遭遇2
「殿下、奥様に何をしたんですか!?」
バンッと扉が激しい音を立てて開いたのとほぼ同時にマイラの怒声が執務室に響き渡った。
何年も仕えているマイラではあるが、こんな姿を見るのはクライヴもイザックも初めてだった。
「えっと、どうしました?」
驚きでフリーズしている主人の代わりにイザックが尋ねた。
「奥様が部屋に籠もられているんですよ!? どうしてそんなに冷静なんですか!!」
「体調不良という話だったのでは?」
「私も初めはそう思ってましたけど、明らかにご様子がおかしいんですよ!!」
「……どうしてそこで俺が何かしたという話になるんだ?」
「だって今日は奥様外出しないって仰ってましたし、図書室から戻られてからああなんですよ!? イザックさんは図書室に行かれました?」
「いいえ。本日は奥様とは一度もお会いしていないですね」
「でしょう!?」
イザックは基本図書室に行くことはない。それをマイラはしっかりと把握していた。
「……確かにリリーには会ったがそのときは普通だったし、断じて俺は何もしていないぞ!! たぶん……」
心当たりが全くない。これで何かしていたら俺は最低だ。
「リリーは何か言っていたか?」
「いえ、特には何も。しばらく一人にしてほしいとだけ」
「っ……分かった。マイラ、何か分かったら教えてくれ」
「……承知いたしました」
* * * * * * * * * *
翌日、目が覚めるとベッドの上にいた。いつの間にか寝間着に着替えさせられていた。
「奥様っ、お目覚めですか!? ご気分はいかがです!?」
「マイラ……平気よ。心配かけたわね」
「そう仰るならどうしてそんなお顔をされるのですかっ。お辛いならそう仰ってください。一体何があったのですか。例えこの屋敷の皆が敵でも私は味方ですから。もし奥様に何かしたなら絶対文句言ってぶん殴ってやるんですからっ!!」
随分物騒な言葉が聞こえてきたが、やる気に燃えているマイラを見て、少し気持ちが楽になったように感じた。
「ダメよ。そんなことをしたらマイラが危ないわ」
確実にクビになるどころではなくなる。
「奥様……。でも私本当に許せないんですから!!」
「ふふっ、ありがとう……」
「…………実はね、昨日殿下の奥様にお会いしたの」
「……え? いやいやっ、殿下の奥様って奥様ですよね? あっ、えっとリリアーナ様が奥様ですよね?」
口に出すとマイラ自身も困惑したのか、改めて言い直した。
「ええ、確かに私も奥様の一人よ」
「ひ、一人?」
「そうよ。まさか他に隠された奥様がいるなんて思わなくて……」
改めて言葉にすると悲しい気持ちが膨れ上がってきた。
「ん? ん? ちょっと待ってください。少し困惑してます」
「マイラは何も聞いていないのね」
「聞いてないも何も、あの殿下にそんなこと。だって『女性を侍らせている』とか噂されてますけど、異性の陰なんて今まで全くなかったんですよ!?」
「でも……よほど巧妙に隠していらっしゃる、とかじゃなくて?」
「そんなこと出来ないですよ、殿下には。だって殿下、嘘吐くの下手ですもん。隠し事とか無理ですよ。まあ、ご本人は自覚ないんでしょうけど」
「……それはそうよね」
リリアーナは思わず納得してしまう。
「でもあの人は確かにそう言っていたのに」
「あの人って誰なんですか? 昨日は図書室にいらっしゃったはずでは?」
「ええ、図書室からの帰り道にお会いしたの。“殿下の奥様”って名乗る女性に」
「ええっ!? このお屋敷に他に女性なんていないですよ」
「本当に?」
他に奥様なんていないでほしいという祈りにも似た思いから、念を押して確認してしまう。
「もちろんですよ。まさか……」
そこまで言うと、マイラの言葉は途切れた。
そんなマイラの様子にリリアーナはごくりと唾を飲み込む。
「……幽霊?」
「えっ」
想定外の言葉に声が裏返ってしまう。
「ちゃ、ちゃんと生きてましたよね?」
マイラの声は微かに震えている。
「え、ええ、生きていらしたと思うけれど」
「良かったです」
心底ほっとしたような顔で言われる。
よほど苦手なのね。でも本当にそうだったらどうしよう……。
と今度は別の不安が出てきてしまい、一瞬、身震いした。
「と、とにかく、殿下のところに行きましょう」
「でも私……」
「ここで考えていても分かりませんし。さっさと確かめてすっきりした方が楽になりますから。大丈夫ですよ。殿下の奥様はリリアーナ様以外いませんから」
マイラにはっきりそう言われると何だか安心してきた。
それによくよく考えてみれば、奥様がいるにしては女性慣れしていなさすぎなのよね。そう思いたいだけかもしれないけれど。
「そうね。ちゃんと確かめないと」
リリアーナは起き上がって、クライヴの執務室へと向かった。




