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第43話【騒音】

「ようお疲れ」


 業務を終えて部室に行くと、既に理心と怜はティータイムを始めていた。


「お疲れっす」


「お疲れ様です♪」


 出迎えられながら俺は定位置に座る。無駄に光沢のある高級そうな椅子と机だ。


「先生、今日はお酒ですか、それとも珈琲をお淹れしましょうか♪」


 ソファーから立ち上がりながら聞いてくる怜。


「酒だな。昼休みの時から飲みたくて仕方ねえ」


「アル中じゃないっすか」


「昨日酒抜いたから余計にアルコール欲しくてたまらねえ」


「アル中ですね♪ どうぞ♪」


 怜は冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出すと、そのまま俺の机に置いてくれた。


「さんきゅ。――ところでこれはなに?」


 入ってきた時から目に入ってはいたが、誰も触れないので聞いてみた。

 俺の視線の先にはどこから持ってきたのか、一畳分の畳が机の傍に置かれている。その上には……なんだこれ?


「そこは凛さんが用意されたスペースですね♪」


「いや、意味が分からないんだが」


 茶道で使いそうな道具一式が整然と並ぶ畳。

 茶碗に茶杓に茶筅に茶釜。そしてどういうわけか囲炉裏のようなものが床から生えてる。


「俺が昼来た時にはなかったぞ」


「先程凛さんが来て置いていきましたよ♪ 今はそちらでシャワーを浴びてます♪」


 怜が指差す先には物々しい扉があった。

 この扉の奥にはベッドやらシャワーやらトイレやらがある。ついでに洗濯機や乾燥機なども。到底部室の一部とは思えない設備は、怜と灯火が共謀して作り上げた生活空間だ。今いる部室も大概だがな。ここも大型のディスプレイと調理学校かと疑うような厨房施設に、一体何人が座る事を想定したのかわからないソファーが二基用意されている。


「先生モテモテっすね」


「なんでそうなるんだ」


「凛さんが来た時、お慕いする殿がより快適に過ごせる環境を作って参ります、って言ってたっすよ。殿って先生の事っすよね」


「あいつ……」


 俺は目頭を押さえて嘆息した。


「シャワーを浴びに行く前も、殿に不格好な姿を晒す訳には参りませんって言って行かれましたよ♪」


「どういうことなの……」


 別にあいつがどんな格好してようが俺には関係ないんだが。

 その時、物々しい扉が開くと凛がひょこっと顔を覗かせた。


「先輩方、失礼を承知でお先に湯浴みを済ませていただき感謝いたします」


 扉から顔を覗かせた凛の視界にはまだ俺は映っていないようだ。


「お気になさらず♪ 先生来てますよ♪」


「えっ殿が!?」


 扉をがばっと開け俺を見る凛。


「殿! いらしていたのですね、御挨拶が遅れ申し訳ございません」


 言いながらがばっと飛び上がり正座の姿勢で畳に着地する凛。

 その格好は帯も結ばずに着崩れた和服姿だった。胸元からサラシが大胆に露出している。


「おまえ! なんつう格好で出てきてんだ!」


 さっき怜が言っていた「殿に不格好な姿を晒す訳には参りません」って台詞はどこいったんだ! 年頃の娘がおっさ――お兄さんに晒していい格好じゃねえぞ!


