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第09話【回想】

 祇条灯火は、この一年を振り返る。


 前部長から給仕部を受け継ぎ、慣れない雑務に追われていた頃。

 その傍らには、多くの問題を起こした部員がいた。


 名を、朝霧怜。


 給仕部が部外者から「他人に奉仕するのが生き甲斐の変人集団」という評価を得ていることは知っていた。

 朝霧怜は、それを体現したかのような人物だった。


 昨年の怜は、入学したての一年生だった。


 どこからか噂を聞きつけて、給仕部への入部を申し出てきた。

 最初の印象はまともだった。綺麗な外見、綺麗な所作、整った容姿。普通に生きていたら、むしろ他人から奉仕されるのが日常になっていそうなお嬢様然とした娘だった。


 給仕部で最初に与えた役割は、我と雪之丞の身の回りのことだった。

 この時の我は、慣れない作業とその量に圧倒されて余裕がなかった。雪之丞のサポートがなければ、潰れていたかもしれない。


 まったく。

 前部長は引き継ぎも碌にせずに卒業していってしまった。


「灯火なら大丈夫」


 あの言葉は、単なる責任の押しつけだったのだろうと今では思う。


 怜はそんな我らの雑務処理を見ながら覚えていったのだろう。

 いつからか自然と、我、雪之丞、怜の三人で雑務を処理するようになっていた。


 生徒会との軋轢。

 理事長からの圧。

 度重なる各部活動や生徒からの陳情。


 正直、顔も知らない誰かのために、なぜここまでの業務をこなさなければならないのかと悩んだ日もあった。

 だが怜だけは、文句ひとつ言わず、淡々と笑顔で業務と向き合っていた。まだ入学して半年も経たないというのに。


 怜が給仕部に来て半年が経つ頃。

 生徒会選挙も終わり、各部活の問題点の多くも何とか妥協案を見つけて改善していった。

 我らに課された前部長から残された業務の山も、次第に片付いていった。


 我と雪之丞の二人で回せるくらいには作業は落ち着き、まだ派遣人員を送っていない部活に、手の空いた怜を送ることになった。


 それが誤りだったのか、我は今でも分からない。

 ただその出来事をきっかけに思い知ったのは、「給仕部は他人に奉仕するのが生き甲斐の変人集団」という異名だった。


 怜の最初の派遣先は、狩猟部だった。


 学園内の山岳地帯。

 管理区域ではあるが、野山との境目は曖昧で、野生動物も当たり前のように紛れ込む。一般生徒の立ち入りは禁じられている。

 そこで害獣を駆逐し、食用へ転用するのが主な役目の部活だった。


 元々、狩猟部にはそれなりのノウハウがあった。

 罠の設置、獲物の回収、解体、保存、調理。

 危険も多いが、長年の経験で回っていた活動でもある。


 だが、怜が介入してから空気が変わった。


 まず、効率を求める動きが強くなった。


 罠の配置は見直され、導線は整理され、捕らえた獲物の運搬手順も無駄なく組み直された。

 解体はより速く、より正確になり、保存の効くように加工された肉は、用途ごとに仕分けされていく。

 その場で流通に回せるものは、怜自身の手で処理された。


 部員たちは、次第に思うようになる。


 ――怜一人でいいのではないか、と。


 手際がよく、どんな作業も笑顔でこなす怜。

 狩りも、獲物の移動も、解体も、保存も、調理も。


 全てを一人でこなしてしまう怜。


 そして何より厄介だったのは、本人にそれを誇る気が一切なかったことだ。


 ただ必要だからやる。

 皆が楽になるならその方がいい。

 そういう顔で、当たり前のように動いていた。


 いつしか狩猟部は、怜任せの運営へと切り替わっていった。


 それは一見、理想的な改善だった。

 仕事は早くなり、無駄は減り、成果は増えた。


 だが同時に、部員たちは自分で考えなくなっていった。

 怜がいるから大丈夫。

 怜がやれば早い。

 怜に任せれば間違いない。


 そうして、本来その部にあるはずの経験も責任も、少しずつ怜ひとりへ集まっていった。


 見かねた我は、怜を別の部活へ移すことにした。


 次に派遣させたのは、園芸部。

 様々な花や植物、野菜や果物を育てる部であった。

 収穫物の多くは食堂に卸されていたが、それでも余るほどの量が採れた。


 給仕部が「他人に奉仕するのが生き甲斐」の集団なのだとしたら、園芸部は「育てて収穫するのが趣味」のこれまた変わった集団だった。

 自分たちの管理の幅を大きく超えた田園は、もはや園芸部の人員だけでは手が足りていなかった。


 そこで怜を派遣した。


 園芸部は学園内で無くてはならない、食の供給源としての機能は保っていた。

 だが怜の参入により、それはまたもや効率を大きく見直されることになる。


 この時我が思ったのは、怜は他人の力を当てにしていないのだ、ということだった。

 どの部活に派遣しようとも、本質は変わらないのだろう。


 怜は、園芸部を自分一人でも回せることを前提に効率化を進めていた。

 自分の睡眠時間を削っても、どれだけ自分が疲れようとも、課された日課をこなす。


 当然、限界は来る。


 ある日、怜は早朝、畑で倒れているのが発見された。


 ***


「どうして、そうまでして働くんだ」


 我には、到底理解できなかった。


 大切な誰かのために、ではなく。

 無償の奉仕を周囲に当然のように与える、この娘が。


「ご迷惑、でしたか?」


 いつもの弾む声ではない。


「そうではない」


 ……ああ、そうか。


 多分、この娘も自分の在り方に疑問を持っている。

 それでも止まらないし、止められないのだ。


「しばらく休め」


 我は、見ていられなかった。

 ある意味、自分の理想とも言える献身的なその姿を。

 年下の娘が、自らを厭わずに捧げるように働く姿を。


「その後はまた、我と雪之丞を手伝ってくれ」


 この娘は壊れている。おそらく最初から。

 どんな指示も、どんな命令も、怜は疑問を持たずに尽くすのだろう。


「わかりました♪」


 弾む声を背に、我はその場を立ち去る。


 いつか、この娘に本当の居場所を与えてやりたい。

 自身が尽くすだけでなく、自身も尽くされる、そんな場所を。


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