表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/36

第17話【過去④】

「まずは前提から話すわ」


 俺と真白と理心は、校舎に向かって歩きながら話を続けていた。


「この子の名前は、明智理心じゃない」


 理心と肩を組みながら歩く真白が言う。

 どうでもいいけど、それ歩きづらいだろ。


「明智理心じゃない?」


「あら、あんまり驚かないのね」


 まあ、名前関連で事情がありそうなのは察してましたし。


「この子の本当の名前は」


 もったいぶるように言って、真白は理心の背中を軽く押した。


「えと……藤咲っす。藤咲理心」


「藤咲……?」


 どこかで聞いたような気がする。


「名前は本名だったわけか。だから名前で呼べって?」


「そうなるっすね」


 理心は少しだけ気まずそうに視線を逸らした。


「明智ってのは?」


「偽名っす。身分を隠すための」


「物騒な高校生活だな」


「自分でもそう思うっす」


「藤咲家」


 真白が横から口を挟む。


「天下五剣の一角よ」


「天下五剣?」


 大仰な名前が出てきた。


「この国の裏側で、古くから武をもって地位を築いてきた勢力。現時点では、藤咲、村雨、立川、宮本、柳生」


「急に少年漫画みたいな単語出してくるな」


「現実よ」


「余計に嫌だわ」


 真白は気にせず続ける。


「理心さんの兄は、その藤咲家の現当主に近い立場にいる。いえ、実質的にはもう中心人物と言っていいわね」


「兄?」


「私の兄っす」


 理心は小さく頷いた。


「先生、天下五剣って知ってたっすか」


「あれだろ、鬼丸国綱とか童子切安綱とか」


「それにちなんではいるっすね。この国で実力のある剣客をそう呼ぶんすよ」


知ってるよ。嫌って程な。


 理心は続ける。


「私の兄は、その天下五剣なんすよ」


「……お前、さらっと言うね」


「しょうがないっす。事実っすから」


天下五剣、藤咲家か。どうりで聞き覚えがあるわけだ。


「今回の連中は、おそらく理心さん本人が目的というより、彼女を使って藤咲家に圧をかけたい連中の仕業でしょうね」


「つまり?」


「理心さんのお兄さんへの脅し、ってこと」


「ここ数年で、天下五剣に数えられる五人の中に兄が入ったんす。それで、勢いに乗る兄を蹴落としたい人たちがいるみたいで。私には詳しいことはわからないっすけど、妹の私を引き合いに出して、兄をどうこうしたいんじゃないっすかね」


 理心は、自分の腕をさすりながら言った。


「実際、こんな感じで襲われたのは初めてじゃないんすよ」


「理心さんは、入学前にも似たような連中に攫われそうになったらしいわ。詳しい話は私も知らないけど、おばあさまは把握してる。それで、危険を回避するために偽名で入学させたのよ」


