第七話 雲の上の女神さま
内野すももは不思議な場所にいた。
綿菓子のような雲の上に建つお城の中だ。
修学旅行で訪れた日本式の古いお城とよく似ている。
木造の古い建物で、城内はさまざまな装飾が施されている。
煌びやかな雰囲気だったが、お城には不自然に誰もいなかった。
「誰かいないの?」と呼び掛けると、どこからともなく女の人の声が聞こえてくる。
すももは石畳から木の床に上がろうとしたが、靴を履いたままなのに気付いて、足を引っ込める。
日本式のお城だし、おそらく土足厳禁のはずだ。
すももは厚底のローファーを脱ぎ捨ててから、お邪魔することにした。
すももは声の主を探して城内を歩き回る。
ふすまを次々に開けて、畳の部屋を奥へと進む。
進めども進めども人の姿は見えない。
だが、女の人の声が徐々にはっきりとしてきた。
「こっちよ。こっちに来て。あなたに任せたいことがあるの」
女の人はきっと困っている。
一人お城の中にいて、すももに助けを求めているのだ。
やがて辿り着いた広間に、女の人はいた。
優雅な衣を身に纏った女神さまのような美しい人だった。
きらきらとした装飾で飾られた部屋の中は、まるでおとぎ話に出てくるようだ。
「内野すももさんね」
すももは思わず背筋を伸ばす。
名前を呼んだ女の人は、舞台に立つ女優さんのようにきれいだ。
高貴な雰囲気の和装に身を包み、室内にいるのに後光が差していた。
「緊張しなくてもいいわ」と女の人は穏やかな笑みを浮かべた。「ここは誰にとっても心の休まる場所よ。天国と言えば、分かりやすいかしら?」
「て、天国?あれ、あたし死んじゃったのかな?」
すももは急に不安に駆られた。
デビューして間もないのに、短いアイドル人生に幕を閉じてしまったのか。
「ち、ちょっと……どうしたの?すももちゃん、元気を出して」
「だ、大丈夫です」
ハッとして、すももは顔を上げた。
「あなたは亡くなってなどいないわ。確かにここは本来、地上で役割を終えた人々が来る場所よ。あなたが再びここに来るのは、ずっと先の未来になるでしょう」
「それじゃあ、何で……」
「あなたに頼みたいことがあるの。私のお願いを聞いてくれる?」
「あたしでよければ協力しますけど……。女神さまのお願いって……?」
「すももちゃんには私に仕える巫女になってほしいの。この『天照大神』に」
「あまてらす?それが女神さまの名前?何であたしが巫女に?」
「すももちゃん、最近あなたはぬいぐるみを拾わなかった?」
すももは女神の言う通り、ぬいぐるみを拾っていた。
白い毛の赤い前掛けをした狐だ。
そのぬいぐるみは突然、空から落ちてきた。
誰かのいたずらかと思ったが、近くには人っ子一人いなかった。
不思議に思いつつも、すももは、そのぬいぐるみを持って帰っていた。
「なぜそのことを?」
「なぜって……」天照はお茶目な笑みを浮かべる。「あのぬいぐるみを落としたのは、ほかならぬ私だからよ。この天界から地上にね。そして、偶然にもあなたが拾った。すももちゃんは次の巫女に選ばれたの。天照に仕える巫女……天巫女に」
「あまみこ?」
すももは、自分が巫女装束を着ているところを想像した。
「そう。すももちゃんなら、きっとできる。あなたが巫女として最後まで任を全うした暁には、あなたの願いを一つだけ叶えあげる」
「願いごと?何でもですか?」
天照が頷いたその時、すももは突然、意識が遠のくのを感じた。
天照はそのまま説明を続けていたものの、すももは頭がぼーっとして、うまく聞き取れなくなった。
唯一聞き取れたのは「分からないことは点点に訊いて」だった。
点点?
それは一体誰のことを言っているのだろう。
すももは心地のいい眠気に誘われ、そのまま意識を失ってしまった。