「殿にならどのような姿を見られようと恥ではございません。いずれ閨を共にする身であればこそ、このような姿を晒すのは殿だけでございます」


「俺以外にも人いるだろ! つうか閨ってなんだ共にしねえよそんなもん!」


「そんな!」


 心底衝撃を受けたと言わんばかりに凛の表情が驚愕で歪んだ。


「凛さん、はしたないですよ♪」


「はっ、申し訳ございません。少々先走りすぎたようでございます」


「服をちゃんと着てこい服を。和服とはいえ下品に見えるぞ」


「げ、下品……! わたくしが……下品……?」


 よろよろと畳から立ち上がり、とぼとぼと扉に向かう。


「お、お目汚し失礼いたしました。無礼をお許しください殿」


 そう言って扉の先に消えていった。


「先生に会えてうれしかったんですね♪」


「そういう話なのこれ」


「いいじゃないっすか、慕ってくれる和服美人」


「言葉面だけなら良いんだけどな。生徒だぞ」


「関係あるんすか?」


「あるだろ。生徒って問題を除けばお前ら全員魅力的だからな」


「えっ?」


「ふふっ♪」


 ……なんか、言葉選びを間違えた気がする。

 空気が凍てつくのを感じた。


「先生♪ どういう意味ですか? ぜひお聞かせください♪」


「私も気になるっすね……どういう意図の発言っすか」


「なんも他意はねえよ! 単にお前らは可愛いって言っただけだろ?」


 瞬間、また空気が凍った。

 どうやら俺はまた言葉を間違えたらしい。


「可愛い……可愛い……! 可愛い……♪」


「やーばいっすねこの教師」


「待て! 勘違いするな! 俺は別に変な意味で言ってるわけじゃない! 理心も顔は整ってるし、怜は器量も良いし、凛もおしとやかな印象で悪い印象を与えてないって事を言いたいんだ俺は!」


「必死っすねこの変態教師」


「おまっ」


「私はどんな意味でも嬉しいです♪」


「殿、わたくしの事もそういった目で見てくれているのですね」


 扉から顔を覗かせた凛が言う。


「だから! そういう意味じゃねぇっての!!!」


「先生が望むなら教師と生徒というのを忘れて過ちを犯してもいいんですよ♪」


「お前自分が何言ってるかわかってんのか!?」


「殿、わたくしも、求められて拒否することは致しません」


「お前らもっと自分を大切にしろ!!!」


 俺の叫びはむなしく部室に響くばかりだった。

 その時、隣の部屋からドンドンと振動が伝わってきた。


「なんだ?」


 その振動を皮切りに、やたら激しい騒音が隣から響いてきた。


「うおおおおお、うるせええええ」


 じゃかじゃかと甲高い音やら低音の振動が鳴り響く。


「なんすかこれ」


 理心が耳を塞ぎながら顔をしかめる。


「そういえば隣に軽音部の方が来るって部長が言ってました♪」


 変わらぬ様子の怜が言う。


「軽音部ぅ?」


「軽音部内で騒音が凄いって追い出された人たちに隣の空き教室を提供するって先日の部活会議で言っていました♪」


「部内で揉めた連中を引っ張ってきたのかよ」


 ギター、ベース、ドラムの騒音は鳴り止む気配がない。


「この部屋防音にしたんじゃなかったっけ?」


「こちらの部屋はまだ未改装ですね♪ 防音、というか特殊な壁を使ったのはあちらの部屋だけです♪」


 怜が示すのは物々しい扉の先だった。


「何事でございますか」


 ちょうど扉を見たタイミングで、しっかりと着付けた凛が出てくる。

 昨日の羽織袴とは違い、最初に見た時のような高級そうな着物だった。


「軽音部のあぶれ者が隣に来たって話だ」


 しかし、突然の大音量に面食らったが、どこかで聞いた事ある気がするな。


「確か、MERiZARiKAって人達だったはずです♪」


「MERiZARiKA!?」


 そうか。昨日中庭で聴いたあのバンドの奴らか。


「めりざりか? 珍妙な名前でございます」


「これがそうなんすか……正直隣で聴いてるだけだとただの騒音っすね」


「気になるようでしたら少し注意してきましょうか♪」


「いや、俺が行こう」


「珍しいっすね」


「別に。生徒同士で変な軋轢でも生まれたら問題だろ。決してMERiZARiKAのメンバーに挨拶したいとかいうミーハー根性じゃないぞ」


「聞いてないっす。……あれ? 先生この間は知らないって言ってたっすよね」


「昨日聴いた」


「昨日? 中庭に行ったんすか」


「行った」


 理心が危険な目に遭ってるなんて考えもせずに聞き入ってました。

 田島とかいう奴のせいで最後まで聞けなかったが。


「へえ、そういうの興味持つんすね」


「生徒に行ってみればって言われたからな。暇だったし」


 まあそのせいで理心が以下略。


「じゃあ私も行くっす」


「なんだお前こそ珍しいな」


「クラスメイトに挨拶っすよ」


 ああ。そういえばクラスメイトがMERiZARiKAのメンバー的な事言ってたな。


「んじゃちょっと見てくるか。少し席外すぞ」


「殿が行くならわたくしもお供いたします」


「すぐ戻るからゆっくりしてろ。そんな大人数で行ってもしゃあないしな」


「そう、でございますか」


「いってらっしゃい♪」


 怜と凛を残して隣の教室へ。


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