第29話【その後④】
「ところで本題だけど」
唐突に真白が俺にだけ聞こえるように言った。
理心と怜と灯火はメニュー表を見せ合いながら何やら話し込んでいる。
「今回の襲撃、やっぱり裏があるみたい」
「裏?」
俺はビールをちびりと飲みながら聞く。
「貴方を襲った男……篝と名乗っていたわね」
「ああ。それが?」
「2年Cクラス、各務原陸」
「それがあいつが生徒として名乗ってた名前か。本名なのか?」
「一応裏は取ったわ。本名で間違いないみたいだけど。彼は何を悟ったのか、自分の知ってる事は包み隠さず話してくれたわ」
「それで?」
「彼に理心さんの誘拐を指示したのは風祭家。天下五剣候補者を抱える名家ね。部室を襲ったのも、私を襲ったのも同じく風祭家の門下生」
「風祭ねぇ……」
聞き覚えはねえな。候補者と言ってもそんなに大した奴じゃねえんだろうな。天下五剣に関わる名家は多いし、その分家までも含めたらそれこそ星の数ほどいる。
「おばあさまが天下五剣の連盟に問い合わせた結果、今回の襲撃に関わった人物は皆、それ以前に破門されているそうよ。結果として、連盟は風祭家に処分を下さない方針らしいわ」
「分かりやすい蜥蜴の尻尾切りだな」
「そうね。理心さんの問題は未だ解決していない。最初は私も憤慨したけど、相手の出方を利用する事にしたわ」
「利用?」
「今日、ここに貴方を連れてきたのは、単なる慰労の為じゃないのよ」
「どういうこっちゃ」
すると真白は手近な店員に声をかけなにやらぼそぼそと伝える。
するとほどなくして、一人の店員姿の男が席にやってきた。
「や。先生。一週間ぶりかな?」
「……篝」
「この子、うちで雇う事にしたから」
「はあ!?」
俺相手に刀持って襲ってくるようなやつだぞ。
「この子はこの子で色々事情が複雑らしいのよ。おばあさまも承知済み。というより、これはおばあさまの発案だけどね」
理事長……あんたこの学園をどうしたいんだよ。
「そういう事でここでアルバイトする事になったんだ。改めてよろしくね、先生」
「各務原陸、今後もこれまでと同じように2年Cクラスで過ごしてもらう」
「まじかよ……」
俺は理心を横目で見る。
「各務原くんじゃないすか」
視線に気付いた理心たち三人が一斉にこちらに目を向ける。
多分、あの時の理心は俺が引き摺ってきた男の顔なんていちいち把握していない。最初の廃墟での襲撃も、文化祭での襲撃でも篝は顔を曝していない。だから、理心は篝の正体を知らない。
文化祭で散々自分を振り回した男とは露ほども思っていない。
「や。藤咲理心さん」
「……なんで、その名前を知ってんすか」
途端、理心の目付きが変わった。
今となっては理心の事情を知っているのはここにいる面々だけだ。
それを、顔もよく知らない男子生徒に本名を呼ばれた事で理心の警戒心は一気に最高潮に達していた。
「おい、篝」
「ん。なあに、先生」
「ちょっと表で話そう。真白はここにいて理心たち見てろ」
「はいはい。手短にね」
「先生……」
不安げに俺を見る理心。
どう言えばいいのかわからないからとりあえず頭をぽんぽんと叩いておいた。
「それ、セクハラよ」
「うるせえよ」
余計な茶々を入れる真白に悪態を吐きつつ店の外に出た。
「で、何のつもりだ」
店先で篝を睨みつける。
「怖いなあ。これからは先生たちの味方になるってだけだよ。よく言うでしょ、昨日の敵は今日の友ってさ」
「お前、おちょくってんのか」
「そんなつもりはないし、する意味もないんだよね」
そう言って篝は嘆息しながら空を見上げた。
「役立たずの僕は、もう風祭家の後ろ盾を得られない。でも言ったでしょ。僕には別の目的があってこの学園に来たって」
「それがどうした」
「理事長と交渉したんだよ。今後は、藤咲理心を守る為に使っていいから、僕の目的には干渉しないでほしいって」
「その目的ってのは」
「んー……先生には言いたくないかな」
笑顔でそう言った。
「お前、やっぱおちょくってるだろ」
「そんなつもりはないんだけどなぁ」
「それにお前、もう意味がないから最後にする、って言ってなかったか」
「そのつもりだったんだけどね。学園の外に出ると五剣の関係者に始末されかねないっていう事情を理事長さんが汲んでくれたから。それで、藤咲理心を守る代わりに、僕の目的に干渉せずに見過ごして、って」
「その目的とやら、やっぱ碌なことじゃなさそうだな」
「そうでもない。少なくとも、僕にとっては」
そう言う篝の目はまっすぐ俺の目を見据えていた。
「それを理事長は了承したわけか」
「そういう事。精一杯紳士的にお願いしてね」
「どの口が言ってんだ。匿ってもらうだけじゃなく協力しろなんて図々しいにも程があんだろ」
「ひどいなあ。悪くないと思うんだけど? 先生の目の届かない教室や授業中なんかは僕が藤咲理心を守ってあげるって言ってるんだよ?」
「お前、もう理心に変な事しないんだろうな」
「人聞き悪い言い方だなあ。僕は仕事として藤咲理心を連れ去るつもりだったけど、その仕事も失敗して反故になった。このままこの学園を出ても、僕はあっけなく消されるだけだろうし?」
