第34話【真白と灯火】
「まったく、何やってんのよこいつは」
「……」
倒れた鬼童玄を見下ろしながら毒づく女性。その横には二メートルを超える大男が静かに立っていた。
天城真白とライアン。この学園の教員であり、玄の昔馴染みでもある。
「ああ……先生……」
倒れた玄を介抱するメイド姿の生徒――朝霧怜。
「ずいぶんあっさりと気絶したな……大丈夫なのだろうか」
「大丈夫じゃないっすよ……白目向いてますよ」
その様子をソファーに座りながら眺める女子生徒二人――祇条灯火と藤咲理心。
「下手に時間を掛けるとこっちが危険なのよ。それに、ライアンだから油断してる間に落とせるのよ。普通なら酔っててもこいつに隙なんてないんだから」
気絶した玄をヒールでげしげしと踏みつける真白。
「ああっ先生……」
怜が嘆きの声をあげる。
「真白先生、ありがとうございました。飲ませ過ぎた我々の責任です」
「いいのよ。こんなになるまで飲んだこいつが悪いの。まったく。良い大人がだらしない」
トドメとばかりに玄の尻を蹴り上げる。
「先生っ……」
情けない顔で意識を失っている玄を抱きかかえる。
「ほっときなさい。呼吸も脈拍も問題なし。さすがの手際ね、ライアン」
「……」
ライアンは何も言わなかったが、その表情には若干の照れの色が混ざっていた。
「それにしても、先生は明日大丈夫なのだろうか……」
「明日? 何かあるの?」
真白は足で玄を転がし、道を開けると、先程まで玄が座っていた椅子に腰を下ろし、足を組んだ。怜がまた小さな声で「ああ……」と痛ましげな声を発していたが真白は気にせずに灯火の言葉に耳を傾ける。
「立川の娘が先生に興味を持ったようで。仕合を申し込みました」
「あぁ、彼女ね。なんで玄に絡んでるのよ」
「どうにも、先日の一件の際に各務原との一戦を目撃していたようです」
「ふぅん。それで玄に興味を持つ理由が分からないけど」
「強い男性に惹かれるようです。給仕部に入ったものの、どうにも納得の行く派遣先が見つからず。そこで先生と戦い、先生が勝ったら家臣になると」
「は? 家臣?」
「凛自らがそう言っていましたが……」
「武家の人間ってやっぱり考え方が違うのね。それで、玄は受けたの? あら、ありがとう」
怜が真白に珈琲を差し出した。お礼に対して微笑み返し、玄の介抱に戻る。
「投げやりでしたが受けました。それも、ただの仕合ではなく、一度でも技を食らったら自分の負けでいいというルールで」
「それはまた、ずいぶん強がったものね。……その仕合とやらが明日な訳ね」
珈琲に口を付けながら言う。
「はい。付け加えると先生は、他人を巻き込まなければいつどこでも仕掛けてきていいと」
「馬鹿なのねこいつ。どうせ彼女の実力も何も知らないんでしょうに。妙な所で自信家なんだから。この調子だと明日は二日酔いでしょうね。一回生徒相手に負ければこいつも反省するだろうし、私は凛を応援するわ」
「それが……その」
「なに?」
「先生が負けたら、凛は給仕部を退部するつもりらしく……それは部長として止めていただけたらな、と」
「んん? なんで勝った側がペナルティ負ってるのよ」
「彼女なりのケジメのつもりかと……」
「やっぱり意味分かんないわ。という事は、こいつには勝って貰わないと灯火が困るわけね……」
「はい……出来れば。付き合いの長い真白先生から見てどう思いますか。二日酔い状態の先生は戦う余裕はあるんでしょうか」
「さあ……元が意味不明なくらい強いから普通の相手だったらなんとでもなるでしょうけど。玄に挑むくらいだから強いんでしょその子。名門立川の出だものね」
「おそらくかなりの実力者かと。立ち居振る舞いは上品でしたが、その中に武人の色が強く出ていました」
「私じゃなんとも言えないわ。でも、玄が勝負を受けた上でこんなになるまで飲むって事は、大した相手とも思っていないのかもしれない」
「と言うと?」
「一応生徒からの頼み事でしょ。こいつはそういうのに弱いのよ。すっぽかすつもりも、ふざけてるつもりもないでしょうけど、その上でこんだけ飲んで潰れてるなら、勝つ算段があるのかもしれない」
「なるほど……」
「まあ午前中を凌げばお酒も抜けていくだろうし、案外楽に勝ち切るかもしれないわね」
「午前中、か。とりあえず、先生が起きた時の為にアルコール分解を助ける飯でも用意しておくか」
「手厚い介助ね。ま、結果を楽しみにしているわ。珈琲、ご馳走様」
そう言って真白は椅子から立ち上がると扉に向かって歩いて行く。
「帰られるんですか?」
「ええ。何かあったら遠慮せずに呼ぶのよ。それじゃね」
「……」
真白の後を追いライアンも退室していく。
「ふぅ……やれやれ。困った教師だな」
未だ床に転がされたままの玄を見つめて灯火は呟かずにはいられなかった。




