第六十一話 太陽
今日はヘルシングの定期公演だった。
すももは楽屋で絆とゆかりの二人と別れた後、メンバー達と集まり円陣を組んだ。
公演前の恒例となった儀式を終え、すももは舞台袖で開演の時を待つ。
観客席の方を覗くと、すでにお客さんで満員だった。
すももは思わず、お腹を擦る。
今日の衣装は、女子高生の制服を模したもので、シャツにスカート、首元にリボンといった装いだ。
露出が少ないということもあり、楽屋でもお菓子を食べてしまった。
それでも、すももは緊張すると、なぜか妙な空腹感を感じるのだった。
そんなすももを横から小突いてきたのは、同期の佳叶だった。
「どうしたの?すもも……あんた、さっき食べたばかりでしょ」
「そうなんだけど……」
「花より団子だね。すももは……。私なんか……公演の前はほとんど食べられないよ」
佳叶のスカートから伸びる脚は、すももよりも、ひと回り細くて長かった。
うらやましいと思う反面、すももは小食な彼女が心配になる。
「大丈夫?ちゃんと食べないと駄目だよ。あたしは食べ過ぎだと思うけど……」
「平気。私はすももと違って低燃費だから」
「あたしはやっぱり燃費悪いのかな?」とすももは再びお腹を擦る。
「ううん」佳叶は首を振った。「気にすることないよ。それだけ、すももは会場のお客さんに、元気をあげてるんだと思う。太陽みたいにね」
「太陽……」
「すももにぴったりでしょ?」と佳叶は笑う。
アイドルになって一年以上経つが、すももにはもう一つの顔ができた。
それは天巫女としての顔だった。
すももが仕える神は太陽神・天照大神。
そう言われれば、すももは太陽と無関係なわけじゃない。
「ありがとう」とすももは笑う。「でも、うちのグループは『世界を元気にする』がキャッチコピーだから、メンバー全員が太陽なんだよ、きっと」
「私は太陽って柄じゃないけど……。確かにグループ名のHEALSINGは英語の『HEAL』と『SING』から来てるんだったね」
「『癒し』と『歌』だからね」とすももが頷く。
すると、二人の会話が聞こえたのか、先輩の向坂来美が、すももの肩に腕を回してきた。
「おっ、すも子……いいこと言うじゃん?『メンバー全員が太陽』。いいね、それ。今度どこかでそのフレーズ使わせてもらおうかな?」
「いいですよ。じゃんじゃん使ってください」
すも子こと、すももは先輩に笑い掛ける。
「じゃあ、そうさせてもらおうかな。頼むよ、すも子、ケイ。今日は新曲のお披露目も兼ねてるからさ」
来美はすももから離れると、今度は佳叶の腕を軽く叩いた。
「はい!頑張ります」
ケイこと、佳叶は嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
「その意気だよ」
来美は笑顔を見せると、今度は他のメンバーに話し掛けに行った。
どうやら本番前の緊張を解すために、新人の娘を中心に声を掛けているみたいだった。
ムードメーカーの来美がいると、ヘルシングは自然と明るくなる。
一方、来美とは対照的なのは、総選挙一位の潮巡だった。
巡は本番前はメンバー達とは距離を置き、一人集中している。
だが、今日の巡はいつもと少し違った。
たまたま目が合ったすももに手を振ると、彼女の方から近付いてきた。
すももは少し驚いて言った。
「巡さん、どうかしました?」
「ううん」彼女は首を振った。「何でないわ。ただ、少しお話がしたくて。それに、ケイちゃんは最近調子悪そうだったから……。もう大丈夫なの?」
巡と佳叶は同じ事務所の先輩と後輩の関係でもある。
巡が心配してくれていると思ってもいなかった佳叶は、少し焦ったようだった。
「ご心配おかけしました。もう大丈夫です。弟のことで悩んでたことがあったものですから。でも、もう解決したので本当にご心配なく。ありがとうございます巡さん」
「そうなの?」巡はほっとしたように息を吐く。「よかった。一人で悩まないでね。うちはソロじゃなくてグループなんだから、もっと仲間を頼ってもいいのよ」
「巡さんも何かあったら、いつでも言ってくださいね。あたしは二人とは違う事務所ですけど、秋場プロは巡さん推しなんで」
すももが嬉しくなって胸を張ると、巡は笑って口元を押さえた。
「秋場プロは、すももちゃん推しでしょう?すももちゃんは、事務所から大事にされてる感じがするもの。すももちゃんがいるところには、いつもマネージャーさんがいるものね」
絆がすもものそばにいるのは、事務所の命令というよりも、護衛任務のためだ。
だが、そんなことは彼女に打ち明けられない。
「いやいや……」とすももは慌てて否定する。「そんなことないですけど、あたしがおっちょこちょいだから、心配して付いて来てくれてるみたいです」
巡は笑って、廊下の方に視線を向けた。
絆とゆかりが、並んで立っているのが見える。
何を話しているのか気になったが、どうやらそんなことを考えている余裕はないらしい。
「そろそろ開演時間です」というスタッフの声で、メンバー達も表情を引き締める。
巡は二人に頑張りましょうと声を掛けた。
「すも子ちゃん、ケイちゃん。初めての選抜メンバーで緊張してるだろうけど、普段通りやれば大丈夫だから」
すももと佳叶は、お互いに視線を合わせると、巡に元気よく返事をした。
二人の声が重なるが、会場の喧騒にかき消されて、声が響くことはなかった。
開演時間と同時に、本日披露する一曲目のメロディが、会場に流れ出した。
すももは佳叶と共に歩き出す。スポットライトで照らされたステージへと。




