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第45【団欒】

 文芸部室にやってきたMERiZARiKAのメンバーと桜葉は、怜の歓迎によりソファーに座らされた。

 理心、灯火の横に澪、芽莉衣、鮮花、そして一言も発していない梨花が座っている。


「…………」


 さっきまで飲んでいたビールの余りが俺の机に残っていた。梨花はそれをじーーーっと見ている。

 目を逸らしつつ残ったビールを一気に飲み干した。するとすかさず怜が「どうぞ♪」と冷蔵庫から新しい缶を机に置いてくれた。


「…………!」


 その様子を見ていた梨花が少しだけ目を見開く。やめろよ。そんな目で見るなよ。


「いい部屋だなー!」


 と芽莉衣が部室を眺めて言う。


「ところで、文芸部ってどんな活動してるの?」


 鮮花が理心に色々話しかけていた。


 げんなり顔のままの澪は俺を見て、そして呆れたような顔になる。


「先生、ここでお酒飲んでるの?」


「今日はたまたまだ」


「いつもだろう」


 灯火が突っかかってくるが無視する。

 怜は厨房、凛はその手伝いをしているが、さっきの怜の行動を見てなにやら凛が怜に絡んでいる声が聞こえた。


「殿への給仕は今後わたくしが致します」


「お気になさらず♪」


「いいえ、わたくしが」


「大丈夫です♪」


 謎の圧を放つ怜に負けじと食らいつく凛に、「じゃあ早い者勝ちです♪」と怜がまとめていた。なんだこの状況。


「人多いんだよなあ……」


 集まった生徒たちは各々で雑談を楽しんでいるようだった。

 余った俺は一人で缶ビールを飲みながらその光景を眺める。

 理心も自然に笑えるようになったな……なんか感慨深い。灯火、芽莉衣、鮮花に囲まれ話している姿を見ていると、なんだか涙が――別に出ないけど。あいつは皮肉を言った時以外笑った顔を見せなかったからな。先日の件で少しずつ周りに溶け込もうとする理心の姿に拍手を送りたいね。


「…………」


「んん。ごほごほ……」


 この梨花って子、ずっと俺を見てくる。

 周りの話に加わらずに、ただただ怜に出された紅茶を手に、じっと俺を見てくる。思わず咳払いで気まずさを誤魔化す。


「…………………」


 見てる。すっごい見てる。ちらりと横目で梨花を見る。やっぱり見てる。俺を見てる。いや、本当か? 俺の後ろとかにこいつの気を引く何かがあるだけじゃないのか?

 俺はわざとらしく缶ビールを持ち上げて、さらにわざとらしく口に持っていく。

 梨花の視線はその缶を追っていき、最後には酒を飲む俺に焦点を合わせた。見てる。この子はやっぱり見ている!


「………………………………」


 怖い怖い怖い怖い。

 せめてなんか喋れよ。そうすりゃ気さくなおっさ――お兄さんは喜んで会話するのに!


