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第27話【その後②】

 俺はベッドから立ちあがって理心と灯火が話すソファーに近づく。


「よう。ご機嫌いかがだお嬢様」


「先生……おはよっす。そっちの話は終わりっすか」


「とりあえず、な。詳しい話はまだわかんねえよ」


「そすか……。あの、先生」


「どうした」


「あの、私のせいで……ごめ」


 言い切る前に俺は理心の頭を叩く。


「痛いっす」


「それ、禁止な」


「どれっすか……」


「私のせいで、ってやつ。そんなんこっちは理解した上でやってんだ。他に言い方ねえのか。ん?」


「なんすか、それ……わかんないっすよ……」


「こういう時はな、私の為に、ありがとうございますってふんぞり返ってりゃいいんだよ。お嬢様だろ?」


「……先生のお嬢様像はなんか歪んでるっすね」


「とにかく、別の言葉があんだろ。俺も、今回関わった灯火も怜も、お前の謝罪が聞きたいわけじゃねえんだよ」


「……そ、すね。それはさっきも怒られたばっかっす……」


「なんだ、俺以外にもそんな態度だったのお前。そりゃー駄目だ。そんなんじゃ友達出来ねえぞ」


「……ごめんなさい」


「……謝んなよ……」


 いたたまれなくなるだろうが。


「先生……今回も、ありがとうございます。……ありがとうございました……」


 俺に向き合い丁寧に頭を下げる理心。


「そうだな。謝罪より、そっちのが心地いいわ」


 理心はしばらく頭を下げたままだった。


「先生」


「なんだ」


 今度は灯火が話しかけてきた。


「我の力不足で理心を危険に曝した。すまなかった」


「……なんでお前が謝るんだ」


「……出来る、と思っていた。理心の事情を聞いた後も、それに降りかかる火の粉くらい、我で対処できると自惚れていた。その結果、理心も怜も危険に曝し……先生が来なかったらどうなっていたかわからない」


「部室から……理心から離れた俺にも責任はある。お前が気負う事じゃねえだろ」


「すまない」


「謝るなっつうの……どいつもこいつも……」


「怜にも、先程すごく怒られた。……事情を知っていたなら事前に説明しろと……。怜があんなに怒ったのを我は初めてみた……」


 がくがくぶるぶると震える灯火。怜が怒るところなんて想像できねえな。どちらかというと灯火の謝罪は俺というより怜による圧が関係してる気がする。


「部長♪」


 突如、背後から声がした。怜の声だ。その瞬間、灯火の肩がびくっと跳ねた。一体、どんな怒り方したらあの灯火がこんなに怯える事になるんだ。


「れ、怜」


「ちゃんと先生に謝れましたか♪」


「あ、ああ。ちゃんと、言った」


 なあ! 先生! とこちらを仰ぐ灯火。


「俺が欲しいのは謝罪じゃねえんだけど……」


「じゃあ先生♪」


「あ?」


「私に謝罪をお願いします♪」


 どういう状況なんだこれは。


「謝罪……?」


「はい♪ 私、結構怒ってるんですよ♪」


 いつも通りの弾む声で言う怜。だがその表情は笑顔ではあるが、どこか能面のような無機質さを感じた。


「……怒ってる、とは?」


「…………」


 無言の圧がすごい。笑顔のままにこにこと俺を見上げる怜に、なんとなしに底知れぬ恐怖を感じた。さっきの少女、鳴神天理とは別種の威圧感が襲う。


「……ごめんなさい」


 理由もわからず、圧に屈する形で謝ってしまった。


「心が籠っていません♪ もういちどお願いします♪」


 どないせーっちゅうねん。


「怜、危険な目に合わせて悪かった。色々怖い思いをしたよな。……これからは危ない時は事前に伝えて、関わらずに済むように配慮する」


 突如、ドン! と床から音が鳴った。え?

 目の前の怜は笑顔のまま俺を見上げたままだ。え? 今の音なに?


「先生も、部長も、理心さんも……何もわかっていませんね♪」


「は、はい……ごめんなさい」


 つい謝ってしまった。


「はぁ……水臭いですよ。先生も、部長も、理心さんも……」


 途端に声は沈み、目を伏せる怜。


「私は別に、危険な事に巻き込まれたから怒ってるんじゃないです。理心さんの事情も、襲撃の事で皆さんが警戒していた事も、何も言ってくれなかったから怒っているんです」


 いつもの弾む声ではなかった。

 怜は俺の目を見つめながら、ひどく寂しそうな顔をしていた。


「怜……」


「確かに、私がこの部室に通うようになってまだ日は浅いですけど、それでも……先生と理心さんの間には、何か教師と生徒以上の深い繋がりがある事は察していました」


 おい、言い方。聞きようによっては俺と理心がそういう仲みたいに捉えられるだろ。


「それでも、お二人の問題なら口を出すつもりはなかったんです。でも、部長も関わってるって事は、単に私を役立たずの人間だって思ったって事ですよね? 私は、確かに荒事なんかには心得がないので、正直足手纏いです。それでも……事前に説明だけはしてほしかった……」


