第02話【怜】
熊崎から酒を受け取りに行った俺は、熊崎からいらんものまで受け取ってきてしまった。
次の日。仕事を終えて文芸部室へ行くと、すでにそれはいた。
「お疲れ様です♪ 先生♪」
昨日知り合った給仕部部長と同じ、改造制服に『給仕部』と書かれたワッペン。
金髪ポニーテールな美少女がそこに立っていた。
「……だれ?」
今までこの部室に、理心以外の誰かがいることなんてなかった。
さすがに動揺していると、
「給仕部から来たらしいっす」
と、理心が本を読みながら言った。
よく見ると、理心が普段だらけている長机は綺麗に磨かれており、昨日まで埃を被っていた机とは思えない輝きを放っていた。
その上にはティーカップとティースタンド。さらに色鮮やかな洋菓子まで並んでいる。
「なんだお前、お嬢様に戻ったのか」
「この人が急にせっせと準備し始めたんすよ」
理心はソファーから身体を起こし、何事もないようにティーカップへ口をつけた。
妙に様になってるのが腹立つ。
「名乗りが遅れ、申し訳ありません♪」
件の美少女は、慣れた所作でスカートの端をつまんで軽く持ち上げる。
「朝霧怜と申します♪ 気軽に怜とお呼びください♪」
弾むような声だった。
朝霧怜と名乗った生徒の動きは機敏で、見事だった。
いつもの定位置のデスクに腰掛けた途端、
「粗茶ですが♪」
と、湯気の立つ湯飲みをすっと差し出してくる。
なんとなく無碍にもできず、俺は一口いただいた。
「あっつ……ふぅ、ふぅ……ずず……うん、うまい」
ちゃんとうまい。
だが一口含んで湯飲みを置いた俺を見て、怜は目に見えてしゅんとした。
「お気に召しませんでしたか……?」
さっきまでの弾む声とは打って変わって、ひどく神妙な声音だった。
なんか、俺が悪いことしたみたいじゃねえか。
「いや、茶は美味いぞ、うん」
「先生は茶より酒っすからね」
茶々を入れるように理心が言う。
見ると、ティースタンドに並んでいたケーキを満足げに食っていた。手元には小皿もフォークもあるのに、手掴みで。
おい、お嬢様。
「あ、あのお酒はそういう事でしたか♪ 気が利かずすみません♪」
おそらく掃除のついでに冷蔵庫を見たのだろう。
中にはぎっしりとビール缶が詰まっている。
「部室でお飲みになるのですか?」
「その為に置いてる」
怜は目をぱちぱちと瞬かせ、それから納得したように笑った。
「そうですか♪」
待て。何を納得した。
「でしたら、軽くつまめるものをご用意します♪」
そう言うなり、持参してきたらしいリュックから次々と電化製品や食材を取り出し始めた。
いや待て待て。
「絶対そのリュックに収まるはずない質量のものが出てきたっす」
ケーキをむさぼりながら、理心が冷静に突っ込む。
俺が言おうとしたことを先に言われて、つい口を閉じた。
「幸い電気は通っているので、簡単なものなら作れます♪」
この子の言う“簡単なもの”がどういう定義なのか、俺にはさっぱりわからん。
リュックから出てきたのはホットプレートに大皿、小皿、パン、缶詰、生肉、野菜。
この子はいったい部室で何を始めるつもりなんだ。
俺は冷蔵庫からビールを取り出して、一口飲んだ。
果たして俺も、部室でなんで酒なんて飲んでるんだろうな。
己の行動を見つめ直すいい機会かもしれん。
そう思って目を閉じる。
数瞬後。
目を開けると、机の上には料理が並んでいた。
豚肉と大根を煮合わせたもの。
ツナときゅうりの和え物。
そしてホットプレートの上では、野菜がじゅうじゅうと音を立てている。
「換気は完璧です♪」
末恐ろしいな、と思った。
それが俺と怜のファーストコンタクトだった。




