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第50話【開戦】

 真白から朝一番で伝えられた事に気を取られ、授業どころではなかった。何度も上の空になり、その度に生徒から心配された。午前中の授業を終えた俺は、考えを整理したくて一人になりたかった。

 そんな時に無意識に足が向かうのは部室だった。今では給仕部の介入でそれなりに人の出入りが増えた空間だったが、一年前までの俺にとっては一人で考え事をしたり、酒に浸ったりできる貴重な空間だった。その頃の名残で、今も考え込むとつい部室に向かってしまう。


「あ♪ 先生♪」


 部室の前に怜が立っていた。俺と目が合うとニコリと微笑み会釈する。

 そうか、今日の午前中に何か改装するとか言ってたな。

 昼休みに呼び出されていたのをすっかり忘れていた。


「改装は終わったのか?」


 出来る限り平静を装って声をかけた。


「はい♪ 滞りなく♪」


「そうか。少し説明してくれるか?」


「わかりました♪」


 気晴らしにはちょうどいい。先に部室に入っていった怜の後についていく。


「まず昨日お伝えしたように、こちら側の壁は防音と防刃、おまけで防弾仕様に変えてあります」


 隣の教室側の壁を手で示して怜は微笑む。

 防音はともかく防刃と防弾? こいつは一体何を想定しているんだ。


「……物騒だな」


「物騒な世の中なので♪」


 確かにな。校内で生徒に刀向けられたりするご時世だもんな……。

 もう深くツッコまない。


「換気扇周りにも手を入れたので匂いの強いものでも作れます♪」


「今更感はんぱないな……」


 その辺は触れなくていいお約束事じゃないのか。


「色々と器具も増えたので作れる料理の幅もいっぱい増えました♪」


「うん……いいんじゃない」


 君が楽しそうならいいよそれで。美味い料理は俺も嬉しいし。


「あとそちらの部屋は物が多くなってしまったので少し窮屈に感じるかもしれませんけど居心地は良いと思いますよ♪」


 そういって例の物々しい扉を開け放つ。

 誘われるように中を覗きこんだ。

 うっわ。


「うっわ」


 思ったことがそのまま口から出てしまう程異常さを感じる空間が目に入る。

 元々部室というか住居じゃね? って感じはあったが、そこは目に余るくらい異質だった。


「なんだよこの乙女空間は……」


 天蓋付きのベッドが一、二、三……全部で六台が壁際に並んでいる。

 廊下側に三台、反対側に三台。中央が少し空いていて通路のように絨毯が敷かれている。

 入って確認するとそれぞれベッドにはネームプレートのようなものに名前が書かれていた。

『理心』と書かれたベッドの脇には照明台と本棚が一体になったようなものがあり、何冊かの書物が収納されている。


「どうですか♪」


「どうですかってお前……」


 部室? うん、部室。気にするだけ無駄な気がしてきたな。

 いかん眩暈が……最近色々あった上に朝の電話や部室の惨状に思わずくらっときてしまった。


「この部屋ではこれが限界ですけど、下の階ならまだまだ拡張できます♪」


「もう、いいんじゃないかな」


 拡張の余地を残しているところに少しだけ恐怖を感じた。幽霊的なものではなく、人の欲深さ的なものの深淵を見た気さえする。

 それぞれのベッドを確認していくと、不思議な事に『澪』と書かれたベッドの横にだけ、やけに厳重な金庫のようなものがある事に気付いた。


「なんだこれ」


「私も詳しくは知りません♪ 皆さんの部屋のものを持ってきただけなので♪」


「え、これ全部寮から持ってきたのか?」


「はい♪ もちろん皆さん了承済みです♪」


「あぁ……そう」


 俺は自分の名前、というか役職『せんせい♪』と書かれたベッド脇を見た。

 おかしいな。俺は了承した覚えはないのに、俺の私物があるぞ。つうかどうやって教員寮の俺の部屋からこれを持ってきた。

 見慣れたシェルフに、見慣れた小物が置いてある。特に思い入れはないが、自分の部屋以外で見ると違和感あるな。

 それともうひとつ気になる点があった。


「なんで俺のベッドの横がお前と凛なんだ」


『凛』『怜』の間に『せんせい♪』なんで俺だけ名前じゃねえんだよ。

 昨夜の恐怖が蘇る。


「凛さんと相談して決めました♪」


「俺との相談は?」


 別にもう生徒に囲まれてる状態だから誰が隣でもいいけどさ。出来れば一番端とか、なんだったら下の階で一人でも良かった。


