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第41話【それでも僕は怖くない】

「しかし、飲まないと何していいか分からんな」


 暇つぶしに見ていたスマホから顔を上げて言った。

 怜と灯火は夕飯の支度を始め、理心は珍しく本ではなくスマホで動画を見ていた。


「いつも通りでいいんじゃないっすか」


「いつも何してたっけ……」


 部室に来て、酒とつまみが提供されて、それに舌鼓を打ってる間に夕飯が出てきて……。


「飲んでるだけっすね」


「飲んでると気分良くなって時間の流れもそんなに意識してないからな……」


 急に手持ち無沙汰になった感じでどうにも落ち着かない。

 テレビでも付けるか……。

 壁に固定されている大型ディスプレイに近づいてリモコンを操作する。初めて触ったが操作方法はなんとなくわかった。


『実録恐怖体験……本当の恐怖はあなたのそばに――』


 季節外れのホラー番組が流れ始めた。

 俺はそっと次の局に変える。


「いまの面白そうっすね」


「えっ、お前ホラー系得意なの?」


 言いながら次へ次へと局を変えてみるが興味を引くようなものはやっていない。


「自分からは見ないっすけど、やってるとつい見ちゃうっすね」


「そうなのか……」


 ちくしょう。他に何か理心の興味を引く番組はやってないのか?


「これとかどうだ? 理心アニメとか好きだろ」


「別に特別好きってわけじゃ……」


 駄目か。

 仕方なく俺はホラー番組に戻す。


『これは先日Iさんの身に起こった体験を再現した映像です――』


「なんとなく流してるとつい見入っちゃうんすよね――」


 俺は出来るだけ画面を見ないようにしながら席に戻る。

 やけに陰鬱とした恐怖感を煽るような映像を横目に、珈琲を飲んで気を落ち着ける。


『ふとわたしが目を逸らすとそこには――』


 しまった、音量ももっと下げるべきだった。


『きゃあああああああああああ――』


「きゃああああああああああああ!!!」


 突然の悲鳴に思わず飛び跳ねる。

 理心の身体もびくっと跳ねたが、どうやらテレビではなく俺の反応に驚いてるようだった。


「びっくりした……なんすか先生」


「なんでもない。ちょっと珈琲が苦かっただけだ」


「どんな言い訳っすか」


「どうかされました!?」


 厨房から怜が慌てて出てくる。


「なんでもない。珈琲が絶妙なコクと苦みで驚いただけだ」


「どんな言い訳っすか」


「何事だ?」


 灯火まで厨房から顔を出す。


「なんでもない。珈琲がなくなったから寂しくなっちゃっただけだ」


「どんな言い訳っすか……先生、もしかして怖いの苦手なんすか?」


「ば、馬鹿言うなよ。こんな子供騙しみたいな番組で――」


『いやああああああああああああああ』


「いやあああああああああああああああああ!!!」


 俺が叫んで飛び上がると全員がびくっと身体を震わせた。

 画面では女性が生理的に恐怖を煽ってくるような細長い化け物に襲われていた。


「……ごほっ」


 咳払いして座り直す。全員が唖然とした顔で俺を見ている気配があった。俺は顔を上げるのが嫌になり、空になったコーヒーカップを見つめる。

 テレビの音以外何も聞こえなくなった。


「……いや、ね? 急に大声出されたら誰だってびっくりするだろ?」


「……そうっすね。私もいまめっちゃびっくりしました。先生の叫び声に」


「まさかホラーが苦手なのか?」


「怖がる先生も可愛いですね♪」


「いやいやいやいや。怖がってない。ちょっと驚いただけだっての。あるだろそういうこと。意味もなく、特に弾圧されてるわけでもないのにそれでもぼくはやってない! って言いたくなる時くらいあるんだよ大人になると」


「めっちゃ早口で意味分かんない事言い出したっす」


「先生、実は酒を飲んでるのか?」


「飲んでない! 飲んでたらちびってるわ!」


「どんな宣言っすか」


『きゃああああああああああああ――』


 またテレビから悲鳴が聞こえる。

 俺はとっさに歯を食いしばって声を我慢した。集中しろ。全身の筋肉を硬直させて反射を抑えるんだ。


「……すごい顔になってるっすよ」


「どちらかというとこっちの方が怖いぞ」


「先生、瞳孔が開いてます……」


 そう、そして呼吸だ呼吸。呼吸法を極めしものは恐怖にだって動じなくなる。


「……ふぅ……ふぅ……」


「これが教師の顔っすか」


「顔の筋肉がすごい事になっているな。勇次郎みたいだ」


「ふふ……♪ ふっ……ふふふふふ♪」


 何故か知らんが怜のツボに入ったらしい。顔を逸らして口元を押さえながら肩を震わせている。

 俺はそれどころじゃない。今なお続く恐怖映像に耐えるようにして力を入れているしかなかった。



 ***


 怜と灯火が作ってくれた晩飯にありつく。

 鯖の味噌煮と豚汁、漬物とおろししょうがの載った冷奴。そして白米が並んでいる。


「なんか身体中が痛い」


 全身に筋肉痛のような症状が現れていた。


「無理に力を入れたからだろう」


「食後にマッサージでもしましょうか♪」


「先生にも意外な弱点があったんすね」


 各々自由に食べ、雑談しながらの夕食。


「言ってるだろ。別に怖くない、驚いただけだって」


「はいはい」


 あれから何度も繰り返したやりとりに理心が投げやりに答える。


「大体、あんな生理的恐怖を煽ってくるような化け物、普通嫌悪感抱くだろ」


「それでもあんな叫び声は上げないっすよ」


 理心のツッコミに反論しようとしつつ、目の前の鯖の味噌煮を口に放り込んだ。あ、うまい。


「柔らかくて味が染みてて美味いな」


「今日はほとんど部長が作ったんですよ♪ 私は少し手伝っただけです♪」


「そうなのか。やるな、灯火」


「給仕部部長としてこのくらい当然だ」


 特に気取ることもなく言い切る灯火。


「豚汁も美味しいっす」


 言われて俺も豚汁を啜る。ほっとする味噌の香りと味が優しい。


「美味い」


「部長、とっても美味しいです♪」


「……そうか」


 少しだけ照れた様子の灯火。

 ホラーの話はいつの間にか美味しい夕食に置き換わり、昼のひと騒ぎが嘘のように、緩やかに時間は過ぎていった。

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