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第36話【お泊り後半】

「戻りました♪ 皆さんの制服などは洗っておいたので、朝には乾いていると思います♪」


 大変よくできた娘だった。

 それに、風呂から戻った怜も、普段と雰囲気が違って見えた。

 理心と灯火と同じパジャマ姿。そして普段のポニーテールを解いて下ろしている。メイドさん衣装でいる怜しか見たことがなかったが、なかなかに印象が変わる。


「なに見惚れてるんすか」


「人聞きの悪い事言うな。新鮮だったからちょっと見入っちゃっただけだ」


「それを見惚れていると言うんじゃないのか」


 茶々を入れてくる二人。


「先生もお風呂どうですか♪ さっぱりしますよ♪」


「そうだな……」


 さっきまで寝ていたせいか、少しだけ寝汗をかいている。それに、スーツ姿じゃ寝にくいからもう少しラフな格好に着替えたいな。


「先生のお着替えも用意してありますよ♪」


「なんであるんだよ……」


「シャワー室に用意してあるので、ご利用ください♪」


「そうか……じゃあちょっとひとっ風呂浴びてくるわ。お前ら勝手に寝てていいからな。もうかなり遅い時間だ」


「そうっすね。眠かったら寝てます」


 お前さっきからずっと欠伸してただろうが。


「我も明日の仕込みを終えたら寝る」


「そうしろ。怜も構わず寝ろよ」


「わかりました♪」


 そう言い残して俺は物々しい扉の先のシャワー室へ向かう。

 今着てる服どうするかな。どっちにしろ明日は早めに起きて寮に戻って着替えなきゃならんか。

 服をさっさと脱いでシャワー室へ。一回だけどういう設備なのかは下見したことはあったが実際に使うのは初めてだ。


 真っ裸になって頭から湯を被っていると、シャワー室の扉がこんこんとノックされた。


「先生、着ていた服洗っちゃっていいですか♪」


 扉の向こうに怜のシルエットが薄く見えた。

 ちょっとびっくりしちゃったじゃん。


「あ、ああ。洗ってくれるのは大変助かるけど、そんなん気にせず寝てていいぞ」


「大丈夫です♪ 朝には着られるようにしておきますね♪」


 言い残して怜の影が脱衣所から消えた。と思った瞬間人影が戻ってくる。


「お背中お流ししましょうか♪」


「いらんいらんいらん」


「ふふっ♪ 冗談です♪」


 そう言って今度こそ怜は脱衣所から出て行った。あいつが言うと冗談なのか本気なのかわからんな。頼めば本当に入ってきそうだし。

 しかし、本当に気配り上手な出来た娘ですよ。でも俺としては明日も授業あるし、生徒諸君には早めに休んで欲しいんだけどな。

 まぁ……もうだいぶ遅い時間になってるから今更感は拭えないが。


 そうして俺は軽く汗を流してシャワーを終えた。

 何種類も備え付けられたシャンプーやトリートメントの中に、育毛シャンプーが混ざっていたのは、怜なりの配慮なのだろうか……。男性用がそれしかなかったから使ってはみたが、生徒の心配りに涙が出そうになった。……俺、まだ髪あるよな。



 怜の用意したジャージに着替えてシャワー室を出た。よかった、俺にもあの可愛らしいパジャマが用意されてなくて。

 シンプルなよくあるメーカーのジャージと無地の白いTシャツ、それと男性用の下着が置かれていたので着てはみたが、なんともいえない気分だな、人の用意したパンツってのは。


「意外と出るの早かったっすね」


「乾かす髪があまりないからな」


「あるわ。ちゃんとドライヤーしてきたわ」


 人によっては触れちゃいけない領域だぞ、灯火よ。

 あるよな? 俺は。まだ。


 ベッドルームには簡易的な仕切りが立てられ、その横には複数のベッドが並んでいた。理心と灯火はそれぞれ別のベッドで横になり雑談をしていたようだ。

 さっき俺が寝ていたベッドは良いとしてだな、そのベッドたちはさっきまでなかったよな?

