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第49話【せんぶり茶】

 今、何時だ? 室内は真っ暗闇だ。なんとか明かりを探すが、窓一つない部屋ではそれも叶わなかった。ぼんやり光る腕時計を確認してようやく時刻を把握した。


「4時……10分……」


 早く起きすぎたな……。ん?

 両腕に違和感を覚えたので視線を向けると、俺の腕の中で凛がすぅすぅと寝息を立てていた。


「はぁっ?」


 もう片方の腕には怜がいた。


「はぁぃ!?」


「んぅ……♪」


 怜は俺の腕に巻き付くように腕を交差させている。


「殿……お目覚めでございますか……」


 しぱしぱとまばたきを繰り返しながら凛が言う。

 そういう凛も腕に縋りつくようにぎゅっと力を込めた。


「お前ら……なんでここで寝てやがる」


 出来る限りの小ささで、二人にだけ聞こえるように配慮しながら声に出した。


「そこで殿が寝ていたので」


 急にボールが来たのでみたいに言うなよ。


「♪♪」


「おい怜、お前も起きてんだろ」


 どういう発音なんだそれは。


「ふふ、先生温かいですね♪」


「俺は二人に抱き着かれて若干暑いんだけど」


 せっかく寝る前にシャワーを浴びたのに、身体は少し汗ばんでいた。


「殿、わたくしはちょうどいい温もりでございます」


「聞いてないし、俺は暑いって言ってんだけど」


「先生、もう少しお休みになられた方がいいですよ♪」


「そうでございます、早起きは三文の徳と言いますが、今の価値に換算すると団子一本買えません。寝ていた方が得でございましょう」


「お前らがどいたらな」


「そんな殺生な」


「んな物騒な事言ってねえだろ」


「ぐぅ♪」


「わかりやすい寝たふりを決め込むな」


「ああ殿、いけません、わたくしと殿は教師と生徒の関係にございます、お戯れはおよしになってくださいませ」


「何もしてねえよ」


 勝手に腕に巻き付いてくねくねしてるだけだろうが。


「先生が離してくれないので動きたくても動けません♪」


 腕どころか指一本も力入れてねえわ。


「お前らなぁ……」


「うっわ……先生がいかがわしい事してる……」


 桜葉の声に血の気がさぁっと引くのを感じた。


「いいか桜葉、よく聞けよ。これは、誤解だ。おーけい?」


「んぅ……どこが?」


 寝起きの目を擦りながら上体を浮かせた桜葉と目が合ったのを感じた。暗闇の中でも確かに分かんだね!


「どう見ても先生が両手に女子生徒を侍らせてる変態教師にしか見えないけど……」


「おーけい桜葉。これは夢だ。お前はまだ夢の途中だ」


「いや、暗くてよく見えないけどそれは無理あるでしょ……」


 桜葉のツッコミと同時に、怜が「えいっ♪」と言うとなにかを操作したように部屋の照明が付いた。

 浮き彫りになる俺の今の格好。

 大型のベッドの中央で、左右に女子生徒を抱きかかえる、とても人様には見せられない姿だった。


「……うーっわ」


 桜葉がドン引きしていた。

 寝ている間に俺のジャージははだけ、怜のパジャマも凛の和服もはだけて肌が大幅に露出している。

 こんな場面、写真にでも撮られたら俺の首が飛ぶぞ――カシャッとシャッター音が、静かな部屋に響いた。

 桜葉はスマホを構えて俺を写していた。


「お前! 何撮ってんだぁ!!!」


「うるさっ……先生の情事だよ」


「誤解されるような言い方すんなあ!!! 不可抗力なんだよ!!!」


「そうやって責任逃れすんの?」


「責任逃れも何も事実なんだよ!!!」


 見ろよこの現状を! 俺は被害者なんだ! そう叫びたかったが、現場を客観視しても何も変わらない。むしろ濡れ衣だが、誤解が加速するだけだった。


「なんすか……」


「騒がしいな……」


 理心と灯火まで同時に起きやがった。


「ん……? …………良い身分すね」


 そのまま理心はまた枕に顔を埋めた。


「おい理心、寝るな! 誤解を解いてくれ!」


「誤解してる側に誤解を解けって無茶な事言いますね」


「おい灯火! こいつらをなんとかしてくれ!」


「我は眠い。朝食はその二人に任せて我はまだ寝る」


 ううんと寝返りを打って灯火は再び目を閉じる。


「おい理心!」


 理心は再度こちらに視線を向け、腕に絡みつく怜と凛を見て、露骨に顔をしかめる。


「両手に花でいいじゃないっすか。楽しんでください変態教師」


 え、なに? ちょっと機嫌悪い? 寝起きだからか?


「おい! 捨て台詞にしても品がなさすぎるだろ!」


「二度寝するんで起こさないで欲しいっす」


 なんか棘がある気がするんだけど気のせい?


