第03話【変化】
いつもの文芸部室。
いつもいる女生徒理心。
いつもと同じ味の酒。
……のはずだった。
「お肉だけじゃなく、野菜もたっぷり召し上がってください♪」
今日はなんか煙がすごい。
肉と野菜を炒めた匂い。
机の上に並ぶ料理の数々。
目の前で手際よく動き回る、知らん給仕部の生徒。
ポニーテールを揺らして、屈託のない笑顔を振りまいているそいつは、朝霧怜。
昨日、酒と一緒に熊崎から押しつけられた面倒ごとだ。
給仕部。
学園に存在するあらゆる部活へ、自ら支援や補助を名乗り出てサポートする変わり者集団。
そういう部があることは、俺がこの学園で教職についた頃に聞いた気がする。今じゃすっかり、学園の仕組みの一部みたいな顔をしている。
他人への奉仕が生きがいの変人が多く所属する謎の部活。
それが給仕部だ。
そしてそれを取りまとめているのが、昨日会った現部長――祇条灯火。
この学園には何年も世話になっているが、給仕部と直接関わるのはこれが初めてだった。
理由は二つ。
そもそも去年まで、俺は部活の顧問を請け負っていなかった。
それと、この文芸部が理心しかいない弱小部だからだ。
文芸部なんて、名前だけ見れば普通だ。
だがこの学園には、もっと刺激の強い部活が山ほどある。
様々な魚介類を自分たちで増やすことを目的とした養殖部。
学園の山岳地帯で獣を狩る狩猟部。
育てるものに制限のない園芸部。
そんな連中がひしめいてる場所で、ただ本を読んだり書いたりするだけの文芸部に人が集まらんのも、まあ当然だろう。
結果、うちみたいな部員一人の弱小部には、今まで給仕部の派遣なんて縁がなかった。
……はずなんだが。
「先生♪ お野菜もどうぞ♪」
「知らん。まず肉だ」
「だめです♪ お肉だけだと栄養が偏ります♪」
どうやら、今年からはそうでもないらしい。
カコン、と空になった缶をデスクに置く。
するとすかさず、
「どうぞ♪」
と、俺秘蔵の冷蔵庫から新しい一本が差し出された。
「さんきゅ」
短く礼を言って受け取り、改めて部室の中を見る。
理心は振る舞われた料理を小皿に分けてつまみながら、相変わらず読書を続けていた。
取り皿を使うようになったのは褒めてやるが、行儀は悪いぞ、お嬢様。
そんなことを考えていると、部室に軽快なメロディが流れた。
「お米が炊けました♪」
いつの間にか、卓上に炊飯器まで増えていた。
自然すぎて気づかなかった。
怜はすぐには蓋を開けず、おかずの準備に取りかかる。どうやら少し蒸らすつもりらしい。
……というか、米が炊けるほど長い時間ここにいたのか。
酒のせいか、こいつの持つ妙な空気のせいか、時間の感覚がだいぶ曖昧になっていた。
さっきまで机に並んでいた料理の数々は、いつの間にか綺麗になくなっている。
まあ、俺と理心が黙々と食ってたせいだろう。
なくなった端から、怜はまた新しい料理を始める。
ホットプレートに追加で肉や野菜を放り込んでいた。
しかし、あのリュックはどうなってるんだ。
ホットプレート。炊飯器。食材の数々。
質量保存の法則はどうした。
直径三十センチほどの小型のリュックに、そんなに入るわけがない。
いや、絶対入らんだろ。だめだ。酒のせいで自分の思考の正常さまで怪しくなってきた。
「んー、美味そうな匂いっす」
ようやく本から顔を上げた理心が、ホットプレートと炊飯器を交互に見た。
「なんすかこれ」
遅い。
「そのリュックどうなってるんすか」
肉と野菜に調味料を足し、味見をしながら、怜はにこやかに言った。
「秘密です♪」
信用ならんなあ。
振る舞われた料理を完食する頃には、すっかり夜も更けていた。
「お前ら、寮の門限とか平気なのか」
「平気じゃないっす。まさかこんな時間になるとは」
理心が戦々恐々といった様子で呟く。
「寮母さん結構厳しいんすよ。門限破りな上に夕飯もいらないなんて言ったら、どんな目に遭うか……」
こいつがここまでうろたえるのは珍しい。
きっちりした、いい寮母じゃないか。
他人事みたいに考えていると、怜が援護してきた。
「問題ありません♪ 給仕部が派遣されている部は、門限やその他に少し融通が利くので♪」
どういう権力を持ってるんだ、給仕部は。
この学園の方針に少々不安を抱きつつ、俺は二人を寮まで送り、そのまま帰宅した。