「先生に拒否権ないので♪」


 おいおい、とんでもない事言い始めたよこの子。

 俺の人権どこ行った。

 ……いやまじで今朝の写真を桜葉がばらまいたら人権どころか色々なものが危ぶまれる。


「お前なあ――」


 ツッコミかけたところで、背広の胸ポケットから着信音が流れた。

 取り出して確認すると、またも『真白』の文字。

 一日で二度か。どうせ碌な知らせじゃない。


「先生?」


 応答しない俺を不思議そうに見上げる金髪ポニテメイド。

 はぁ――嘆息しながら電話を取った。


「――もしもし」


『少し面倒な事になったわ』


 電話口の真白の声は低かった。


「お前からの電話は面倒事の合図だろ」


『それを貴方が言う? ――まあいいわ。要点を先に伝えるわ』


 電話の向こうの真白は何やらバタついているようだ。騒々しい、というより多くの人間が動いている気配がした。


『先日の田島を覚えてる? そいつが学園外への搬送中に逃亡したわ』


 田島――二日前に理心の誘拐を目論んだ人物。結果は失敗に終わったが、凛がいなかったらどうなっていたかわからない。


「そいつが逃げた? どこで――」


『言ってるでしょ、学園内よ。田島を雇っていた人材派遣会社そのものが黒だったの。そいつらが暴動を起こして一部では大騒ぎよ』


「暴動ってお前……」


 真白の背後が騒がしいのは現場にいるから?


『事実よ。貴方は理心さんの安全を優先して。このまま大人しく逃げたいだけならわざわざ学園内でこんな事件起こさないわ。多分こいつらの狙いは変わらず理心さんに向けられている』


 外部の業者が学園内で暴動騒ぎだ?

 朝の冬一郎(とういちろう)の件といい、どうなってんだ。――待てよ。


「おい、冬一郎は絡んでるのか?」


『冬一郎? 知らないわよ』


 どうにもタイミングが合いすぎてやしないか。

 柳生(やぎゅう)冬一郎(とういちろう)――あいつは、俺と真白の旧知の仲であると同時に、


 天下五剣だぞ。


 理心を狙ってるのは天下五剣としての兄とやらを蹴落としたい連中なんだろ。

 そこに冬一郎が噛んでいても何もおかしくないじゃねえか。


「おい、冬一郎は来てるのか!?」


『来てるんじゃないかしら――おばあさまが私とは会わせないようにしてるから詳しいことは知らないわ』


「冬一郎の場所は?」


『知らないって言ってるでしょ――ってちょっと待ちなさい!』


 急に語気を強めた真白からの電話が切れた。

 なんなんだ。真白にはライアンが付いてるはずだから心配はしてないが、色々ときな臭い。


 天下五剣、柳生冬一郎の来訪――それと同時に起きた暴動。

 偶然って片付けるにはあまりにも出来すぎじゃねえか。

 理心を狙っているのは柳生家……? いや……それにしては直接的な手段に出過ぎている……。

 どうする――とりあえず理心を探すか――。


「――っ!?」


 部室の窓の外……その高所から俺を見下ろす殺気に気付いて振り返る。

 屋上、そこから袴姿の男が俺を見ていた。


「怜、一つ頼んでいいか」


「あ、はい」


 黙って様子を見ていた怜は突然声を掛けられてきょとんとしていた。


「理心を探してここに連れてきてくれ」


 この部室の環境――怜が物騒への備えとして整えた環境にさえ連れてくれば時間稼ぎにはなるだろ。


「理心さんをですか?」


 怜の表情が真剣なものに変わった。

 事態が緊迫していることを感じ取ったのだろう。


「頼めるか」


「おまかせください♪」


「まかせた」


 それだけ言って俺は部室を飛び出る――が。


「うおぉっ!?」


 入口に凛が立っていた。


「殿、急務でございますか」


「お前、いたのか!?」


「はい。ずっと」


「凛さん♪」


「理心先輩の捜索はわたくしが担当致します。怜先輩は部室で待機願えますか」


「分かりました♪」


 この際誰でもいい。少しは戦える凛の方が安心か――。


「すまん、けど任せた! 無理はすんなよ!」


「殿の勅命とあれば」


 駆けだした俺の背後で、怜と凛のやり取りが少しだけ聞こえた。


「これどうぞ♪」


「――感謝いたします。これで本気で戦えます」


 女子高生の会話に入るには物騒な単語があったな、と思いつつも俺の意識は屋上にいる冬一郎への疑念で溢れていた。


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