第37話【MERiZARiKA】
職員室に向かう道中、去り際に灯火に言われた事を反芻していた。
『凛は優秀な人材だ。それにまだ一年生だ。これからの給仕部の為にも必要な人間だ。辞められると困る。先生、頼むから勝ってくれ』
なんだかんだ灯火にも、給仕部にも最近世話になってるから、俺に出来る事なら恩返しとして踏ん張りたいところではあるが、勝負は時の運とも言うし、どうなるかは終わってみないと分からない。
しかし、仕合とやらを安請け合いした自分の事を殴ってやりたいね。面倒にも程がある。
すれ違う生徒と軽く挨拶を交わしながら進み、俺は職員室の近くまで来ていた。
ん? 昨日とは少しだけ装いの違う和装少女――立川凛が立っていた。
羽織袴の凛は俺が近づくとぺこりと頭を下げる。
「おはようございます。鬼童先生」
「おはよう……ずいぶん動きやすそうな格好だな」
「本日の仕合の為に気合を入れて参りました」
「そうですか……」
「ですが、鬼童先生。日中の間は仕掛けるつもりはございません」
「どういう意味だ」
「やはり、尋常に立ち合いたいのです。ですから仕掛けるのも一度きり、不退転の覚悟で臨ませていただきます」
「なんだそりゃ。いつでも来て良いってハンデを自分から捨てるのか」
正直助かるけど。
「……わたくしにも矜持、というものがございますので。仮に、勝つとしても、負けるにしても、その在り様には拘らせていただきます」
「そうか……好きにしてくれ。だけど俺は昨日自分で提示した以上、ルールに従って動くぞ」
「構いません。これはわたくしの問題故」
そう言って凛は軽く会釈してその場を立ち去っていった。
どうにも調子の狂う子だな。
その後、午前中の授業が終わっても、凛に動きはなかった。
***
昼休みになった。立川凛は何も仕掛けてこない。
朝の宣言通りに、本当に課業中は何もしてこないのかもな。
とはいえ、それが油断させる罠の可能性も捨てきれない。襲ってくる心配はあまりしていなかったが、肩の力も抜ききれなかった。
3年Aクラスでの授業を終え、生徒たちと軽く交流したあと、俺は教室から出ようとする。そこに桜葉が話しかけてきた。
「せんせー、ライブ行くのー?」
「ライブ? ……ああ、アメリカザリガニみたいなやつな」
「メリザリカね。中庭でやるから暇なら行ってみなよ。早くしないと近くで見れなくなっちゃうよ」
「そんなに人気なのか」
「うん、かなり。今日は告知してあるから結構人来るかも」
「中庭いっぱいになるかもねー」と軽く言う桜葉。
「人混みは苦手なんだがな……」
とはいえ暇っちゃー暇だし、そんなに人気なら一回くらい見ておいてもいいかもしれない。俺のミーハー心がちょっと刺激されていた。
「わたしは機材の搬入とか手伝わなくちゃいけないからもう行くねー」
「なんだ、珍しいな。いつも怠そうにしてんのに。バイト代でも出るのか」
「出ればどれだけよかったか……灯火の指示だよ。それじゃね」
後ろ手に手を振って桜葉はてくてくと去っていった。
また灯火か。桜葉は結構友達思いなんだな。
ライブか……部室に行くのにも通り道だし、ついでに覗いていくか。
つまらなかったら部室でカップ麺でも食って昼寝だな。
***
中庭の周囲は既に多くの人で埋め尽くされていた。
思わずなんだこりゃと呟きたくなる状況だ。教室からここに着くまでに、なんとなく今日は人の流れが変だとは思ったが。ここまでとはな。
簡易的なステージの上で桜葉が機材のチェック作業をしているのが遠目から見えた。その近くには灯火もいる。さっきの授業ではちゃんと制服を着ていたのに、今は見慣れたメイドさん衣装だった。
ちなみに普段は中庭に簡易ステージなんてない。おそらく給仕部が急遽設置したんだろう。
桜葉と灯火が頷き合いながら指でOKサインを送り合う。
そのままステージから掃けると、代わりに楽器を持った生徒がステージに立った。その瞬間、歓声とも応援とも言えない奇声が上がる。
