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第28話【その後③】

 例の襲撃から早一週間。試験期間も終わり、学園内にも活気が戻ってきていた。

 俺は怪我人だからという理由で一週間の休暇を言い渡されていた。

 無理矢理病院に連れていかれたり、全員で俺の部屋に見舞いに来たり、挙句には俺の部屋で勉強を始めたりと、騒がしくて休んだ気分にはあまりなれなかったが……。まあ、一人で暇を持て余すよりはましだけどな。


 今日は試験の打ち上げと、先日の件の後始末についての報告も兼ねている。

 真白が俺や、事件に関わった生徒を呼びつけたのは、学園の中にあるとは思えない立派な焼肉屋だった。


「奢るから、好きなだけ食べていいわよ」


 生徒が運営する焼肉店らしい。俺は存在すら知らなかった。この学園、広すぎていまいち地形を把握しきれていない。教師なのに。


「珍しいな、奢りなんて」


「貴方は自分で払って」


「なんでだよ」


「冗談よ。貴女たちも、遠慮せずに食べていいからね」


「ありがとうございます♪」


「……あ、ありがとうございます」


「先生、まずはどれから頼む?」


 妙にかしこまる理心を尻目に、灯火がメニュー表を手渡してきた。


「……なんだよ、ソフトドリンクしかねえのか」


 焼肉と言えばビールだろと思った俺の思い虚しく、メニューに酒の類は一つもなかった。


「生徒が管理してるんだもの、取り扱えるわけないじゃない」


「……そうか」


「そんな泣きそうな顔するくらい悲しいんすか……」


 理心のツッコミに反応する気力も湧かないくらい絶望していた。

 ここ数日、傷に障るからって理由で怜にも飲ませてもらえていない。

 熊崎から直接受け取ろうと酒造蔵へ向かってはみたが留守だった。

 そんなこんなでもう一週間以上酒を飲めていない。

 そろそろ傷も塞がったし飲んでもいい、っていうタイミングでの焼肉だ。これじゃ生殺しされてるようなもんだろ。


「先生♪ お怪我は本当に大丈夫なんですか♪」


「一週間も経てばあんなもん治るだろ。ご覧の通り、包帯も取れたしな」


「飲みたいですか♪」


「飲みたい」


 即答だった。


「先生、ここを読んでみろ」


 灯火がメニュー表の一部を指さす。なんだ?

『飲料の持ち込み可』と記載されていた。


「……持ってくれば酒も飲めるってことか?」


「そういうことだ」


「大人限定だけどね」


「そんな用意はしてねえぞ」


 今から部室に戻ってストックを持ってくるか? いや、さすがに時間がかかりすぎるしめんどい。それならこの肉たちを持ち帰って部室で飲んだ方が効率的だろ。

 酒を飲む手段を模索していると怜が例の四次元リュックから何かを取り出した。


「ではどうぞ♪ 回復祝いってことで♪」


 酒造蔵、熊崎印の缶ビールが出てきた。


「まじかよ」


 ほんとなんでもありだなそのリュック。

 受け取ってみるとキンキンに冷えていた。どういう原理?

 それに、生徒が酒を持ち運んでる事は良い事なのか?

