第24話【中間試験⑥】
天城真白とライアンはその場に崩れ落ちる3人の人影を見下ろしていた。
「……」
「ライアン、貴方は理心さんの所へ行きなさい」
「……一緒に、来ないのか」
「私は大丈夫よ。……ちょうど、もう一人の助っ人が来たわ」
真白の見つめる先には、小柄な少女が、その手に刀をぶらさげてゆっくりと近づいてきていた。
「少し、遅れましたか?」
「いいえ。問題無いわ」
そう言って真白は問題のある生徒を見る。
同年代と比べて小柄な少女は、つまらなそうに口を尖らせる。
「そうですか。出遅れたようで残念です」
少女は眼前に倒れる男たちを眺めながら言った。
「おばあさまから貴女を使うように言われた時は驚いたわ。まさか、この学園にいるなんてね」
「ここは自由が利きますから。私にも、気を休められる場所は必要です」
「よく言うわ」
ライアンは目の前の小柄な少女を前に、神経が剝き出しになったような錯覚を覚えた。そして、剝き出しになった神経を、その少女が指でなぞっているような不快感と恐怖を感じていた。
「……」
「ライアン、ここはこの子に任せて」
「だが……」
ライアンは目の前にいる小柄な少女に、大切な真白を預けていいのか逡巡する。
「心配いりませんよ。私はただ、理事長さんとの決め事の為にいるだけなので。天城先生に何かするつもりはありません」
それに、と付け加える少女。
「その気なら、とっくに終わっています」
「……そうか」
ライアンは身体中を巡る悪寒に耐えながら答えた。
「行きなさい。玄も灯火も強いけれど、相手の人数次第では持たないかもしれない。急ぎなさい」
「……わかった」
後ろ足引かれる思いで、ライアンは真白から離れ、校舎を見据えた。
素早く終わらせる。そうしないと安心できない。真白を守る役目を下ろされたライアンは、その内に静かな怒りのような感情を抱えながら、文芸部室へと向かった。
去っていくライアンの背を、目で追いながら少女は言う。
「面白い人ですね」
「そうかしら」
真白は興味ないといった風に答える。
「ええ。……少し、試したくなりますね」
少女の目は鈍く光を放つ。
「なにを?」
それを意にも介さず真白は伸びをしながら答えた。
「もし貴女を斬ったら、本気のあの方と戦えますか」
口元に三日月のような笑みを浮かべて言う少女に、突然げんこつが落ちた。
「ぐへ」
「やめろ馬鹿」
いつ現れたのか。小柄な少女の横で、やれやれと言いたそうな男が立っていた。
「あら用務員さん。貴方も来たの」
「こいつをほっとくといらん面倒まで増えそうだからな」
頭を押さえながら恨みがましい視線を男に向けながら少女は言う。
「冗談ですよ。本当にそんな事すると思っているんですか?」
「しかねない」
「ひどい。私の格も落ちるし、この学園にもいられなくなりますよ」
その光景を見ながら、真白は静かに嘆息した。
「まったく。問題児ばかりね、この学園」
***
さて、4人を相手にどう立ち回るか。
藤咲理心は怜と共に厨房に身を隠している。
その行く手を遮るように、黒い集団と対峙していた。
先日の怜の打診による備品の増加によって、障害物となりうるものは多い。これらを上手く使ってなんとか数を減らさなければ。
「このメイドさん中々動けるぞ」
「つうかなんだよ。女の子一人攫うだけの楽な仕事だったはずじゃねえのか」
先ほど蹴り飛ばした男が面倒臭そうに言う。
その瞬間、背後で藤咲理心が強張ったのを感じた。