「おーい、理心? 灯火?」


「「……」」


 二人はもうだんまりを決め込むつもりのようだった。


「ぷっ、先生見捨てられてる」


「桜葉ぁ! お前さっきの写真消せ!」


「え、嫌。壁紙にでもしよっかなー」


「絶対やめろよ!!!」


「わたしもまだ眠いから寝るわ」


「おい消せ!!!」


「おやすみー」


「聞けよ! 人の話を!!!」


「先生♪」


「殿」


 こんな騒動の中、怜と凛は変わらずに俺の腕に巻き付いたままだった。


「助けてください!!!」


 俺は世界の中心で無実を叫んだ。



 *



 あの騒動の後、怜と凛はすぐさま朝食の準備と言ってベッドから出て行った。もっと早く出ていてくれれば、桜葉に写真を撮られる事もなかっただろうに。

 二人が出て行った事で安心した俺は安らかな二度寝を決め込み、起こされたのは全員が既に起床し、朝食の準備も済んだ頃だった。


「すごいな」


 シャワー室で顔を洗い、物々しい扉をくぐり、いつもの部室に行くと全員分の朝食がテーブルに並んでいた。

 俺、理心、怜、灯火、凛、桜葉。六人分が綺麗に配膳されている。


「美味そうだな」


 俺の分だけは、いつもの俺の定位置である高級そうな机の上だ。ちょっとだけ疎外感。

 鮭の切り身と冷奴と納豆と漬物と味噌汁。そして白米。朝食にしては十分すぎる献立だった。


「殿、お茶もお淹れしました」


 湯呑が置かれる。


「さんきゅ」


 さっそく、目の前の朝食にありつく。


「いただきます」


 手を合わせて言うと、全員それに倣うように「いただきます」といって朝食が始まった。

 んー、どうしよっかなぁ、白米に対しておかずが多いなあ。

 まあ足りなくなったらおかわりすればいいか!

 寝起きという事もあり、俺のIQは著しく低下していた。


「お、美味い。鮭の焼き加減が絶妙だな」


 皮はパリッと香ばしく焼き上げられつつ、身の方は固くなり過ぎず、柔らかかった。


「これも美味い」


 味噌汁にしては具が多い。細切りにした大根と大根の葉。そして豆腐とわかめに油揚げ。味付けもちょうどいい塩加減だった。


「漬物もいい漬かり具合ですなあ」


 ぽりぽりとたくあんを咀嚼し、白米をかっこむ。

 一杯目の米がなくなったので怜に声をかけた。


「怜、おかわりいいか?」


「分かりました♪」


 食事しか見ていなかったが、怜は既にテーブルの前に座り朝食の途中だった。悪い事したな。ん?


「…………」


 理心、灯火、桜葉が飯を食いながら俺を凝視していた。


「……なんだよ」


「これが、女子生徒二人と一緒に寝てた変態教師の朝の姿っすか」


「いささか怜をこき使いすぎじゃないか?」


「先生、見てよこの写真」


 それぞれが俺を追い詰める発言を浴びせてきた。


「お前ら俺になんか恨みでもあるの?」


 灯火と桜葉に関しては授業で出すテスト内容が気に入らないとかいう個人的な私怨もあるかもしれない。そんなに癖のある内容出してないんだけどなあ。

 理心に至っては先程の騒動の時からなんか不機嫌さが見え隠れしている気がする。

 俺は平静を装いつつ、凛の淹れたお茶を一口飲んだ。


「ぶふぅっっっ!!!」


「うっわ汚い!」


 桜葉が悲鳴を上げた。

 なんだこれ……とてつもなく苦いぞ!


「おい凛、なんだこのお茶!」


「それはせんぶり茶でございます」


「せんぶり……罰ゲームか何かか!?」


 こんな落とし穴があるなんて知らずに一気に口に含んじまったじゃねえか。


「殿は毎晩お酒を飲まれるようなので、胃に効くお茶をご用意いたしました」


「これがお前の善意の形なのか!?」


 ならば責めるわけにもいかない、と思いつつも口に残った苦みは残留し、消える気配がない。


「あらあら♪」


 ご飯のおかわりを持った怜が同時に布巾を持ってきて、俺の吹き出したお茶を拭いてくれる。


「すまん……」


「いいえ♪ こちらおかわりです♪」


 机と俺の口元を拭いながら怜は茶碗を差し出す。

 口を拭く際にわざわざハンカチを取り出してくれるというのも怜らしい気の遣い方だ。


 その後食べた朝食の残りは、口に残った苦みのせいできちんと味わえなかった。



 ***



 朝食も終わり、各々が教室へと登校したあとだった。

 部室に残っていた俺のスマホに真白から着信があった。

 真白から……?

 嫌な予感がする。あいつからの着信なんてここ数年なかったぞ。何だったら俺がこの学園に来て初かもしれない。


「……もしもし」


 嫌な予感を振り払いつつも電話に出た。

 そして真白が告げたのは予期せぬ、しかし嫌な予感とやらが的中した事を示す一言だった。


「柳生冬一郎が、学園に来るわ」


 早朝、授業開始前の時間に言われた一言は、確実に今日一日を安息に過ごせないというお告げだった。

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