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第39話【どきゅん】

「昨日、理心さんが部室でお昼を済ませると言っていたので、向かっていたら……そしたら」


 怜の話によると、理心の昼飯を用意しておこうと部室に向かっていたら、理心が前の方を歩いて部室に向かっていたらしい。そこを、顔を隠した男が窓から突然理心を襲って連れ去ったらしい。


「廊下の窓にも、格子や防弾ガラスを入れておけば……」


 ギャグなのか本気なのかわからない怜の呟きにツッコミを入れる気分にはなれなかった。


 俺と怜は、二人で理心を攫った奴の足取りを追っていた。

 人の流れがいつもと違って、部室棟なんかはほとんど人気がなかった。

 ゲリラライブの影響で人が中庭に集まったおかげで、注目はそっちに向いていた。

 理心は昨日、部室に向かう途中にライブを見るより昼飯を優先するようなことを言っていた。凛との約束に気を取られて理心への配慮が足りてなかった。完全に俺のミスだ。


「先生っ」


 怜に呼ばれ振り返る。怜は道から外れた方向を指差していた。

 その方向から、微かに揉めているような声が聞こえた。


「怜は俺の後ろから来い。離れるなよ」


 そういって進んでいくと、どこかで見た覚えのある風景が飛び込んできた。

 去年、理心が学園内で最初に襲われた場所。そこには意識を失い倒れている理心と、それを庇うように顔を隠した不審者と対峙する凛がいた。


「凛!?」


「……っ」


「ちっ……邪魔が来やがったか」


 どうしてここに……とは思うが、理心を守ろうとしているのは分かった。だがどうにも凛は苦戦しているようだ。


「怜、理心を頼む」


 理心を心配して駆け寄った怜に短く告げる。


「鬼童先生……時間は、稼いでおきました」


「さんきゅ。あとは任せろ」


 息を切らした凛は気丈に振る舞いながら言う。


「てめえは倒れとけっっっ!!!!」


 顔を隠した男は懐から筒のようなものを取り出すと、それを咥えて勢いよく吹いた。

 瞬間、凛目掛けて針状の何かが射出される。


「っ」


「……お前さあ」


 避けられないと悟った凛が目を瞑る。

 俺は凛に迫った針を指で摘まんで止めた。


「馬鹿なっ……」


「まさか……」


 敵にも凛にも動揺されちゃったよ。

 しかし、吹き矢ねえ……。俺は放たれた針を見つめる。殺傷能力はなさそうだが、こんなもんに頼るってことは手段はひとつだよな。

 毒か……。

 こいつ、俺の生徒に毒針撃ちやがったのか?


「それは悪手だ。予言してやる。お前は吠え面かいてぶっ飛ばされる」


 俺に。


「なんだよてめぇ……」


 俺の生徒に手を出すなら、お前は俺の敵だ。

 一歩一歩、俺は男に近づく。


「なあお前、理心は無事なんだろうなぁ。理心だけじゃなく凛にまで手を出しやがって」


「な、なんだってんだてめぇはぁっっ!!!」


 男が振りかざした拳を首を逸らして回避する。

 俺は前髪をかき上げて男を見下ろした。


「お前のせいでMERiZARiKAのラス曲聴けなかったんだぞぼけぇええええ!!!!」


 クロスカウンターの要領で男の顔面をぶん殴った。

 勢いよく飛んだ男は木の幹に激突して白目を剥いて意識を失う。

 そろそろお前の口調考えるの面倒だって天の声が聞こえたぜ。

 大人しくそこで寝てろぼけ。


 はあ終わった終わった。理心を攫いに来たのが単独犯、なおかつ雑魚でよかった。

 振り返ると、怜と凛が唖然とした表情で俺を見ていた。


「え……なに?」


「い、一撃ですか……♪」


 いつもの調子を取り戻した怜の弾む声。でもどこか上ずってる。


「こうも、あっけなく……鬼童先生……貴方様はいったい……」


 貴方様?


「なんだよ、怜も凛もこんな光景この前見ただろ」


 凛の場合は盗み見てただけらしいけど。


「そ、それにしても強すぎと言いますか♪」


「え? こいつが弱いだけだろ」


「……」


「……」


 えぇっ? みたいな顔で俺を見る両者。えぇっ? なんだよ。


「あ、相手の方はわたくしより格上でございました。万全な装備があれば話は別、と言い訳をするつもりもございませんが……いや、しかし……」


 なにやら凛がぶつぶつと言ってる。


「理心は大丈夫か?」


 それを無視して俺は怜に聞いた。


「あ、は、はい。気を失ってはいますが、ただ眠っているだけかと……」


 理心の脈拍と心音を測り怜が言う。まあ怜が言うなら大丈夫か。


「とりあえず真白か理事長に連絡してくれ。真白のが都合が良いか」


 あいつは割と理心を可愛がってる節があるからすぐに駆け付けるだろ。


「あ、はい。すぐに♪」


 怜はスマホを取り出して操作すると、すぐに繋がったらしい。

 何回か言葉を交わして怜は通話を終了した。


「すぐに来てくれるそうなのでここで待っているように、と♪」


「ああ、ありがとう」


「わたくしもこの方も師範代クラスの実力はあったように思うのですがそれをまさか一瞬で倒してしまわれるなんていやでも何かの間違いという事もございますしでもこの目で見たからには信じざるを得ないというか――」