「……正直、お前をどこまで信用していいのかわからん」
「だろうね。いいよ、信用なんてしなくて。お互い、その方が楽でしょ?」
「真白と理事長は把握してんだよな」
「うん。天城先生はどうか知らないけど、理事長には全部話した。僕の知ってる事は全部、ね」
「そうかよ……」
どのみち、理事長が認めているなら、俺が認めないって言っても通らない。野放しにするより、学園の中で首輪をつけておく方がまし、とでも思ったのか。
「一つだけ、条件出していいか」
「条件?」
「藤咲って軽々しく呼ぶな。何の為にあいつがわざわざ偽名で通ってると思ってんだ。お前も理心を守るつもりだってんなら余計な火種を撒くな。これまで通り普通のクラスメイトとして接しろ。必要以上に近づくなよ」
「近づくな、って。クラスメイトなんだけど」
「必要以上に、って言ってんだろ。あいつには俺から説明しとくが、お前は余計な事言うなよ」
「ふぅん。ま、なんでもいいや。とりあえず納得はしてくれるんだ」
「納得なんてしてねえよ。受け入れざるを得ないってだけだ」
「どっちでもいいよ。その条件とやらは一応気に留めとくね」
「守れよ」
「気を付けてはみるけどね。ついぽろっと言っちゃっても怒んないでね」
「言うな」
「はいはい。留意留意」
「やっぱおちょくってんだろ!」
***
篝との話し合いの後、席に戻る。
せっかくいい気分で酒を飲んでたのが台無しだ。
「先生、各務原くんは……」
「仕事に戻ったよ」
「なんであの人、藤咲って」
「あとで話す。今は肉食わせろ」
「そすか……」
煮え切らないといった顔で俯く。
悪いな。今は俺も整理しきれてない。あとでちゃんと言うさ。
とりあえず今は肉だ。
「つうかずいぶん増えてね?」
「貴方がいない間にね」
「内臓ばっかだけど……」
レバー、ハツ、シマチョウ、ギアラ、サガリ、センマイなどが追加されていた。
「先生はどれ食べますか♪」
「……じゃあ、レバーとハツ」
「わかりました♪」
「真白、お前食ってんの?」
「食べてるわよ。もうお腹いっぱいだけど」
そう言ってブラックコーヒーを飲む。
「ずいぶん頼んだな。これ食いきれるのか?」
「先生、頑張ってください♪」
「俺にぶん投げんなよ」
「先生。我はもういっぱいいっぱいだ」
「ちゃんと食ったんだな」
「理心が食え食えと皿に載せるからな」
「私も結構食べちゃいました♪ もう入りません♪」
怜が言うと、どういう感情で言ってるのかわかんねえな。
「理心は?」
「ご飯食べたらお腹いっぱいになったっす」
「馬鹿野郎」
焼肉に来て白米は危険なんだ。肝心の肉が入らなくなるからな。
「え、つまり残ってるの全部俺が食うの?」
「頑張れ先生」
「よかったわね。食べ放題よ」
「ホルモン系ばっかだけどな」
追加の肉をどんどん焼きながら雑に言う灯火と腹をさすって満腹感を演じる真白。
改めて卓上を見る。最初に頼んだ大皿の肉はほとんどなくなっていたが、後から追加されたと思われる肉がまだまだ大量に残っていた。
うん。ひとりじゃ無理。
「いやいや無理無理。焼肉のマナーってのはな、頼んだ奴が食うんだ」
俺は全員を見る。そして一斉に目を逸らされた。
「レバー頼んだのは」
「……我だ」
「ハツ」
「我だ」
「シマチョウ」
「我」
「ギアラ」
「それは私っす。どんな見た目なのか気になって」
「サガリ」
「我」
「センマイ」
「それも私っす。どんな見た目なのか気になって」
「食えよ!!!」
「お腹いっぱい」
「お腹いっぱいっす」
「お腹いっぱいです♪」
「じゃあ頼むな!!!」
特に灯火。内臓系頼んだのほとんどお前じゃねえか。
「大丈夫よ、玄」
真白が静かに言う。
「残っても、ライアンが食べてくれるわ」
俺は後ろの席で一人黙々と食べていたライアンを見る。
「……」
ライアンは静かに首を横に振った。
「……もう、食えません」
ライアンのテーブルには大量の空き皿が積み上がっていた。テーブルのほとんどが空き皿に埋め尽くされている。
「…………」
その時、店員がまたなにやら持ってきた。
「お待たせしました~、冷麺4つとキムチの盛り合わせです」
……。
理心、怜、灯火、真白の前に冷麺が置かれる。真白以外の奴らが一斉にさっと視線を逸らした。
「……お前ら、もう食えないんじゃなかったのか」
「これ食べるから、もう食べられないって意味よ」
「〆は肉全部食ってから頼め!」
「貴方の為に残しておいてあげたのよ。じゃ、玄、頑張って食べて」
「お前他人事だな!?」
「他人事だもの。残さないでよ。提供してくれた生徒に申し訳が立たないわ」
「じゃあお前も食えよ!」
「もう入らない」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお」
俺は次々に焼き上がる肉をどんどん口に詰めていった。
正直、後半は何を食っているのかわからなくなっていた。せっかく良い肉を食っているはずなのに。
焼肉だってのに、ビールを飲む余裕はなかった。
飲み潰れはしなかったが、食い倒れはした。