「まあそんな感じっす。騙して悪かったっす」


「いや、それはいいけどよ」


 こいつが人と積極的に関わらないのは、そのせいか。


 いつどこで襲われるかわからない。

 だから人の多い場所にはいられない。

 巻き込む可能性があるからだ。


 かといって、人の少ない場所も危ない。

 今日みたいに、狙われる。


 放課後、寮にそのまま帰る生徒はそう多くない。

 部活や遊びに出ている連中が多く、寮にいるのは直帰した生徒と寮母くらいだろう。


 人が少なければ、自分だけでなく、近くにいる誰かまで巻き込む可能性がある。

 だから、こいつは人の少ない寮でも、人の多い食堂でもなく、あの寂れた文芸部を選んだ。


 いや、正確には真白が選ばせたんだろう。


 俺がいて、他に誰もいない部室。

 何かあっても、巻き込む相手は最低限で済む。


 その文芸部にも、先日のことで行きづらくなった。

 それで今日のように人気のない場所を探していたら、襲われた。


 ……ったく。面倒だな。


 半分は、ああいう空気にしちまった俺のせいじゃねえか。


 だが、これでわかった。


 理心を狙う輩は、確実にこの学園に潜んでいる。


「で、藤咲理心」


「なんすか」


「お前はどうしたいんだ」


「どう、って」


 理心は困ったように眉を下げた。


「別に。卒業まで静かに過ごせれば、それでいいっす」


「それでいいのか」


「いいも悪いもないっすよ」


 理心は軽く笑った。


「私は、家に戻ったらもう終わりなんで」


「終わり?」


「結婚させられるんすよ。たぶん」


 さらっと言った。


 あまりにも軽く言うものだから、一瞬意味を取り損ねた。


「……結婚?」


「政略結婚ってやつっす。兄の立場をもっと確かなものにするために。会ったこともない、知らない偉いおじさんと」


「……」


「本当なら、もうとっくにそうなってる予定だったんすけどね」


 理心は空を見上げる。


「私は親や兄の反対を押し切って、この学園に入ったんす」


 あっけからんと言う。


「だからきっと、これが私にとって最後の自由っす」


 けれど、その表情は悲壮感で染まっていた。


「兄のために、利用されるんす」


「……」


「明智って名前は、そのための防衛策だったのよ」


 真白が静かに言う。


「藤咲理心として動けば、彼女はすぐに見つかる。だから一時的に苗字を変えて、学園内で静かに過ごしてもらうつもりだった」


 最後、だもの。


 そう言って、真白は目を伏せた。


 こいつは、理心が最後の時間と決めたその心情を理解しているのだろう。

 それと同時に、名家による行動の強制力も理解している。


 だから最後くらいは、と。

 安寧の時間を理心にもたらしたかったのだ。


「その割には普通に攫われかけてんじゃねえか」


「そうね。思ったより相手が早かった」


「他人事みたいに言うな」


「他人事ではないわ。だから玄を巻き込んだの」


「だったら最初っから説明しとけ」


 真白は悪びれもしなかった。


「でも、結果としてなんとかなったでしょ?」


「ずいぶんいい加減な采配だな」


「だってまさか数日で喧嘩別れしてるとは思わないじゃない」


 言い返せなかった。


 さっきの連中相手に、普通の教師や警備員が居合わせたらどうなっていたか。

 少なくとも、理心を無事に取り返せたとは限らない。


「で、誰がやったんだ」


「それはまだわからないわ」


 真白は校舎へ続く道の先を見ながら言った。


「ただ、候補はある」


 理心が小さく息を吐いた。


「天下五剣、もしくはその候補者たちっすね」


「藤咲、村雨、立川、宮本、柳生、だったか」


「そうっす」


「その中の誰かが、お前を使って兄貴を脅そうとしてるって?」


「多分っす」


「多分ばっかだな」


「私自身、全部を把握してるわけじゃないんすよ」


 理心は少しだけ困ったように笑った。


「家のことなんて、もう関わりたくなかったんで」


 その言葉は軽かった。

 だが、軽いぶんだけ、やけに重く聞こえた。


「その村雨ってところは、除外してもいいかもしれないっす」


「なんで」


「なんでも、現世最強って言われてる人なんで。わざわざこんな回りくどいことはしなさそうじゃないっすか」


「ずいぶんいかつい通り名だな」


「確か、私とほとんど同じくらいの年の女の子って話だったような」


「化け物じゃねえか」


 真白がくすりと笑う。


「面白いわね」


「どこがだよ」


「世の中にはいるのよ。理屈の外にいる人間が」


 何故か俺を見る真白。


 俺はその視線から逃げるように理心を見る。


 さっきまで地面に座り込んでいた少女は、歩きながらもどこか遠くを見ていた。

 ここにいるのに、もう先の終わりを見ているような顔だった。


 これが最後の自由。


 その言葉の意味が、ようやく少しだけわかった気がした。


「……そうか」


 俺は短く息を吐いた。


「なら、もっと友達とか作って、思い出でも作った方がいいんじゃねえの」


「さっきの人達みたいのに絡まれてるのに?」


「あ……」


「迷惑かけるだけっすよ。誰かと親しくなっても、卒業したらその人たちとは会えないでしょうし」


「……」


「まあでも、先生がなんか強いのはわかったんで」


 理心は少しだけ、いつもの調子に戻ろうとするみたいに笑った。


「これからはまた、護身のために部室に行くっす」


「護身て」


「良いっすか?」


「ああ。いいんじゃない」


 面倒な荷物を抱えたな、と思った。


 事情を知った以上、放っておくわけにもいかない。

 またいつ、さっきみたいな連中に襲われるかわかったもんじゃない。


 それに、何より。


 こいつの言う“最後の自由”ってやつが、どうにも気に食わなかった。


「しゃーない。お前の問題が解決するまで守ってやる」


「解決?」


「いつまでも一人の生徒の問題に首を突っ込んでられるほど、教員は暇じゃないんだ」


「貴方は暇でしょ」


 真白が横から茶々を入れてくる。


「うるさい」


「暇じゃないなら、昼間から部室でお酒なんて飲んでいないわ」


「うるさいって言ってんだろ」


 理心が少しだけ笑った。


 それでいい。


 さっきみたいな顔をしているよりは、ずっといい。


「とにかく、とっとと解決して、お前は友達を作るなり恋人を作るなりすりゃいい。最後の自由だってんなら、この学園で面白おかしく過ごしていきゃいい」


「解決って……相手もわからないのに、っすか」


「相手が諦めてなきゃ、また似たようなのが来るだろ。そいつをとっつかまえて全部吐かせりゃいい」


「簡単に言うっすね」


「こういうのは重く考えすぎないのが大事なんだよ」


 真白が隣で、少しだけ笑った気配がした。


「やっぱり貴方に任せて正解だったわ」


「うるせえ。最初から巻き込む気だったくせに」


「否定はしないわ」


「否定しろ」


 俺は理心を見る。


「まあそういうわけだ。俺はお前の自由な時間を取り戻してやる」


 少しだけ声を落とす。


「この学園にいる間くらいはな」


 理心は少しだけ目を丸くしたあと、ふっと視線を逸らした。


「……変な先生っすね」


「よく言われる」


「あと、不良教師っす」


「それも最近言われた」


「でも」


 理心は小さく息を吐いた。


「……ありがとう、ございます」


 その声は、いつもの軽さより少しだけ小さかった。


 これが、俺が理心を守ると決めた始まりだった。


 待ってろ、理心。


 今となっちゃ、お前にもそれなりに情が湧いてる。

 絶対に、お前の青春を取り戻してやる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