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第46話【家臣】

 怜と凛が振舞った夕食を終え、少しばかり穏やかな時間が過ぎた頃だった。


「あたしらはそろそろ帰ろうか」


 ひとしきり飯と雑談を楽しんだ鮮花が立ち上がる。


「余はまだ納得出来んぞー!」


「…………」


 鮮花は騒ぐ芽莉衣を引きずるようにして部室から出て行こうとする。

 それを梨花がぼんやりと観察していた。


「気を付けて帰れよ」


 俺はひらひらと手を振る。今日は普段よりも早い飯だった為、俺はまだ酒を飲んでる途中だった。

 ちょうど他の部も活動終わりの時間だ。日も暮れてきたとはいえまだ校舎の外はそれなりの喧騒を感じ取れた。わざわざ送っていくような時間じゃない。


「ご飯、御馳走様でした。ほら行くよ」


 ずるずると引きずられながら芽莉衣がわめく。


「待て待て! まだファン先生にサインを書いてないぞ!」


 覚えてたのか。なんだファン先生って。


「あぁ、そんな事言ってたね。ファン先生、サイン欲しい?」


「欲しい」


 即答した。


「色紙ある?」


「あー、ないな……」


「ありますよ♪」


 怜がリュックから折り目ひとつない綺麗なサイン色紙を取り出す。


「そのリュックどうなってんだー?」


 興味深そうに見ている芽莉衣に「秘密です♪」と怜は答えた。

 怜は色紙とペンを芽莉衣に渡す。


「書いていいのかー?」


「どうぞ♪」


 さらさらさらっと色紙の中央に『MERiZARiKA』と書いてその下に自分の名前を書くと鮮花に回した。

 受け取った鮮花も書き、梨花に回していく。

 書き終わると再度芽莉衣の元に色紙は戻った。


「ファン先生、余たちのサインだよー!」


「ありがとうございます」


 深々と頭を下げ、色紙を受け取った。


「なんで敬語なんすか……」


 理心がなにやら言っていたが気にしない。

 サインを終えたMERiZARiKAメンバーはそのまま帰宅していった。


「怜、色紙ありがとうな」


「どういたしまして♪」


 その様子を見て凛が「むぅ……」と唸っていた。これも気にしない。

 しかし学生バンドながらに中々書き慣れてたな。

 デザインも結構凝ってる。


「部室にでも飾っておくか」


 俺は視界を巡らせてちょうどよさそうな場所を探す。


「ならこちらはどうですか♪」


「ああ、ちょうどいいな」


 怜が示した場所に同意する。


「明日の改装の後に飾っておくので一度お預かりします♪」


「頼んだ」


 最後に色紙をもう一度だけ眺めて怜に渡した。


「先生さー、あのバンドの何がそんなにいいの?」


「お前はまだいたのか。あいつらの世話係じゃねえのか」


 桜葉がソファーにごろんと寝転がりながら聞いて来た。

 リラックスしすぎだろ。


「もう部活も終わりでしょー。することないしいいじゃん」


「することないなら帰ればいいだろ」


「ここ居心地いいんだよね。このソファーめっちゃ柔らかいし寝心地良すぎだし。それにまだ皆残ってるじゃん」


「こいつらは……まあ、後で送っていくつもりだからな」


「じゃあそれまでここでだらだらするー」


 桜葉はさらにだらしない格好で仰向けになりスマホを見始めた。


「お前に恥じらいはないのか」


 年頃の娘が、スカートも際どいしシャツのボタンも外れて肌がだいぶ露出している。


「ここには生徒には手を出さない先生と女子しかいないからいいんですー」


 まったくこいつは。さっきまで割と不貞腐れてたのにいつも授業で見るような態度に戻っている。


「――あの、先生」


「ん?」


 怜が妙にかしこまって俺に耳打ちする。


「少し部長と理心さんと話したんですが、今日からここで寝泊まりするわけにはいきませんか?」


「はぁ?」


 驚いて少し大きな声を上げてしまい、桜葉がなに? とチラリと見てきた。なんでもない、と誤魔化して小声で怜に言う。


「今日だけ、じゃなく今日から?」


「はい――先日の件もありますし、理心さんを寮内とはいえ一人にするのは少し不安で……」


 それは俺も昨日思った事ではあるが、まさかこいつらからそんな話をしてくるとは思ってなかった。


「ここで寝泊まりって、誰が」


「私と理心さん。そして凛さんと部長ですね♪」


 桜葉を除いた全員じゃねえか。


「生徒だけじゃねえか。それなら寮にいるのとそんなに変わんねえだろ。理心の部屋に誰か泊まりに行けば済む話だ」


「あ、いえ――もちろん先生がいるのが前提条件なので♪」


「俺もかよ!」


 また声を大きくした俺を桜葉が見てくる。


「なんなの?」


「なんでもねえ」


「ふーん」と言ってスマホに視線を戻す桜葉。


「つまり、この間みたいにあっちの部屋で皆で寝ようってか?」


「そうです♪ 先生以外は了承済みです♪」


 俺が最後ですか。しかし、なんで揃って了承してんだ。普通嫌だろ、年頃の娘がプライベートな個室を捨てて、わざわざ教師のいる部室で寝泊まりだ?


