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第47話【小腹】

「先生♪ お先にお風呂いただきますね♪」


 一連のやり取りを見ていた怜が、合間を見て声を掛けてきた。


「ああ。もう順番決まったのか。ごゆっくり」


「はい♪」


 隣の部屋に入っていく怜を見送る。


「そのあとは理心、澪、凛、我だ」


 風呂に行った怜の代わりに灯火が順番を教えてくれた。


「わかった」


「凛の順番は勝手に決めさせてもらった。構わないか?」


 厨房にいる凛に確認を取る灯火。


「問題ございません」


「というわけだ。今日は人数が多い。先生、本当に最後でいいのか?」


「大丈夫だ。なんだったら朝風呂でも良いしな」


「確かに飲酒した状態で入るより、我はそちらを推奨するが」


「えー、先生汚いー。お布団が汚れるじゃん」


 寝っ転がって言う桜葉。説得力ねえよ。


「殿が汚した寝具ならわたくしがきちんと洗濯いたします」


 温め直した茶碗蒸しを手に厨房から戻ってくる凛。

 人聞き悪い言い方だな。


「ん、さんきゅ」


 凛が持ってきてくれた茶碗蒸しを受け取る。器がだいぶ熱くなってる。

 少し冷ましてから食べよう。ていうかこれで4つめか……美味いからいいけど。


「殿、缶びーるもご用意いたしますか?」


「ん? ああ、頼むわ」


 残り少なくなっていた缶の中身を飲み干す。

 凛は冷蔵庫から新しいビールを机に置いてくれた。


「ありがとな」


「もったいなきお言葉でございます。……殿が求めるのはお酒と酒盗の類……でございますね……」


 後半なにやらぼそぼそと呟きながら凛は再度厨房に引っ込んでいった。


「先生どんだけ飲むのさ……」


 桜葉が呆れ顔で俺を見ていた。


「なくなると補充されるからつい飲んじゃうんだよな……」


 缶ビールをかしゅっと開けて口に運ぶ。

 最初に提供された枝豆と冷奴はとっくになくなっていた。


「飲ませ過ぎるなと言っておいたんだがな」


 灯火が冷ややかに俺を見る。


「これで最後にするわ」


「それがいいっすね。先生、ご飯も食べてないじゃないすか。つまみ以外にも何か食べた方がいいっすよ」


「そうだな……」


 MERiZARiKAを交えての夕食時にも、俺はつまみ以外何も口にせず眺めていただけだ。

 今日も大層美味そうな料理が並んでいたな。


「〆に何か作るか?」


「うーん、欲しい、かも……」


 灯火の提案に頷く。しかし厨房にいる凛がそれを拒否した。


「殿の胃袋を掴むのはわたくしの役目でございます。殿の本日の夕餉はわたくしに任せていただきたく存じます」


「む? そうか」


「そんなにいっぱいは食えねえぞ」


「ご安心ください、ただの茶漬けにございます」


 茶漬けか。〆にはちょうどいいかもな。


「先生愛されてるねー」


「愛ではないだろ」


 軽口を言ってくる桜葉に反論する。


「そうかなー、わたしだったらこんなに甲斐甲斐しく料理作ったりできないけど」


「給仕部員らしからぬ発言だな」


「まあ幽霊部員だしねー」


「澪は給仕部向きだと思うんだが……」


「そんな訳ないじゃん。料理もしたことないのに」


「したことがない、だけだろ」


「ん……そうかもね」


 何やら灯火と桜葉が意味深な会話をしている最中、シャワーを終えた怜が部室に戻ってきた。


「次、理心さんどうぞ♪」


「あ、どもっす。じゃあお先っす」


 会釈しつつ理心は怜と入れ替わりにシャワーを浴びに行った。

 怜は先日同様にデフォルメされた動物がプリントされた可愛らしいパジャマ姿になっている。


「殿、どうぞ」


 凛の差し出す椀の中には出汁に浸された白米と、その上には鯛らしきものが軽く炙られて乗っていた。


「こりゃまた豪華だな……」


「途中で味を変えられるように、薬味も用意してございます」


 小さな皿には小ネギや生姜やわさびが各種揃えられていた。


「美味そうだ。いただきます」


 まずは何も入れずにそのまま椀を持ってかっこんでいく。

 美味い。昆布と鰹の合わせ出汁に鯛の風味が良い感じにマッチしている。

 そのままずるずるとかきこむとあっという間に椀は空になった。

 少しだけ物足りずに、茶碗蒸しにも手を伸ばす。


「まだまだ備えはございます。おかわりなさいますか」


「頼む」


 そう言って凛に空になった椀を渡す。