 俺は反射的に怜を見ていた。


「?」


「いや、なんでもない」


 出すところさえ見せなければいいんだ。これはきっと俺がシャワーを浴びている間に、組み立てられた新品のベッドだろう。深く考えないようにしよう。


「じゃあ先生も出てきたし寝るっすか」


「そうだな」


「そうしましょう♪」


「待ってなくていいって言っただろ。まあ俺もまだ眠いからそろそろ寝たい」


 まだ頭痛も引いてないし、意識も思考も正常だとは思うが、どこかぼんやりとした感覚だけは残っている。こういう時は寝るに限る。


「先生、こちらです♪」


「ああ、悪いな」


 再度ベッドメイキングされたのであろう大型のベッドまで手を引いてくれた。

 そのまま横になると、上から優しくシーツを掛けられた。


「じゃあ寝ましょうか♪」


「おやすみっす」


「おやすみ」


「ああ、おやすみ。悪かったな、付き合わせて」


 そう言って俺たちは眠りに就こうとした。


「おやすみなさい♪」


 怜はそう言いながら俺の寝ているベッドに当たり前のように入ってきた。ちょいちょいちょい。


「おおおおおおい!!! なんでここで寝る気になってんだ!!!」


「先生うるさいっす」


「少し静かにできないのか」


「いやいやいや!!! おかしいだろ!!!」


「体調が心配なので一緒に寝ます♪」


「ダメダメダメダメ!!! 年頃の娘さんが何言ってんの!!!???」


「寝ている時の呼吸や心音や寝言や寝相も確認しないと♪」


「その怖いのさっき聞いた!!!」


「だから言ったろう、怜は先生と同衾する気だと」


「なんでお前落ち着いてんだよ!!! 教師と!!! 生徒!!! こうやって同じ室内で寝てるだけでもだいぶおかしいんだぞ!!???」


「先生を不快にさせないように努めます♪」


「そういう問題じゃないんだよ!!! こんなのが他の奴らにバレたら俺の首が飛ぶぞ!!!???」


「部室で酒飲んでる時点で大概っすよ」


「確かにな」


「冷静に言うな!!! なんでお前ら止めないの!!!???」


「我は怜がしたい事なら好きにさせるつもりだ」


「別にいいんじゃないすか。生徒と同衾、問われる教員の倫理観……」


「新聞の見出しみたいに言うのやめろ!!!」


「落ち着いてください先生♪ 子守唄でも歌いましょうか♪」


「落ち着けるかあああああなんでもう横で寝る準備万端みたいな体勢作ってんだおまええええええ!!!」


「~~♪ ふんふふ~~♪」


「子守唄を歌うな!!!」


「でもいいっすね……いい……声……で……」


「理心? おい理心!!?」


「………zzZ」


 こいつ寝やがった!!!


「おい、灯火! 起きてるか!?」


「……ぐぅ」


 灯火も落ちた!!!


「ねんねんころりよ♪ おころりよ♪」


「古典的な子守唄! 俺は赤子か……!」


 あれ? なんか怜の声を聞いてるとどんどん眠気が強く……なって、きたな。


「ふんふふんふふ~ん♪」


 あ、駄目だ。一気に喋る気力も湧かないくらいの眠気が襲ってきた。

 怜、恐ろしい子。……なんなのこいつの多才さ…………ぐぅ。




 ***


 何故か不思議と身体も思考も冴え渡っていた。

 昨夜、俺が再びベッドに入ったのは午前2時近い時間だった。

 体内時計から考えると、今の時間はおそらく6時前……5時50分台だと感覚が告げていた。


「んぅ……」


 微かな寝息が室内に響いた。おそらく理心だ。

 俺はゆっくりと瞼を開いて周囲を見渡す。微かな光を放つ簡易照明が室内を照らしていた。そういえば、この部屋には窓がないんだった。正確には、あったけど塞がれたと言うべきか。

 理心を心配した怜と灯火が結託し、意見を出し合って改装を施したこの部屋には、外と繋がるものはあの物々しい扉だけだ。廊下側の扉も特殊な壁材で塞ぎ、この部屋はあの扉からしか入れないようになっている。唯一、他にある出入口と言えば階下に繋がる階段だが、あれはそもそも隠されている上に、特別な仕掛けがあってこの部屋からしか開錠できない扉で塞がれている。


「起きるか」


 妙にすっきりした気分だった。昨夜の飲み過ぎによる頭痛は多少は感じるものの、気怠さなどは一切ない。睡眠時間は短かったはずだが、それを感じさせない満足の行く睡眠だった。


 起き上がってみると、部屋には俺と、まだ寝たままの理心がいるだけだった。怜と灯火の姿はない。

 そのまま立ち上がって物々しい扉を開けて普段の部室へ入る。


「先生♪ おはようございます♪」


 メイド服を着た金髪ポニーテールの美少女が明るい声で出迎えてくれた。


「おはよう……起きるの早いな」


 二人は厨房でなにやら作業中の様だった。

 部室の大型ディスプレイでは朝のニュース番組が流れていた。これテレビ映るんだ。


「先生か。おはよう」


 厨房から背伸びするようにぴょこんと顔を出して灯火が言った。


「こんな朝早くから何してんだ?」


 欠伸を噛み殺しながら言う俺に、灯火が答えた。


「朝食の支度だ。先生はまだ酒が抜けていないだろう。肝臓の働きを促進する料理を用意している」


「それは大変ありがたいな。でもだいぶ具合は良いぞ。頭痛以外の不調はどっか飛んでった」


「そうか……怜の子守唄が効いたな」


「子守唄……?」


 そういえば寝る前にそんなやりとりがあった気がする。


「我も妙に体調が良い。怜の声には不思議な魔力でもあるのかもな」


「大袈裟です♪」


 底知れない万能さだ。


「悪いけど水もらえるか」


「はい♪」


 怜はコップに水を注いで持ってきてくれた。


「ありがとう」


 定位置に腰を下ろして水を一口飲む。冷たすぎずぬるすぎないちょうどいい温度だった。


「しじみもまだあるから食べるなら持ってくるぞ」


「それはもうちょい後でいいや。珈琲あったら欲しいな」


「わかった」


 生徒を顎で使う教師とはこれいかに。とは思うものの、自分で何かしようとしても制止されるのが目に見えているのでこうするほかない。

 なんとなしに朝のニュース番組を眺めつつ珈琲の到着を待った。



 その後、起きてきた理心を交えて四人で朝食を取り、着替えてからそれぞれ校舎へ向かっていった。

 唐突に始まった部室での泊まりイベントもこうして終わりを迎えた。

 結局夜の間に立川凛が攻めてくる事はなかった。


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