「凛もありがとうな。なんでここにいるかは知らんけど、助かった」


「それにあの吹き矢もわたくしでは反応こそできたものの避けるのは叶わず武人として恥だとわかっていても目を閉じることくらいしかできることはなくそれを庇われたということは鬼童先生はわたくしを守ったということであって――」


「おい、どうした?」


 地面に座りながらぼんやりとうわ言を繰り返す凛の顔を覗き込んだ。


「どきゅん」


 DQN? 凛は俺に気付くと咳払いをして居ずまいを正しながら立ち上がる。


「き、鬼童先生……いいえ、殿。貴方様はやっぱりお強いのですね」


「殿……?」


「不肖この立川凛、貴方様の強さに感銘を受けた次第でございます」


「あ、はい」


「仕合はまだ終わってはいませんが、わたくしは貴方様に仕える事を約束いたしましょう、殿」


「どういうこと?」


「わたくしはちょっと顔が熱くなってまいりましたので失礼させていただきますそれではー!」


 素早い動きでお辞儀するとそのまま脱兎のごとき速さで駆けだす。

「父上にも守られた事ないのに――!」と訳の分からない事を叫びながら凛の姿は消えていった。なにあれ。


「……あらあら♪」


 怜は何かを理解したような顔でその背中を見送っていた。



 ***


「ほぅほぅ」


 木の陰に隠れながら一人の少女が双眼鏡を覗き込んでいた。

 先程、平和な学園の裏で起きた不審人物が生徒を攫うという珍事。

 生徒を守る為に駆け付けた教師が易々とその場を納めてしまった。


「面白い方ですね。武の心得なんてなさそうな動きなのに、妙に理に適った動きです。野生的というかなんというか。無駄は多いのに、純粋な暴力ゆえに無駄がない、と言いますか」


「一人で何ぶつぶつ言ってんだ」


 観察の末、鬼童玄の本質を見極めんばかりに考察していた天理の傍には、いつの間にか太陽が立っていた。


「あら太陽。やっぱり貴方も興味が湧きましたか?」


 驚きもせずに天理は事も無げに言う。

 気配を殺して近づいた太陽に最初から気付いていたように。


「お前がいらん面倒起こしそうな気配がしたから来ただけだ。――まあたまたま目には入ったけどな」


「そういう事にしておきましょう。……それで、どう思いました?」


「何に対してだ」


 太陽は立川の娘か暴漢か鬼童玄かを問う。


「そんなのもちろん先生に決まっているじゃないですか」


「お前の言うように無駄が多い動きだ。だが、それでもあの暴漢はほとんど何も出来ずにぶっ飛ばされてる」


「ええ、面白いのはそこです。まるで蛇に睨まれた蛙のようでしたね。でも決して相手が弱かったわけではない。立川さんとの打ち合いを眺めていましたが、お二人ともに師範代クラスの実力は有していたでしょうね」


「……ずいぶん楽しそうだな」


「ええ、とっても。私たちの世界にはいませんから。ああいう型に嵌らないまま完成した強者は」


「あながち、不良狩りの鬼の噂も眉唾じゃないのかもな」


「治安最悪と言われた地域を暴力で浄化した話ですか。暴走族や暴力団、それだけならまだ可愛いものですが、中には裏社会を通して五剣の一人を雇っていた組織まであったとか。それを不良狩りの鬼はほぼ全てを壊滅させてしまった。――今ではその場所は随分治安が良いみたいですね。悪い事をすると鬼が来るぞ、と囁かれ、不良も減ったとか」


「経験によって研ぎ澄まされた暴力の化け物か。どこかの誰かさんみたいだな」


 太陽は天理を見て言うが、それを誤魔化すように天理は立ち上がった。


「そろそろ戻りましょうか。私は授業、貴方はお仕事。お互いこんなところで道草食ってる場合じゃないですよ」


「どの口が言うんだ」


「この口です。可愛らしいでしょう?」


「先生に挨拶して行かないのか?」


「そのまま襲ってもいいなら行きますが?」


「それは駄目」


「まったく。生殺しにも程がありますね。まぁ……いずれ、味見はさせてもらいますが」


 それは今じゃない。

 笑う天理を太陽はやれやれといった様子で見ていた。


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