「ごくり……なんかわたしも小腹空いてきちゃった」


「さっき食ったんじゃないのか」


「だって先生、すごい美味しそうに食べるんだもん。見てたらお腹すくでしょ」


「桜葉先輩にもお持ちいたしましょうか」


「お願いしていい?」


「かしこまりました」


 しばらくすると二人分の椀を持った凛が厨房から戻ってきた。

 俺と桜葉にそれぞれ配膳する。


「さんきゅ」


「ありがと。……めっちゃ美味しそう」


「お好みでお使いください」


 桜葉の前にも俺と同じように薬味を並べていく。


「次はネギとわさびを入れてみるか」


 薬味を足して、一口食べる。

 わさびのつんとした刺激が鼻を抜けていく。


「うん、美味しい。そのままも良いけどわさびが合うね」


 桜葉は初めの一口をそのまま食べ、順次薬味を追加して味わっている。


「これはつい食いすぎちまうな」


 するすると入っていく為、大変危険だ。

 俺はこの椀を最後にする事にして、薬味をいっぺんに放り込んで残りをかきこむ。

 美味すぎる……。

 薬味の風味が舌と鼻に広がり脳味噌に幸福感を叩きこんでくる。

 俺と桜葉は美味しい美味しいと言いながら茶漬けを完食した。


「美味かった。ありがとな凛」


「ごちそーさま。美味しかった」


「もったいなきお言葉でございます」


 言いながら食器を片付ける凛。同時に緑茶まで用意してくれていた。


「よかったらお口直しにどうぞ」


 そう残して食器を持って厨房に引っ込んでいった。

 怜といい凛といい、給仕部の子は配慮が行き届いているな。一部例外はいるようだが。


「あー、先生のせいで食べ過ぎた」


「俺のせいかよ」


「じゃなきゃこんな時間に食べないよ」


「確かに、飯を食うにはちょっと遅い時間かもな」


「太ったら先生のせいだー」


「俺は関係ない。節制できてない自分のせいだろ」


 俺が言えた事じゃないが。


「それ先生が言うー?」


 桜葉にもツッコまれてしまった。

 そうこうしていると理心が風呂から戻り、入れ替わりで桜葉が風呂に行くことになった。


「先生覗かないでねー」


「覗かねえよ」


 設備の説明の為に怜も一度ついていく。

 二人を見送り、理心に視線を向けた。


「しかし唐突だなここに泊まろうなんて」


「唐突っすかね? 一昨日も泊まったじゃないすか」


「あれは俺の失態が原因だろ。今回はそういうんじゃなくてお前らで相談して決めたんだろ?」


「発案者は怜だ。理心をなるべく一人にしたくないようだな」


「なんか、昨日私が目の前で攫われるところを見たのが結構堪えてるっぽいっすね……申し訳ないことに」


「そりゃまぁ……」


 友人が目の前で怪しげな男にいきなり昏倒させられて連れ去られる現場なんて、普通目にしないからな。年頃の娘には刺激が強かったか。

 怜も怜で自分を顧みない性分だから余計に気にしてるんだろう。


「先生は問題ないんすか? いきなり決まっちゃったっすけど」


「俺よりお前らだろ。いいのかこんなおっさ――お兄さんと同部屋で」


「私は気にしないっす。先生が今更何かするなんて思ってないんで」


「我も気にしない。少しだけ楽しみでもある」


 お前も合宿気分かよ。


「ならまぁ、いいか。嫌になったら早めに言えよ。あと、同部屋が嫌なら俺はこっちで寝てもいいからな」


「了解っす」


「わかった」


 二人は頷く。


「凛、お前も嫌なら嫌って言っていいんだぞ」


 畳に正座しながら黙々と話を聞いていた凛にも言っておく。


「問題ございません。むしろ、殿を間近で見る事が出来る絶好の機会でございます」


「あぁ……そう」


 自分で言うのもなんだが、俺を見てても何も楽しい事ないと思うぞ。

 ガチャっと扉が開き、桜葉を案内していた怜が戻ってくる。


「先生♪ 明日のお昼休みに部室に来れますか♪」


「ん、ああ。来れるぞ」


「明日の改装は午前中には終わってると思うので、改めて案内させていただきますね♪」


「……相変わらずすごい作業速度だな」


 一回、作業現場を見てみたい。やっぱり時空を歪める装置とか使ってるのかな。


「皆さんが快適に過ごせるようにあちらの部屋も少しだけ手を加えるので♪」


 本当に少しだけ、なのか?

 いままでの改装歴を思い出す。とても信じられないな。


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