第23話【中間試験⑤】
突然落ちた照明に、理心と怜は困惑していた。
「あら、電気が……」
厨房の奥から怜の声。
「……なんすかね」
理心はソファーで本を読んでいたのを確認している。
「藤咲理心、厨房に入っていろ」
我は声を低くして言った。
「え、なんすか」
「部長?」
こうなる事を見越して用意していた簡易照明をテーブルに置いた。
USB充電式だがそれなりの明るさで広範囲を照らしてくれる。
「ていうか今、藤咲って……」
藤咲理心が困惑した声を出すとともに、部室の扉が勢いよく開かれた。
扉から1……2……3……4……。4人の人影が部室に侵入してきた。
全員、全身を黒い衣装で身を包み、黒いフードとマスクで顔を覆っている。
「目標発見。対象を確保する」
「了解」
黒い集団はソファーに座る理心を狙うように統率された動きを見せた。
「……ここで、っすか」
狙われる藤咲理心は悲壮感を携えた目で連中を見ていた。
「早く厨房に行け!」
我は藤咲理心を守るように黒い集団の前に出る。
「なんだこのメイドさん」
男の声。
集団の中の一人が一瞬、油断するのを感じた。
その瞬間、我は一足で飛び込み、その男に足払いを食らわせた。
瞬間、浮いた男の身体を前蹴りで腹部を捉え吹っ飛ばした。
男の身体は壁に激突する。鈍い音が部室に響いた。
「なんだ?」
別の人影が反応する。男の声。
「警戒しろ!」
さらに別の、男の声。
身を低く、地面を這うように駆けて二人目の男に仕掛ける。
男の手前で地面を蹴り上げ跳ね上がる。上段から頭部目掛けて足を振り抜いた。
「ぐっ……」
防がれた。今のが決まらないか……。
視線を下に誘導してからの、緩急を付けた上段の一撃を防がれた事に、我は少しだけ戸惑った。
「あー、痛てて」
最初に蹴り飛ばした男が起き上がる。
「ぷっ……こんなメイドさんにやられてんじゃねえよ」
別の人影。こいつも男の声。
全員が男性である事はわかった。
全く、嫌になる。いくら技を磨いても、我の体格では致命の一撃を与えるに能わず。
未だぴんぴんしている4人の刺客は、どうやら我を敵と断定したようだ。
先ほどまでとは違う。油断のない気配。
さて、どうするか。
***
「まさか、私まで狙われるなんてね」
3人の黒い人影が、天城真白を取り囲んでいた。
だが、それを守るようにする巨大な影が一つ。ライアンだ。
「……」
「ライアンを向かわせるつもりだったけど……」
「……大丈夫だ。すぐに、片付ける」
巨躯の男は言う。
だが、3人の刺客の目的はライアンを倒す事ではなかった。
ここで、足止めすること。
***
「どうにも当て感が狂うなあ……」
篝は手足をぶらぶらと振りながら言う。
「先生、避けすぎじゃない?」
「お前の蹴りが鈍いんだよ」
「酷いなぁ。一応、一生懸命武を磨いてきた生徒にいう台詞?」
「知るか」
といいつつも、足場は悪いし、そこまで広さのない室内だと避けるにも限界がある。
それに、生徒が相手だと思うとどうにも調子が出ない。
「なあ篝、お前は誰かの指示があって理心を狙ってるわけだろ」
「そうだね」
「なら、俺がお前を雇い直すってことはできないのか」
「……へぇ。面白い事言うね。……でも残念。こっちにも信頼ってものがあるし、途中で仕事を投げられないんだ」
「……だろうな」
駄目か。まあそうだよな……。
「でも僕、先生の事割と好きだよ」
「お前に言われても嬉しくねえ」
「ははっ、残念。こうやって素で話した事はそんなにないけど、先生の事調べてるうちに好きになっちゃった」
「……調べた?」
「うん」
「なにを」