「先生、どうぞ♪」


 梨花の視線に怯えているといつの間にか近づいていた怜がいつものおつまみセット、もとい居酒屋のお通し的なものを置いてくれた。

 枝豆と冷奴、そして蓋付きの小さなお椀。なんだこれ。


「こちらは凛さんが作った茶碗蒸しです♪」


「茶碗蒸しか……良いな」


「怜先輩、提供はわたくしがすると先程申したはず!」


「早い者勝ちです♪」


 などと言い争いをしながら二人は厨房に戻っていく。

 なんだかなぁ。


「灯火の言ってた給仕を学べ、って先生への?」


 桜葉が雑談の輪から抜けて俺の近くに来ていた。


「それは違うだろ……」


「どう見てもあの二人先生にお熱じゃん。参考になんないよ」


「お熱とか言うなよ……あいつらはあれが普通なんだろ」


「それ本気で言ってんの?」


「本気も本気」


「やばいね先生」


「なんだよ……」


「別に。校内でお酒飲んでるし、生徒につまみ作らせてるし、先生って意外と俗物教師だったんだね」


「おまっ……人聞き悪い言い方すんなよ」


 不可抗力だからな。いつの間にか怜が来るようになって美味い飯を作るようになって、いつの間にか俺のつまみが提供されるようになっただけだ。


「先生さー、実は生徒に手出したりしてる?」


「ぶはっっ!!!」


 ちょうど口に含んでいたビールを盛大に吹き出す。


「うわっ、汚っ」


「んなわけねえだろ! 何を言い出すんだお前はっ!」


「だって先生男じゃん。こんな慕ってくれる可愛い子に囲まれてたら変な気のひとつも起こすんじゃないの?」


「お前は俺をなんだと思ってるんだ……生徒に手ぇ出す訳ねえだろ」


 目と鼻と口から吹き出したビールを袖で拭う。


「ぷっ……面白い顔」


「お前なぁ……」


「はいはい、変な事言ってごめんごめん。拭いてあげるからじっとしてて」


 そう言って桜葉は制服のポケットからハンカチを取り出して俺の顔を拭き始める。


「ぷふふ……汁出し過ぎでしょ」


「言い方」


「ごめんごめん。普段の先生とのギャップでちょっとウケた」


「ギャップだ?」


「だって先生、いつも淡々と授業して終わりじゃん。軽口とかには反応してくれるし、試験の範囲とかも教えてくれるけど、全然笑わないし」


 顔を拭きながら、桜葉は続ける。


「だから、意外と親しみやすい先生だったんだなー、って思っただけ」


「なんだそりゃ……」


 拭き終わると、桜葉はそのハンカチを再びポケットにしまった。


「洗って返すぞ」


「ん? ああ、別にいいよ。先生の色んな汁が染み込んだハンカチはこのままお持ち帰りしまーす」


「だから言い方考えろ!」


「ぷくく……ごめんごめん」


 わざとらしく笑う桜葉。こいつが軽口を言って教室を沸かせるのは日常茶飯事とはいえ、こうやって自然に笑っている姿はあまり目にしないから新鮮だった。


「随分仲が深まったようでなによりだ」


 灯火がソファーに座りながら言う。いつの間にか部室に集った生徒の面々が俺たちのやり取りを見ていた。


「だって先生、校内でお酒飲んでるし、それを至る所から吹き出すしで面白いんだもん」


「言い方」


「ぷふふ……ごめんごめん」


「澪のこんな楽しそうな姿は久しぶりに見たな」


「ねぇ灯火、いっそわたしも文芸部所属にしてよ。そうすればちょっとは楽しめるかも」


 はぁ、と嘆息して灯火が言う。


「それは無理だ。ほとんど活動内容も不明の部活に給仕部の人員をこれ以上増やす訳にはいかない。現に、今でも怜と凛がいるわけだしな」


 いつの間にか凛は文芸部所属の給仕部員になっていたらしい。


「えー、だって灯火も来てるんでしょ? 不公平だー」


「我は一応観察という役目があってだな……」


「言い訳だー横暴だー職権乱用だー」


「……そうまで言うなら澪。別にここに来てもいいが、お前に与えた役割を果たした上でなら許可する」


「許可? 横暴だー!」


 構わずに灯火は続ける。


「MERiZARiKAの面倒をしっかり見た上でここに来るのはお前の自由だ。我の関与することじゃない。幸い、部室は隣同士だし、来たければいつでも来れるだろう」


「……なるほど」


 得心のいった顔で桜葉は頷く。そして続けた。


「こいつらの面倒を見るかは別として、確かに来たければいつでも来れるかー」


 桜葉はMERiZARiKAの面々を見ながらうんうんと頷く。


「余たちへの給仕は二の次かー?」


 芽莉衣が桜葉に詰め寄るが、それをしっしっと手で追い払う仕草をする。


「最低限、お茶汲みくらいはしてあげる。でも機材の面倒は自分たちで見てね」


「それではわざわざ給仕部に来てもらう意味がないぞー!」


「そんなの知らない。こっちの方が楽しそうだしわたしはこっちで時間潰す。なんか用があったら言いに来てくれればいいから」


「おいおい……」


 こいつまで部室に通うつもりか。


「ねえ先生」


「……なんだよ」


「暇な時来てもいいでしょ?」


「俺は別に構わんが……」


 この部室にはそれなりに問題が多い。余所の、何も知らない娘っ子を巻き込むのには気が引ける。

 灯火に視線を送る。


「……先生が認めるなら、我からは何も言う事はない」


 お前さぁ。こういう時だけ俺を目上の大人として扱うなよ!


「じゃあそういう事で。どうせこいつらはバンドの練習しかしないし多少ほっといても平気でしょ」


 そんな感性で勤まるのか給仕部員。

 どうもこいつは謎だな。怜や凛や灯火と違って、進んで誰かに何かを与えようとする気概のようなものを感じない。まあ、さっき思いっきりビールを吹き出した俺の顔を拭ってくれたりはしたが。


「好きにしてくれ……」


 枝豆を手に取って食べ始めながら俺は嘆息交じりに呟いた。


「うぅ……せっかく専属の給仕部員が付いたと思っていたのに……」


 芽莉衣は納得行ってなさげだった。

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