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第18話【一章幕間】

 とある日の部室。


「なんだよ、お前昼休みにまで俺の聖域を侵そうってのか」


 昼休み、落ち着いた時間を求めて俺は文芸部室に足を運んだ。


「へんへひほふふんふへ」


「飲み込んでから喋れ」


 なんとなく発音からして「先生も来るんすね」と言った気がする。


 理心の机には山盛りの唐揚げと大盛りの白米が鎮座していた。


「ここは元々俺が私的利用するための空間だぞ」


「教師としてどうなんすか」


 口いっぱいに頬張ったものを飲み込んだ理心がいつものツッコミを入れる。


「社会に出るとな、誰もいない、誰にも見られていないと安心できる空間が必要なんだよ。自分の部屋とかな」


「ここ部室っすよ」


 ぐうの音も出ない正論に黙った。


 しかし、美味そうなもん食ってるな。


 おそらく学食の唐揚げ定食をここまで持ってきたんだろうが。学園が運営する食堂は色んな部活から手を借りて多種多様なメニューを備えると言う。味も評判が良い。

 俺は一度しか食った事ないけど。人が多い場所は落ち着かないんだ。


「それ、持ってくるには遠かったろ」


 学食から文芸部室はそれなりに距離がある。


 旧校舎にある部室棟の一番端に文芸部室はあり、

 部室と正反対の校舎の端から渡り廊下を通った先に食堂はある。


「抜け道があるんすよ」


「抜け道?」


 物理的にありえない気がするが。


「距離は多分変わらないっすけどね。校舎の廊下を通るんじゃなく、外側の池の方を通ると人とも会わないし混雑もしてないんで、安全に持ち運べる、ってわけっす。二階へは外階段を使えば来れますしね」


「安全に、ってなんだよ。唐揚げ定食の運搬にそんな概念あるのか」


「あるっすよ。人混みを通るとぶつかられて汁がこぼれるじゃないっすか」


「それは一大事だな」


「そういう事っす」


 そう言って、理心はまた唐揚げを一つ摘まんで口に放り込んだ。

 いい食いっぷりだ。見ていて気持ちがいいくらいだが、女子高生がそんなに白米をかっこむ姿はなかなか豪快だった。


「お前、昼はいつもここなのか」


「まあまあっす」


「友達と食堂で食うとかは」


「ないっすね」


 あっさり返ってきた。


「寂しいやつだな」


「先生にだけは言われたくないっす」


「俺はほら……たまに熊崎と食ってるし」


「お酒担当、便利屋兼教師の熊崎先生……すか」


 理心の中での熊崎の印象は散々だった。

 昼の文芸部室は静かだ。窓の外から運動部の声が遠く聞こえる程度で、校舎の喧騒とは少し切り離されている。


 ……たしかに、ここは落ち着く。


「まあ、人多いと面倒っすから」


「ん?」


「食堂。混むし、うるさいし、誰かしら話しかけてくるし」


 最後の一言だけ、少しだけトーンが落ちた気がした。


「人気者は大変だな」


 軽口のつもりで言ったが、理心は「別に」とだけ返した。

 その返しが妙に乾いていて、少し引っかかった。


「……先生こそ、なんで昼休みまでここ来るんすか」


「言っただろ。誰もいない、誰にも見られてない空間が必要なんだよ」


「私いるじゃないっすか」


「いると思って来てねえよ、なんでいるんだよ俺の聖域に」


「結構来てたっすよ。今までたまたま先生と会わなかっただけっすね」


 こいつも俺と同じで、人の多い場所が苦手なのかもしれない。

 ただ、俺と違うのは――

 こいつのそれは、ただの性分だけじゃないってことだ。


「先生」


「なんだ」


「唐揚げ、一個食べるっすか」


「まじか」


「まじっす。唐揚げ好きなんで、大盛り頼んだのはいいんすけど、食べきれそうにないっす」


「そういう事なら貰うか」


 差し出された唐揚げを受け取る。


 一口かじると、思ったよりちゃんと美味かった。


「……うまいな」


「学食、意外とやるっすよ」


「意外ではねえだろ。お前が毎回ここまで持ってくるくらいには気に入ってるんだから」


「まあ、それはそうっすね」


 理心は少し得意げに言って、また白米をかっこんだ。


「しかしこれはビールが欲しくなるな」


「まだ昼間っすよ」


「午後の授業がなければ飲んでたな」


「ダメ教師っす」


 そういって理心は少し笑った。


「理心は唐揚げにレモンかけるタイプ?」


「よくある問答っすね」


「居酒屋とかで頼むとだいたいレモンが付いて来るからな、俺はついついかけちゃう派だ」


「どんな派閥っすか。……じゃあ私は、最初はかけない派っすね」


「合いそうならかける、と?」


「そういう事っす。初めて食べるお店のならなおさら、最初は提供されたそのままで食べるっす。レモンが合いそうならかけるし、いらないと思ったらかけないっす」


 なんか強いこだわりを感じた。


「まぁ結局、その人の舌に合うならどんな食べ方でもいいんじゃないすか。好みなんて人それぞれっす」


「それは確かにな」


「でも大皿で出てきた唐揚げにいきなりレモンかける人とは友達になりたくないっすね。せめて断りを入れてほしいっす。……断るっすけど」


「お前が唐揚げ好きなのは伝わったよ」


 そういいながら俺はポットからカップ麺に熱湯を注ぐ。

 部室に常備してある俺の昼飯だ。


「そんなのばっか食べてるんすか」


「楽だし美味いからいいんだよ」


「先生も学食行ったらどうっすか」


「めんどくさい。結局その皿も下げに行かなきゃならんだろ」


「まあ当然っすね」


「数分とは言えそんな暇があるなら俺は昼寝するね」


「ダメ人間」


 とうとう教師とすら言わなくなったか。俺の株が理心の中でどんどん下がっていってる気がする。

 まぁ元々高くはないだろうけど。

「なあ理心」


「なんすか」


「明日から俺の分も食堂から持ってくるっていうのは……」


「却下っすね」


 ですよね。


 俺と理心、昼休みでの初邂逅はこうして過ぎていった。

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