『あ、ああー、マイクテスマイクテス。感度良好だよー!』
ギターを構えた少女がマイクを通して言うと、それに対しても奇声が上がる。
『あんまり時間ないから巻きで行くよー! まず一曲目!!!』
ベースの腹に響くような低音が響く。縦横無尽に駆け回る、ベースリフから始まる曲。次にドラム、ギターが続いてハイテンションなロックサウンドが響き渡った。
おお。確かに悪くないかもな。
ギターボーカルの少女は声域が広い。抑揚のある曲を見事に歌い上げている。それでも手元のエレキギターを奏でる手は指板上を動き回っている。変拍子を的確に捉えるベースとドラムの息も合っている。
学生バンドとは思えないほどの聴き心地の良さだった。
『余ーだよー! 今日はMERiZARiKAのゲリラライブに来てくれてありがとよー! 告知してたらゲリラライブじゃねえだろとか言わないでくれよー! ギターボーカル担当芽莉衣だよ!!!』
心を読まれた気分でした。はい。
曲の途中、間奏部分で代わる代わるメンバー紹介を挟んで進んでいく。
『鮮花っ!』
ベースの唸るようなソロが始まる。低音と高音を巧みに使いキレのあるフレーズ。
『梨花!』
続いてドラムソロが始まり、怒涛の16ビートが刻まれる。
無表情ながら精確でブレのないリズム。曲を壊すのではなく盛り上げるようなドラミングだった。
ギターボーカルの子もそうだが、メンバー全員に花がある。
単純に見た目の話だけでなく、それぞれの楽器を演奏する姿が様になっているからだろう。
続く2曲、3曲目も飽きることなく聴いていられた。
『次がラストの曲だよー!』
ギターボーカルの子、芽莉衣が言うと観客は『ええーー』と不満を漏らすような歓声を上げた。いつの間にか人もさっきより多くなっている。
そんな事を考えながら、次で最後かー、残念だなー、などと思っていると肩を叩かれた。――あ、やべ。凛との仕合が完全に頭から飛んでた俺は勢いよく振り向いた。――瞬間、ずぼっ、と小さな指が頬に食い込む。
「お久しぶりです」
そこには不敵な笑みを浮かべた少女が背伸びしながら立っていた。
どこかで見た少女。そうだ、篝の襲撃のあった後、部室にいた得体の知れないオーラを放っていた少女――鳴神天理がそこにいた。
「おまっ……いたっ、いたっ、痛い!」
鳴神天理は俺の頬を何度も突っついてきた。
「こんな簡単に隙を見せちゃ駄目ですよ。悪い事を考える人がいたらどうするんです?」
「……お前みたいな、か?」
「そうですよ。襲っちゃいますよ?」
軽口を叩く天理には、初めて見た時のような強烈な威圧感は感じられなかった。そこにいるのはただの小柄な女の子。
「やめてくれ、これ以上面倒はごめんだ」
「その口ぶりだとやっぱり御存知なんですか?」
「なにが」
俺は視線をステージに戻してライブの続きを見る。
「学園内で不審な人物を見掛けたらしいですよ。うちの太陽が」
「はあっ?」
すぐさま俺の視線は隣に立つ天理に戻された。
不審者? なんでこのタイミングで。
「おや、てっきり藤咲関係の事案かと思っていましたが。先生が知らないなら違うのかもしれませんね」
理心絡み――? そうか、こいつはあの夜あそこにいたって事は知ってても不思議じゃないのか。
だが、本当に不審人物がいて、それが理心絡みだとしたら――。
「どこで見た? それに太陽ってなんだ」
「太陽は私の護衛、みたいなものですね。普段はこの学園で用務員をしています」
「……用務員?」
護衛……用務員……あの時、何の気配も感じなかったあいつか。
「さっき私が太陽と会ったのは体育館の方ですね。どこで見たのかは私も知りません」
「わかった」
念の為、理心の様子を見に行こうとして踵を返した瞬間だった。
渡り廊下を駆ける怜と目が合った。なにやら必死に訴えかけるような目を向けてこちらに気付いた怜と合流する。
「せ、先生、理心さんが」
嫌な予感がした。




