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第44話【ファン】

 廊下に出るとさっきよりも音がはっきりと聴こえた。どうにも隣の教室の扉は開け放たれた状態らしい。部室棟全体に届いてるんじゃねえのかこれ。


「おーい」


 開いたままのドアをトントンとノックして中の様子を窺う。

 確かに昨日、中庭のステージで演奏していた生徒たちだった。


「おーい」


 演奏に集中しているのかこちらに気付く様子がない。

 少し強めにノックを繰り返す。


「ごめんくださーい」


 ドンドン。


「人んちっすか」


「全然気づかねえぞ」


 もう一度ノックしようとした瞬間――扉の横にいたらしい人影がぬっと出てきた。


「ひゃいっ!」


 急に現れた人影に驚いて飛び跳ねちゃった。


「ひゃい?」


 理心が冷ややかな表情で見ていた。


「なにー? あぁ……先生じゃん」


 人影の正体は桜葉だった。――桜葉澪。3年Aクラスの成績優秀な生徒だ。灯火とはクラスメイト兼友達のような感じだったはずだ。


「さ、桜葉か。何やってんだここで」


「こいつらの面倒見てやれって灯火に押し付けられた」


「灯火に?」


 昨日もライブの機材設置やらを手伝ってたな。


「めんどくさいしうるさいし……帰りたい……」


 元々ダウナー系っぽさを感じる桜葉だが、今日はいつにも増して覇気がない気がする。


「つうかお前どこに座ってんだよ」


 教室の扉の横の椅子に腰を下ろしている。ちょうど廊下側からは死角になる位置だ。おかげで驚いちゃったじゃねえか。


「近くにいるとうるさいし、扉閉めると音籠ってうるさいし、出来るだけ静かな場所を探してるの」


「そうまでしている意味あるか?」


「まぁ……あるっちゃあるし、ないっちゃない」


「なんだそりゃ?」


 首をかしげていると後ろから声が聞こえた。


「澪は給仕部員だからな。たまにはこうして働いてもらおうと思って」


 灯火がいた。


「灯火さん、どもっす」


「ああ理心」


 二人が挨拶している横で、桜葉はぶすっと口を尖らせる。


「ちょっと灯火、個人情報勝手に教えないでよ」


「せっかくぼかしてたのに」と桜葉が言う。


「お前が、給仕部……?」


 桜葉に向き直って訊ねる。こいつは成績こそ良いが授業態度はそこまでよくない。机に突っ伏していたり、軽口で授業の進行を妨げたりとかな。給仕部と聞くとどうしても怜や灯火と比べてしまう。絶対に向いてないだろ。


「幽霊部員みたいなもんだけどね」


「澪は今までどこにも派遣していないからな。本人がやる気もないのに無理矢理させるのもどうかと思っていたが、澪も3年だ。引退する前に一度くらい現場を経験させておこうと思ってな」


「無理矢理させるなー、帰らせろー」


「お前なんで給仕部になんか入ったんだよ……」


「1年の時は別にすることもないしいいかなーと思って入っただけだし。半分は灯火に無理矢理誘われたからだけど」


「澪は向いていると思ったんだが……」


「どこがだよ。絶対向いてないだろ」


 現に今も大層だるそうにしてらっしゃる。


「そう言われるのも心外だわー」


 そうこう話していると大音量の演奏が突然止まった。

 どうやら入口で話している俺たちに気付いたらしい。


『なにかあったかよー!』


 マイク越しにギターを担いだ子が叫んだ。ハウリングして最高にやかましい。


「うるさっ……ったく、いちいちマイク通さないでよ」


 悪態を吐く桜葉はちょいちょいとメンバーを手招きする。

 それぞれが楽器を置いてこっちに向かってきた。


「なにかあったかよー!」


「うるさい。MCのテンションで喋らないでよ」


「それでこの人たちは? ん、明智じゃん」


「どもっす」


 さっきまでベースを弾いていた長身の女性が理心を見て反応する。

 クールな雰囲気を醸し出すその生徒は、理心にふっと笑いかける。


「どうしてここに?」


「隣が文芸部なんで、挨拶に来ただけっすよ」


「文芸部?」


 なにそれ、とでも言いたげな顔だった。

 数年間、特殊な事情で連れてこられた理心以外の部員が入っていない文芸部はやはり認知度が低いらしい。


「私文芸部なんで」


「へぇ……この隣って空き教室かと思ってた」


「酷い認識っすね」


「なんだよー、鮮花の友達か?」


 ギターボーカルの子が話に加わる。


「クラスメイト」


 鮮花と呼ばれた子はぶっきらぼうに答える。


「そうかー、よろしくなー芽莉衣だよー」


 気にした様子もなくその子は理心の手を取って強引に握手した。


「あ、ええ、どもっす」


「それでこっちの人はー?」


 芽莉衣が俺を見て言う。


「あ、どうも。ただのファンです。昨日のライブ最高でした」


「そうかー、ファンの人かー! ライブ来てくれてありがとなー!」


「いやいやどう見ても教師でしょ」


 鮮花がツッコむ。


「この男は文芸部の顧問だ」


 と灯火。


「先生こういうのが好きなの?」


 と澪。


「一瞬でファンムーブ始まったっすね」


「あとでサインください。CDとかあるなら買います」


「どんだけハマってるんすか。さっきはうるさいって言ってたっすよね」


「さっきはちょっと風邪気味だったんだ」


「どういう言い訳っすか」


「まぁ隣であれだけジャンジャカやられたらうるさいだろうね」


 桜葉はうんざりとした顔で芽莉衣を見て言う。


「音の問題は明日には改善予定だ」


「改善?」


「防音仕様の壁に改修する」


 また改装か。どこから出てるんだその費用は。


「灯火、わたしにも耳栓買ってよ」


「検討しておく」


 耳栓くらい買ってやれよ。


「ていうかもう帰っていい? こいつら演奏しかしてないし給仕いらないでしょ」


「やる事はいっぱいあるぞ。消耗品の購入に弦交換に各種スピーカーの配置の見直しや休憩の時のお茶汲みなど――」


「もういいもういい。なにそれ、そんな事まですんの?」


「今言ったのはほんの一部だ。軽音部に派遣している給仕部員はもっと細かく色々面倒見ている」


「うわぁ……だるすぎ……」


「澪さん頼んだよー!」


「最悪……」


「とにかく、今日は出来るだけ音を絞ってくれ。文芸部室はともかく、他にも活動している部活はあるからな」


「そういう事なら休憩にしようか」


「そうするかー」


 鮮花が言うと芽莉衣も賛同した。


「それなら文芸部に行くといい」


「え、なんで」


 正直来てほしくはないんだが。生徒に飲酒姿を晒すのもなぁ……今更過ぎる気もするけど。

 俺の視線に気付いた灯火が続ける。


「怜も凛もいるのだろう。澪に二人の動きを見て給仕というものを学んでもらういい機会だ」


「学びたくないけど……」


「いいな! このまま立ち話も疲れるしなー!」


 げんなりした桜葉を横目に、MERiZARiKAのメンバーは楽しそうだった。

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