全く。そう怯えるな。我がなんとかする。こういう時の為に磨いた技だ。とは言っても相手も並みじゃない。おそらく、藤咲理心と関係の深い天下五剣の関係者だろう。先ほど、壁にぶつかった男が発した音と、この男たちの立ち振る舞い。黒装束の中に、刀を隠している。
徒手で敵わない相手に武器まで持ち出されたら我に勝つ術はない。
先生は席を外している。助太刀に来るはずのライアンは未だに姿を見せない。ならば、今我がすべきことは、藤咲理心をこの場から遠ざける事だ。
「藤咲理心! お前は先生を呼びにいけ!」
「え……」
「近くにはいるはずだ! 力及ばず申し訳ないが、我ではここを抑え切れない」
「部長……この状況は一体……」
悪いな、怜。説明は後だ。
「逃げ道は我が押さえる! 早くしろ!」
「……っす」
部室から出られれば、先生やライアンに会えるかもしれない。そうすれば、藤咲理心を守り切れる可能性が高まる。
幸い、部室の出入り口は抑えられていない。
最も扉に近い男に狙いを定めた。
こういう時、一年を共に過ごした間柄だろうか。怜がどういう備えをしているのかがわかった。
我は唯一の光源である簡易照明を破壊した。
瞬間。
「部長!」
怜の声と共に、怜の持つ懐中電灯の光が、目の前の男の視線を塞いだ。今だ。
相手は見えていない。最速で、最短で、一直線に、前蹴りを放つ。
「今だ! 行け!」
前蹴りを当てたものの、手応えを感じなかった。
我は姿勢を低くし、いつでも動けるように五感を研ぎ澄ませる。
「巻き込んで、ごめんなさい」
そう言って藤咲理心は廊下を駆けていった。
***
篝の攻撃を避ける為に身体を翻すと、備品が倒れたり崩れたりでどんどん足場は悪くなっていく。室内は暗い。ほとんど気配のみでの攻防。後手に回ってると反応が遅れてどうしても受けざるを得ない状況が生まれる。このままじゃじりじりと削られて状況は悪化する一方だな。
「あ、今回は当たった」
腕で受けた衝撃が肩を貫いた。
「受けたんだよ馬鹿」
姿が見えていなくても、触れている間はお前がどこにいるかわかるぞ。
とりあえず、一撃与えて距離を取る。
「おら!!!」
「おっそ」
振りかぶった拳はあっさり空を切った。あ、やば。
「ぐはっ」
がら空きになったサイドに篝の蹴りが突き刺さった。
勢いよく吹っ飛ばされ、扉を突き破って廊下に放り出された。
なんとか体勢を直そうと起き上がる。
すかさず篝は追い打ちを仕掛けようと駆けてくる。
あぁ痛ててて。直撃食らったのなんていつぶりだ?
やっぱり駄目だな。相手が生徒だと思うと一瞬躊躇しちまって動きが鈍くなる。
篝は駆ける勢いそのままに飛び膝蹴りを放つ。
やけに篝の動きがゆっくり見えるな。……見える? そうか、見えてる。
「……」
篝の膝を首を捻って躱した。壁に衝突した衝撃は鈍い音を発して壁を破壊している。
「残念、外れちゃった」
校舎の外側の明かりが微かに廊下を照らしている。街灯や月明りの影響か。おかげで、見えるようになった。
「先生!」
「理心か!?」
廊下の先から理心が走ってくる気配を感じた。
「先生! 部室に変な奴らが……!」
部室の方から慌てて走ってくる理心に気を取られた瞬間――。
篝は俺の横を通り過ぎ、理心を狙って駆けていく。
「ちっ……」
思わず舌打ちする。篝は、理心に対して加減のない蹴りを放つ。
「ぐはっ……!」
俺はそれを身を挺して庇った。
「て、めぇ……理心狙いやがって……」
変な体勢で食らった蹴りは思わぬ急所に当たったらしい。
呼吸が上手くできねえ……。
「だって、庇うでしょ?」
飄々と俺を見下ろす篝。