「……怜はどう思ってるんだ」


「楽しそうだしいいかなって♪」


 合宿気分かよ……。


「俺としちゃ送る手間も帰る手間もなくなるから別に問題ないんだけどな……まあ、数日試すくらいのつもりでやってみるか」


「ありがとうございます♪」


 どうせ理心が来る前はここで寝てたりも普通にしてたしな。

 問題があるとすれば、生徒とはいえ女子と同じ空間で過ごさなきゃならんって事だ。俺はともかくこいつらが耐えられずに数日で音を上げるだろ。

 その時、理心と視線が嚙み合う。俺は口だけを動かし、「いいのか」とアイコンタクトを混ぜて伝える。それに対し理心は静かに頷いた。



 ***



 酒をちびちびと飲み進め、気付けば夜もだいぶ更けてきた。

 凛お手製の茶碗蒸しは、食べ切る度に新しいものが差し出される為に、もう3つも食ってしまった。


「ふわぁ~ぁ。……いつもこんな時間までここにいるの?」


 あ、いかん。桜葉を送るのを忘れてた。

 さっきの怜の提案により、今日は泊まりになると知って気が緩んでいた。


「ああ、悪い桜葉。今日こいつらは泊まるつもりらしいから、お前だけでも送っていくぞ」


「え、泊まんの? 部室に?」


「そういう話になってるっぽい。俺もさっき知った」


「じゃあわたしも泊まるー」


「なんでだよ」


「帰るの怠いしー……あ、でもスマホの電池がそろそろ危ないなー……それにお風呂も入りたいしやっぱ帰るかー……」


 ソファーでごろごろしながら迷っている桜葉に怜が言う。


「充電器ならありますよ♪ それに、シャワーでよかったら隣にあります♪」


「まじ? 環境整いすぎでしょ」


 俺もそう思う。


「そろそろ我らも風呂を済ませるか」


「そうっすね……ちょっとのんびりしすぎたっす」


「ねえ先生」


「なんだ」


「わたしも泊まっていいの?」


「別に、好きにすりゃいいだろ」


 送っていく手間がない分、俺としては助かる。


「ほんとに? このあと酒池肉林の宴が始まったりしない?」


「お前そればっかりだな! なんもしねえよ!」


「なら楽しそうだしわたしも泊まるー」


「お風呂の順番になったら教えて」と言ってまただらだらと横になる。


 本当にここの生徒たちは自由だな……。校内で酒を飲んでる俺も大概か。


「殿はいつ湯浴みをする予定でございますか」


 俺の座る高級そうな机の横の畳に正座して見上げる凛が聞いてきた。


「俺は最後でいい。お前らは入ったらとっとと寝ろよ。授業中に居眠りとかすんなよ」


「わたくしも殿と一緒に入ります」


「なんでそうなる」


「殿のお背中を流すのも家臣の務めゆえ」


「そんなの求めちゃいねえ」


「しかし、殿が快適に過ごせる時間を作るのも家臣の務めでございます」


「凛、最初に言っとくぞ。俺は別にお前に何かをしてほしいなんて思ってない」


「そんな……」


「ただ、お前がしたい事を否定するつもりもない。だけど俺も望んでいないことを受け入れるつもりはない」


「……つまり、殿の望んでいない奉仕は受け入れられない、と」


「そういう事だ。俺に仕えるってんなら、俺がされて嬉しいと思う事をお前が取捨選択して行動すりゃいいんだ」


「殿が……望む事を……」


「凛、茶碗蒸し美味かったぞ」


「! でしたらたくわえはまだまだございます!」


「じゃあもう一個くれ」


「はい! ただちに!」


 しゅたっと立ち上がって厨房に駆けていく凛。

 こいつは誰かに仕えるなんて初めてだろうからな。

 だから思考と行動が先走って、『喜びそうな事ならなんでも』したいと思っちまう。仕える人間を見ていない。一般的な感性から、なんでもかんでも与えればいいと思っちまう。それだと誰が主君とやらになろうと何も変わらない。言われた事に愚直に従うだけじゃ、優秀な家臣とは言えない。仕える人間によって対応を変えてこそ、本当に優秀な家臣とやらだと、俺は思うぞ。


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