 咎めるべきか? それともよくやった! と褒めるべきなのだろうか。


「……ダメじゃないかぁ、生徒がお酒なんて持ち運んじゃぁ」


「うっきうきじゃないっすか」


 思わぬサプライズビールに口のにやけは抑えられなかった。


「先生の為に、部室の冷蔵庫から持ってきちゃいました♪」


 つい感動しちゃったね。出来た子だよ本当に。


「……飲み潰れないでよ、こんな所で」


「大丈夫だ」


「何を根拠に……」


「つうかお前らもなんか飲み物頼め。一人だけ飲み始めるわけにはいかん」


「一応、そういう配慮はあるんだな……」


 そう言いながら灯火は「これにする」と決め、順々にメニューを回し全員の飲み物が決まった。

 店員を呼び、適当に肉の盛り合わせを注文する。


 少しするとドリンクが先に届いた。

 理心はオレンジジュース、怜はストレートティー、灯火は煎茶、真白の元にはブラックコーヒーが届けられた。

 去り際に店員の生徒が俺の元に冷えたグラスを置いていく。

 ん? と思い店員を見ると「サービスです」とにこやかに微笑んで去っていった。おそらく俺の目の前の缶ビールに気付いてグラスを用意してくれたんだろう。出来た子だった。


「先生、お注ぎしてよろしいですか♪」


 普段、俺は缶のまま飲むタイプだった。その為、部室で怜はあえてグラスを出す事はしない。だがせっかくの厚意を無碍にも出来ん。


「自分で出来るぞ」


「せっかくですから♪」


 その言葉に甘える事にした。

 怜は缶ビールを開け、綺麗にグラスにビールを注いでいく。

 炭酸が逃げないようにわざと泡を立ててから少しずつ液体を流し込み、見事な泡3、液体7の黄金比ビールが誕生した。美しい。


「さんきゅ」


「それじゃ、乾杯しましょ」


 各々がグラスを手に取る。


「何にだ?」


「中間試験お疲れ様、でいいんじゃない」


「そうか。んじゃ試験お疲れさん。乾杯」


「乾杯」


「乾杯!」


「乾杯♪」


「乾杯っす」


 一斉に飲み物に口をつける。

 俺も一週間ぶりのビールを一気に胃に流し込んだ。


「かぁあああ! 美味い!!!」


「おっさん臭いな」


「もっと静かに飲めないの?」


「いつもこんな感じっす」


「もう一杯お注ぎします♪」


 怜の酌を受け入れていると、大皿に大量の肉が乗って運ばれてきた。


「お待たせしました~、特選黒毛和牛盛り合わせです」


 圧巻だった。カルビにロース、ハラミ、イチボ、ざぶとん、タンなどが豪快に盛られている。サシが光を反射しきらきらと輝いていた。


「これは……すごいっすね」


 普段、あまり表情に出さない理心も驚愕していた。


「適切な火入れで焼いていきます♪」


「我も手伝う」


「焼くのはこの二人に任せておいて問題ないわね」


 本領発揮とばかりに怜と灯火は全員の前に取り分け用の小皿とたれ用の小皿をセットしていく。


「まずはタンでいいか?」


 灯火が聞く。


「焼肉と言えば初手タンだよな」


「なんすか初手タンって」


「最初に薄切りのタンにネギ巻いて食うのが美味えんだよ」


「そういうもんなんすか」


「なんだ理心お嬢様。まさか初焼肉とか言わねえよな」


「そのまさかっすけど」


「まじかよ。お嬢様って毎日焼肉食ってんじゃねえの?」


「どんな偏見っすか……」


「それじゃ、まずはタンからお焼きしますね♪」


 そう言って熱された網の上に肉を乗せる。その瞬間、じゅうううう、と胃袋を刺激する音が鳴り響いた。


「この音だけで酒飲める」


 そう言って俺は怜が注いでくれたビールを傾ける。


「お酒ってそんなに良いもんなんすか」


「嫌な事ぜーんぶ忘れられる。過去の過ち、将来の不安……、現代社会の闇……このまま物価が高騰していったら老後どうすればいいんだろう。年金だけで暮らしていけるのかな……それとも老後も働かなきゃ生きていけないのだろうか……」


「ちょ、重い重い」


「そもそも老後まで生きていられるのかな。生きてるだけで毎年徴収される税、税、税……働けど働けど楽にならぬ我が暮らし……将来を見据えても待っているのは絶望ばかり……夢の年金生活、そんなの御伽噺みたいなものなわけで……」