その表情は嗜虐心で満ちた笑みを浮かべていた。
「ぐふっ……」
そう言いながら理心に向けられた蹴りをもう一度庇い、腹部を思いっきり蹴られた俺は吹っ飛んだ。
「守る事に慣れてないね、鬼童せ・ん・せ」
「てめぇ……」
睨み付ける俺の視線など意に返さずに篝は理心に目を向ける。
「大変だよね、先生。そんなに強いのに、こんな小娘一人を守る為に僕に負けるなんてさ」
そう言って篝は理心に渾身の蹴りを放つ。
「っ……!?」
目を瞑り、来る衝撃に備えて緊張する理心。
だがその蹴りが理心に当たる事はなかった。
「やっぱり、庇ってくれた」
篝の蹴りは俺の側頭部に命中した。吹っ飛んだ俺は壁に勢いよく頭をぶつけて地面に倒れた。
わかってるさ。篝、お前が理心を傷付けるわけにはいかないって事は。
それでも、万が一でも俺は、生徒を傷付けさせるわけにはいかない。
頭を打ち、朦朧とする意識の中で、俺は理心に向けて言葉を紡ぐ。
「理心……部室に、戻れ……」
「……先生、私……」
逡巡する理心をどなりつける。
「とっとと行け!!!」
最後の気力だった。
「っ……」
大丈夫だ。きっと、ライアンが助けてくれる。
俺は、足に力を込めてなんとか立ち上がった。
「いい蹴りしてんじゃん。……将来サッカー選手にでもなれよ」
「それもいいかもね」
思いの外、傷は深い。頭からどくどくと、血が流れる感触。
ああ、久々だな。
あの頃は、毎日こんな怪我ばっかしてた。
「いい加減、倒れてなよ!!!」
篝の拳が目前に迫る。
それを無意識に掴んでいた。
「……お前よぉ」
「……なっ!」
驚愕する篝。
ぐっと力を込め、その拳を握る。逃がさないように。躱されないように。今度は外さねえ。
「ハゲたらどうしてくれんだボケぇ!!!」
精一杯腰を回し、渾身の力で篝の顔面をぶん殴った。
「ぶへぁっ!」
懐かしい感覚だった。
全身の血液が沸騰するように沸き立つ感覚。
血で濡れた髪をかき上げ後ろに撫でつける。
さっきまで気絶寸前だったはずの意識は、むしろクリアに研ぎ澄まされていた。おかげで吹っ切れたぜ。
「後悔すんなよボケ。理心の青春と、俺の毛根の代償は重いぞ」
指をぽきぽきと鳴らし、吹っ飛んだ篝に一歩、また一歩と近づく。
「……ぺっ」
篝は口から血を吐き捨てる。
「面白い顔になってんぞ、イケメン小僧」
「……そういう先生こそ、血だらけだよ?」
「お前のおかげでな」
「やだなぁ、怒ってる?」
「いいや、感謝してる」
「へぇ……?」
あの頃に戻れた気がしたからな。
「童心を忘れずにすんだよ、てめぇのおかげでな!」
「顔こっわ」
自分がどんな顔をしているのかはわからないが、笑っているのはわかる。
こんな時だってのに、気分が高揚して止まらねぇ。
「楽しそうな所申し訳ないんだけど、これで終わりだよ」
「あ?」
篝はいつの間にかじりじりと後退していた。
おもむろに階段横の消火栓の扉をこじ開けると、中から長い包みを取り出した。
「仕込んでやがったのか」
包みを解くと、中から一本の立派な刀が出てきた。
「分かってると思うけど、僕、天下五剣の関係者なんだよね」
だからこれが僕の本領。
そう言って刀を抜く篝。
「ごめんね先生。死んでも化けて出ないでよ」
篝は正眼に構えた。
すぅ、と目から光が消えた。
その目からは何の感情も伺えない。さっきまでの飄々とした態度とは、空気そのものが違っていた。
「ずいぶん様になってるじゃねえか」
「行くよ」
もう軽口を言うつもりはないらしい。
そうこなくっちゃな。
素手じゃ物足りねえよ。