どうやって、と聞きたかった。
「あれだけ派手にやってきてるのに本名で教員名乗るのは無理があるでしょ」
篝はほくそ笑む。
「……不良狩りの鬼、って呼ばれてるんだっけ」
別に隠してるわけじゃないが、その呼び名を聞いてなつかしさにどきりとした。
「懐かしい呼ばれ方だな」
「先生の地元じゃ未だに語り継がれてるよ? 悪い事すると鬼が来るぞ、ってね」
「そりゃ言い過ぎだろ。俺は10年近くあの場所には戻ってない」
「そうなの? 鬼童玄の名前と、先生の地元を検索したらすぐ出てくるよ。たぶん地元で流行りのSNSなんだろうけど。鬼と呼ばれる先生の逸話は、もはや伝説とか伝承に近いくらい。荒唐無稽な事ばかりだけどね」
篝は飄々と続ける。
「一晩で暴走族を1人で潰したとか、麻薬売買に関わった組織を、バックにいる暴力団ごと潰したとか。嘘かほんとかは知らないし、どこまで脚色されてるかはわかんないけど」
「なんだその眉唾な話は」
「ほんとだよね」
篝は笑う。
「でも、事実でしょ?」
「どうしてそう思うんだ」
「だって先生くらい強いなら、そんな事も出来ちゃいそうだし」
「お前は俺の何を知ってるんだ」
「少なくとも、天下五剣候補の僕の攻撃を易々と受け流せる人物、ってことかな」
「……お前、天下五剣の……」
「あくまでも候補者、ってだけだけどね」
それに、と続ける。
「先生が強い人じゃないと困るなぁ。僕、笑ってるけど内心ではずいぶん怒ってるんだよ? こんなに僕の攻撃を防ぐんだもん」
「怒ってる、ね」
「そ。もうプライドずたずただよ。藤咲理心の誘拐、そんな簡単な仕事をもう一年以上続けさせられてるんだもん」
「知ったこっちゃねえよ。怒ってるっていえばな、俺もお前に対して怒ってるぞ」
「ふぅん。……どうして?」
「お前のせいで、昨日から酒飲めてねえんだぞ」
「それこそ知ったこっちゃないよ。そもそも校内で飲酒ってどうなのさ」
「お前に言われる筋合いはねえ」
「いやいや、今までお世話になった生徒だからこそ言うんだよ?」
ぐうの音も出なかった。
「お前、こんな奇襲が通用すると思ってるのか?」
「問題ないよ。先生さえ抑えられれば」
「お前、ライアンを舐めすぎ」
「ライアン?」
「いつも真白にくっついてる巨人だ」
「ああ、あの人か」
「あいつは昔、俺と対等にやりあったやつだぞ」
ライアン程苦戦した相手はいなかった。
でかい体に異常な打たれ強さ。自分の無力を実感したね、ほんと。
今でこそ真白の運転手兼使用人みたいになっているが、当時のあいつは手の付けられない暴君だった。
「でも、あの人は役に立たないでしょ」
「なに?」
「藤咲理心を攫う為には、戦力の分散は不可欠。
あの大きい人がライアンっていうなら、あの人は今頃、先生と同じように足止め食らって立ち往生してるよ」
「どういう意味だ」
「そのままの意味。天城真白にも、僕たちの仲間を向かわせてるんだ」
なるほど。真白を守る為にライアンがそれを食い止めてる、ってわけか。だけど、こいつはやっぱりライアンを舐めてる。
「ちょっと出来るくらいの奴が何人いても、ライアンを止められるかよ」
「へぇ……信用してるんだ」
当然。あいつほど強く、頼りになって、不器用だけど誰かを思う気持ちに偽りのない男はそうはいない。あいつは理心も灯火も怜も守ると口にした。それはそのままあいつの覚悟と同義だ。
「予言してやる。お前の策は悪手だ。失敗に終わる」
「……ふぅん」
「それでお前も終わりだ」
「面白いね」
「気に入ったか?」
「そうだね。楽しい催しをありがとう、先生」
俺たちは口元に笑みを浮かべて睨み合う。




