか。りことは藤咲零士の血縁の者か」
藤咲零士――それが藤咲兄の名前か。
「だったらなんだってんだ」
「くくく……だが、そうか。まだ貴殿は誰かの代わりに戦っているのか」
ますます興が乗った。そう言って、冬一郎は腰に携えた刀を抜く。
「おいおい……」
「お前の捌きを鍛えた身としては、その実力が錆びていないか確かめる義務がある」
「ねえだろそんな義務」
適当に取って付けたように言いやがって。
凛に理心を頼んだとはいえ、あいつは女子高生にしちゃちょっと強いくらいの生徒だぞ。
ああいかん、頭に血が上りすぎだ。
冷静さを欠いて生徒に生徒を任せちまった。
「問答無用とは、こういう時に使うべき言葉だったか?」
「お前加減しないから嫌なんだけど……」
本気で大怪我しかねない。
理心を守ると言った以上、戦えない状態になるのは非常にまずい。
だが、一度刀を抜いた以上、何事もなく鞘に納めるとは思えなかった。
「出来るだけ、穏便に頼むわ」
「善処しよう」
お前は政治家か何かか。似たようなもんだけど。
天下五剣の連中なんて権力欲しさに成り上がった連中も多いからな。
「はぁ……」
やりたくねえー。
なんて考えている俺を容赦なく斬り付けるのが、この柳生冬一郎って人物なんだよな。