 まくしたてるように言う怜は、普段とは違い、感情を露わにした一人の少女だった。


「……すまない。お前も、理心も、守れると自惚れていた我のせいだ」


 灯火が言う。

 悲痛な顔をして、今にも泣きだしそうな怜に、俺は静かに言う。


「悪かった。正直、生徒を巻き込みたくなかったっていう俺のエゴだ。それがお前を傷付ける事になるなんて考えてなかった」


「怜さんは、私を守ってくれたっす。足手纏いだなんて、言わないでください……」


「理心さん……」


「怜、お前にはいつも助けられてる。この頭の処置だってそうだ。怜が来るようになって、この部室もだいぶ明るくなったんだぜ」


「そう、ですか……なら、よかったです……」


 涙ぐむ怜の頭をぽんぽんと叩く。

 それを見ていた真白が「セクハラで訴えられるわよ」と怖い事を言うもんだからそのまま手を引っ込めた。


「まあ、なんだ。これからはちゃんと言う。悪かったな、怜」


「いいえ……ありがとうございます、先生♪」


 気丈にいつも通りの態度を装う怜に安堵する。

 今、この場にいる連中はもう巻き込んじまってる。なら、今後は変に隠し事をするほうがよっぽど危険だろう。


「先生、理心の事情は、先生が寝ている間に怜に伝えておいた。問題ないか?」


 耳元でぼそっと言う灯火。


「ああ。悪かったな。俺が寝てる間に色々あったみたいだし」


 いつの間にか灯火が理心を名前で呼ぶようになっている。

 二人の距離も前より幾分自然に馴染みつつあった。


「よかったな、あの程度で済んで。さっきはもっと……いや、なんでもない」


 怜を横目で見つつ身震いさせる灯火。一体こいつは何をされたんだ?


「それじゃあ、私も戻るわね」


 真白が椅子から立ち上がりながら言った。


「もういい時間だしな」


 時刻は23時に迫っていた。


「貴方も、明日はちゃんとした所で検査を受けなさいよ」


「気が向いたらな」


「今回の件は、あとで改めて招集して報告するから。おばあさまの聴取が終わり次第になるけど。……それまで、生徒諸君は勉学に励みなさい。一応試験期間なんだから」


 そう言い残して真白はライアンを引き連れて去っていった。


「俺たちも帰るぞ」


「先生、動いて大丈夫なんすか」


「余裕。自分の部屋でゆっくりしたいしな」


「いつでもお世話に行きますから♪ 何かあったら呼んでくださいね♪」


「その気持ちだけで充分だ」


「その時は我も行こう」


「来んなよ。呼ばねえよ」


 なんとなく、いつもの空気に戻った気がした。

 まだお互い少しだけギスギスしてる気はするが、時間が解決してくれるだろう。

 ……篝の目的と、その裏にいる大きな影を感じつつも、俺はいつも通り、生徒を寮に送り届けて部屋に戻った。

 さて、これからどうなる事やら。



***



「よく手を出さなかったな」


天理の横を歩く男が言った。


「怪我人を襲う趣味はありませんよ。それに、何事もタイミングというものがあります」


「天理が好きそうな奴だったな」


「ああいう人は好きですよ。強さを隠さない癖に、野心も何も持っていない。その気になればいくらでも別の道で生きていけるでしょうに」


「むしろ、そういう生き方に疲れたのかもな」


「かもしれませんね。太陽、貴方のように」


「そう思うってだけだ」


「貴方と先生はなんとなく雰囲気が似ていますから。もし、先生と戦ったら勝てますか?」


「そんな状況にはならねえだろ」


「例えば、ですよ」


「……勝てない。けど、負ける事もないだろうな」


「つまらない答えですね」


「鬼童先生とやらも同じ事を言うだろうな」


「そうですか? 彼は貴方の事を認識出来ていませんでしたが」


「それは俺が何もしてなかったからだ。ああいう異常な存在は、俺が敵意を向けた瞬間牙を剥く」


「貴方がそう言うなら、そうなんでしょうね。……ふわぁあ。眠い」


「自分で振っといて興味なさそうだな」


「退屈を紛らわせる為の、退屈な話ですからね。どちらにせよ、私は先生に興味を持ってしまいました」


「妬けるね」


「どの口が言うんです? 私の誘いには乗らない癖に」


「色々面倒だからな」


「もういいです。さっさと帰って寝ましょう」


「はいはい」



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