「やめなさい」


「いてっ」


 真白にメニュー表で頭を小突かれる。


「学生にそんな夢のない事言って恥ずかしくないわけ?」


「早めに現実見せてやるのも大人の役目だろ」


「貴方はもう少し大人っぽい態度を取ったらどうなの」


「残念だったな。男の精神年齢の成長は中二で止まるんだ」


「よりによって最悪の時期に止まるじゃない」


「お前に中二の何が分かるんだ」


「分かるわよ。その年頃の女子はそんな男子に嫌気が差して年上の男に靡くのよ」


「え? そうなの?」


 衝撃的見解だった。


「先生、タン焼けましたよ♪」


 くだらんやり取りをしている内に肉が焼き上がったらしい。

 見ると、いつの間にかタンの他にも色々な肉が網の上で所狭しと並び焼かれていた。


「どうぞ♪」


 ひとりずつタンを配膳していく怜。


「さんきゅ」


「どもっす」


 怜と灯火の小皿には何も乗っていなかった。

 俺はトングを手に取り、適当な肉を二人の皿に投げ込む。


「お前らもちゃんと食え。こういう場ではみんなで食うのがいいんだ」


「……わかった」


「え、と。はい、わかりました♪」


「よし食うぞー。奢りなら遠慮はしねえ」


「貴方は遠慮しなさい」


「嫌だね」


 そう言って俺はタンを口に運ぶ。

 上質な脂が舌の上で溶けるのを感じた。

 なんだこのタンは……タンのくせに、舌先でほどけるように溶けていく。

 美味すぎる……。


「先生、泣いてないっすか」


 本当に美味い物を食った時、その感動は涙となって頬を伝うのだ。

 俺はタンを味わいながら理心にお前も食ってみろとジェスチャーする。


「……いただきます」


 あむっ、と口にタンを放り込む理心。その瞬間、目が見開かれた。

 ゆっくり、味わうように咀嚼し飲み込む。


「……めっちゃ美味いっす」


「だろ」


「お米が欲しくなるっす」


「頼めばいい」


 いいんですか、と真白を見る理心。


「遠慮しないで。食べたい物があったらどんどん頼んでいいわよ」


「あ、ありがとうございます」


 そう言ってメニュー表に目を向ける理心。

 微笑ましさを感じつつ、何気なしに後ろの席に目が行った。


「あ?」


 仕切りより高い位置に男の頭部が見えた。

 俺たちの後ろの席でライアンが豪快に肉を平らげていた。

 今日は見ねえなと思っていたら別の席にいたのかよ。

 覗き込むと、既に大量の皿が積み上がっている。


「10万キロカロリー……10万キロカロリー……」


 うわ言のように呟きながら白米をかっこむ大男。俺は見なかった事にした。


「そういえば、雪之丞って生徒はどうした」


 衝撃的なライアンの光景から目を逸らしつつ俺は真白に訊ねた。


「彼女の所にも刺客は現れたらしいわ」


「はあ!? 無事だったのか?」


「彼女は問題ないわ。ちょっと特殊な事情があるから言えないけど。灯火も特に心配してなかったでしょ?」


「我が理由もなく雪之丞を一人にすると思うか。奴は、自己肯定感こそ最下層にいるが、荒事に対して……というより、不都合な事象に対しては無敵だろう」


「なんだ、そりゃ?」


「気にしなくていいわ。彼女が表に立つこともないし。むしろ、それこそが彼女の強みなんだもの」


 ? 何を言ってるのか本気でわけわからん。


「一応言っておくけど、おばあさまが護衛役はつけてたわよ」


「ふぅん……で、今日は声かけてねえの?」


「雪之丞は書類仕事に追われている」


「へぇ……大変だな。で、なんで部長のお前はここでのんびり肉食ってんだ?」


「我はああいった仕事は苦手なんだ」


「……お前、給仕部でどういう仕事してんの」


「主に部員の勧誘と各部員の派遣先の視察、だな」


「書類仕事とか雑務は?」


「雪之丞に任せている」


「あの子、可哀想だな……」


 不憫だな、と思った。

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